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57.僕はまだまだ未熟者のようです
しおりを挟むリンドヴルムの頭部は地面に伏している。尾と脚、翼が秩序なく暴れているという様相だ。頭の内部が完全に焼けているので首から下しか動かないのだろう。
通常であればそのまま生命活動を終わらせるのを待てばよいのだが、けが人を救い出さなければならないので、できるだけ速やかに処理しなければならない。
そうは言ってもこの巨体を一人で凍らせるのであれば、時間はかかるものと思ってもらわなければならないけれど。
「口かな……」
リンドヴルムの体液には毒があるのだ。だからロルバッハ魔法騎士団長は火魔法で毒の成分ごと頭を燃やして討伐した。焼かれていない部分の体液にはまだ毒が残されているため、脊髄に攻撃を加えることもリスクが高い。
そもそも、リンドヴルムのように凶悪な魔獣の魔石を温存しようと考えている時点で、困難な討伐だったのだから。騎士団長と魔法騎士団長、魔術師団長が揃っているから可能であったのだろうけれど。
リンドヴルムは体長が長いので口から凍らせるのはとても効率が悪いのだけれど、あんなに翼と尾を振り回しているのだから背に乗るわけにはいかない。僕の身の安全のためには、仕方ない。
多分、魔力切れにはならないだろう。
「ラファエル、行きます」
僕は、リンドヴルムの焼け焦げた頭部の前に風魔法で素早く移動すると、半開きの口に長剣をねじ込む。
「口に魔力を流して、頭部から凍らせます。凍ったように見えても、脊髄が生きているうちはどのような動きをするかわかりません。ご存じのこととは思いますが、そのおつもりでお願いいたします」
「ラファエルくん、よろしく頼む。演台の防衛は任せてくれ」
「ラファエルくん、周囲のことは気にしなくて大丈夫だ」
「わたしたちが、君を守るから、信頼して氷魔法に集中してくれ」
「ご配慮に、感謝いたします」
ファーレンハイト魔術師団長は、演台の王族をお守りしてくださる。そして、ロルバッハ魔法騎士団長とアイヒベルガー騎士団長は、翼や尾が僕に影響を及ぼさないよう、それぞれの団員を指示しながら守ってくださる。
僕は、万が一のため、毒を浴びないように防護壁を構築してから、リンドヴルムの口の中に一気に魔力を流し込んだ。
リンドヴルムが頭から白く凍り付いていく。この後、この巨体を魔法で運ぶのはかなり大変なことだろう。動かなくなるまで待てば、ある程度運びやすい形状にすることができるけれど、凍らせてしまえば、形状を変えることはできないのだ。
もっともそれは、僕の心配することではないが。
リンドヴルムは、首から前足、翼、後ろ足と、みしみしと音を立てながら徐々に凍り付いていく。それとともにその部分の動きが悪くなり、やがて停止していった。尾を凍らせるまで、もう少しだ。
「もうすぐだ。最後まで、油断するな!」
ロルバッハ魔法騎士団長が、部下を叱咤する声が聞こえる。リンドヴルムに巻き込まれてけがをしているのは、魔法騎士だ。自分たちの仲間を助けたいという気持ちで生まれる焦りによって、二次災害を起こさないようにと思っていらっしゃるのだろう。
さすがにこれだけ大きなリンドヴルムを一人で凍らせるのには魔力を使う。僕は、疲労を感じながら、尾までを凍らせた。
「よし、尾まで凍ったぞ!」
「やったああああ!」
「早くけが人を運び出せ!」
アイヒベルガー騎士団長が尾まで凍ったと言っていらっしゃるので間違いなく僕は任務を果たすことができたのだろう。周囲から歓声が聞こえる。
やっと、終わった。そう思った瞬間のことだった。
「神子様を害しようとする不届き者! 思い知れ!」
ロルバッハ魔法騎士団長とともに僕を守ってくれていたはずの魔法騎士が、その手に持ったレイピアを僕に向かって突き出した。
「ラファエル!」
「アルント! 何をする!」
「ラファエルくん!」
ラインハルト様の切羽詰まった声が聞こえる。ロルバッハ魔法騎士団長とアイヒベルガー騎士団長は、僕に駆け寄ってきているようだ。声が近づいてきている。
僕の長剣はリンドヴルムの口の中だ。それを引き抜いて応戦の準備をするとともに、防護壁を強化する。
口から抜いた長剣から、リンドヴルムの灰塵がぷわりと飛び散る。
僕は灰塵を飛び散らせながら、魔法騎士がレイピアを持っている腕を長剣で切りつけた。
「ぎゃああああああ!」
「腕を切り落としてもいないのに、大袈裟ですね」
自分が僕を襲ってきたのに、どうしてこんなに騒ぐのだろうか。僕は、血塗れになって騒ぐ魔法騎士に風魔法を使って素早く近づく。そして、彼が魔法を展開する前に、首に打撃を与えて昏倒させた。
この後、尋問をしなければならないのだから、生かしておかねばならないだろう。最後には極刑であったとしても。
味方だと思って油断していた。まだまだ、未熟者である。
「ラファエル!」
「ラファエルくん!」「無事か?」
演台の上で、ラインハルト様が僕を見ていらっしゃる。どうやら、演台から降りてこようとされたのを押し留められたらしい。とても心配そうになさっていて、僕の心が痛む。
「ラインハルト殿下、ラファエルは無事でございます」
僕は、ラインハルト様を見てそう言った。
リンドヴルムの灰塵で汚れているので、このまま演台に上がるのは憚られる。清浄魔法をかけなければ。
頭がくらくらする。足元がおぼつかない。魔力切れまではまだ余裕があるはずなのに、どうしてなのか。
いったい、どうしたのだろうか。
僕はわけもわからずに、そのまま意識を手放した。
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