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56.見えている状況だけで簡単に判断するのはやめましょう

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 ファーレンハイト魔術師団長の放った雷は、リンドヴルムの左翼の付け根に命中した。

 キシャアアアアアアアアアアアアア!

「ははっ! 命中したな!」
「次はわたしたちの番だな。」
「援護はお任せを」

 翼を雷で焼かれて暴れているリンドヴルムを見ながら、アイヒベルガー騎士団長とロルバッハ魔法騎士団長が楽しそうに演台から飛び降りて行かれる。その後ろから、ファーレンハイト魔術師団長が声をかけていらっしゃる様子も楽し気だ。

「父上たちは、不謹慎すぎないか……?」
「ああ、王都の危機だというのにな」

 ディートフリート様とマルティン様が、呆れたように言葉を漏らしておられる。その間も、ヘンドリック殿下とラインハルト様を守る態勢は崩していらっしゃらないが、ご自分のお父上たちのご様子に毒気を抜かれたような感じではある。
 リンドヴルムは、辺境に遠征に出たとて出会えるかどうかわからない珍しい魔獣だ。団長たちの気分が高揚していらっしゃるのは、よくわかる。そして、ご自分たちの実力にも自信がおありだからこその行動なのだろうと思う。
 いや、ディートフリート様もマルティン様もご自分のお父上の気持ちはよくおわかりにはなるのだろう。しかしながら、王位継承権第一位と第二位の二人の王子殿下を守っているのだから、緊張感がおありになるのは当たり前のことだ。

 アイヒベルガー騎士団長は、左翼が焼かれて飛べなくなったリンドヴルムが暴れる足元に回り込み、足の裏を狙って刃を突き立てる。

 リンドヴルムは、雷や炎を寄せ付けない強靭なうろこで全身が覆われているが、翼と足の裏、目、そして口の中には魔法攻撃や物理攻撃が通用する。ただし、血液などの体液に毒が含まれるため、それを浴びないように防護壁を展開しながら攻撃を加える必要がある。

 ロルバッハ魔法騎士団長は、まだ息のあったワイバーンにとどめを刺してから、リンドヴルムの口の中を狙って炎を纏わせた長剣を振るって牙を折る。
 ファーレンハイト魔術師団長は、お二人に防護をかけるだけでなく、手負いになって暴れるリンドヴルムの攻撃がお二人に及ばないように雷を落とす。
 
 お三人は、まるで事前に打ち合わせをしていらっしゃったかのように、見事な連携を見せてくださる。
 周囲から各団の精鋭が数人支援しているが、お三人でリンドヴルムの相手ができているのだ。
 この様子であれば、リンドヴルムもすぐに討伐できるだろう。一頭しかいないのであるし。

 ディートフリート様とマルティン様と僕の三人で、このような連携ができるだろうか。

 僕は、そのようなことを考えて戦闘を見ていたのは、暢気すぎたのだと後悔することになった。


 そう、戦闘が佳境のときに、甲高い叫び声が王宮前広場に再び響いたのだ。


「魔獣さん! お願いだから、おうちに帰って!」

 王宮前広場に飛び出してきたのは、シモンだ。

「え?」
「は?」
「騎士団、何をしている! それは、確保していたのではなかったのか!」

 マルティン様とディートフリート様が驚きの声を上げ、ラインハルト様がめずらしく大きな声を出された。
 さすがに、戦闘の中には入りこむことはできないようだけれど、シモンは、どうやって騎士団員のもとから逃れてきたのだろうか。
 見ると、シモンの後ろにローブを被った誰かが追いかけてきている。
 あいにく、フードを深くかぶっているので顔を見ることはできないが、誰だろうか。

 演台にいた騎士団員が、ラインハルト様の声に反応して広場に飛び出し、シモンに駆け寄っていく。

「魔獣さあああああん!」

 シモンは精一杯叫んでいるが、リンドヴルムが彼の声に反応している様子はない。これで、彼を神子だという勢力はいなくなると思うのだけれど。

 騎士がシモンを捕まえる前に、ローブの人物が彼を捕まえて王都の市街地の方へ駆け出した。戦闘が行われている場所からも遠ざかっていく。

「追いかけろ!」

 リンドヴルムとの戦闘が続いている横で人間が逃走劇をする様子は現実感がなく、いったい何が起きているのかと思わせる。
 シモンを連れたローブの人物は、追いかけてくる騎士と自分たちとの間に魔法を放ち、大量の土煙を舞い上がらせ、視界を遮った。土煙が収まったときには、シモンとローブの人物の姿はなかった。

 風魔法で逃げたのか?

 騎士団員が取り逃がすなど、とんだ失態である。
 それにしても、あのローブの人物は誰だろうか。あれは、かなり実力のある魔術師だ。



「仕留めた!」

 リンドヴルムの傍で大きな声が上がった。リンドヴルムの両目には長剣が刺さっている。ロルバッハ魔法騎士団長が右目に刺さった剣から火魔法を放って頭部を焼いたようだ。

 どうっと大きな音を立ててリンドヴルムが地面に倒れた。

「っしゃああああああああ!」「おおっ!」「倒したぞおおお!」
「待てっ! その場に待機しろっ! 油断するな!」

 喜び勇んで駆け寄って行く騎士と魔法騎士を見て、ロルバッハ騎士団長が大声で彼らの行動を制する。しかし無情にも、倒れたリンドヴルムの尾が、駆け寄った騎士を薙ぎ払った。
 周囲の者が助け出そうとするものの、暴れまわるリンドヴルムの尾に邪魔されて、倒れている騎士に誰も近づけないでいる。

「脊髄がまだ生きているのか……!」
「おそらく、この後の調査のために胸のあたりにある魔石を焼かないように脳だけに火魔法を流されたのでしょう。脳が死んでいるので生き返りはしませんが」

 ラインハルト様の呟きに、僕は答える。竜種の魔獣は脳を破壊しても脊髄が生きているうちは、尾や翼を動かすことがある。意思を持って攻撃するということはもうないだろうが、完全に死ぬまでは近づくことはできない。あれほどに暴れるのはあまりないことではあるが、そもそも近づかなければよかっただけのことなのだ。

 戦闘の場において、見えている状況だけで簡単に判断して行動するのは良くない。シモンの再乱入のことにしてもそうだ。

 待機しろと言われていたのに迂闊に近づいたのが悪い。そうはいっても、早く倒れている騎士を回収しなければ、命に係わる。

「クリューガーはいないのか」
「彼は、城壁の方の担当です」
「そうか……、ラインハルト殿下、ラファエルくん……」

 ファーレンハイト魔術師団長が部下の発言を聞き、ラインハルト殿下と僕の方を見た。
 ラインハルト様は、ため息を吐くと、ファーレンハイト魔術師団長に対して頷き、僕に指示を出された。

「ラファエル、リンドヴルムを凍らせよ」
「ラインハルト様、かしこまりました」

 僕は礼をすると、演台から降りてリンドヴルムに向かう。

「援護をお願いいたします」
「承知した。頼むぞ」
「すまんな」

 ロルバッハ魔法騎士団長とアイヒベルガー騎士団長の答えを聞きながら、僕は体に風魔法をまとわせる。


 死体を凍らせるなんて初めてだ。


 僕はそう考えながら、死んでいるのに暴れているリンドヴルムに向かった。



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