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55.一番槍がうらやましいと思っている場合ではありません

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 一応戦闘態勢には入っているものの、ここには、アイヒベルガー騎士団長とロルバッハ魔法騎士団長、ファーレンハイト魔術師団長がいらっしゃるので、僕はラインハルト様をお守りすることに専念する予定だ。

 引き締まった表情されるラインハルト様も、大層お美しい。
 こちらを見たラインハルト様は、僕の頬をなでてくださった。

 よし、頑張ろう!

 小さい竜種のワイバーンは、城壁のあたりで順調に落とされている。あれほど多くのワイバーンがやってくるとは驚きだ。そして、各団は、かなりの攻撃を加えたにも関わらず、大きい竜種のリンドヴルムを落とすことはできていない。リンドヴルムはワイバーンを追ってきたようで、しばらく城壁の付近を飛んでいた。ところが、ひと際大きな一頭のワイバーンが攻撃を逃れて城壁を超えて市街地に入り込んでしまった。すると、その後に続くようにリンドヴルムも市街地に侵入してきたのだ。

「あの、ワイバーンは、真っ直ぐこちらに向かってきているのではないか?」
「そのようですね……」
「リンドヴルムも、こちらへ向かっておりますな。あのワイバーンを追っているような動きだ」
「ふむ、我らで迎え撃ちましょうぞ」

 各団員が緊張しているにもかかわらず、ヘンドリック殿下の声に答えたファーレンハイト魔術師団長とロルバッハ魔法騎士団長、アイヒベルガー騎士団長は、流れるように話を進めていらっしゃる。
 市民に与える被害を考えると、ワイバーンとリンドヴルムを市街地で落とすのは難しい。この王宮前広場でどうにかしなければならないというのは、彼らの中での確定事項だと思われる。ヘンドリック殿下は、もしも進路を変えるようなら、こちらへ誘導するようにという指示も出していらっしゃる。
 厳しい状況だと思うのだけれど、どの方も非常に落ち着いていらっしゃるというか、楽しそうな風情を漂わせていらっしゃる。
 さすが、団長を長く勤めておられる方々だ。
 おそらく、ワイバーンは団員に任せて、リンドヴルムを自分たちで落とす気でいらっしゃるのだろう。そして、誰が一番槍を務めるかということを話し合っておられるようだ。

 一番槍なんてうらやましい。いや、違う。

 このような状況なのに不謹慎ではあるが、お三人が連携して戦うところを拝見できるなど、僥倖であることこの上ない。

 僕たちは、こちらに向かって飛ぶワイバーンとリンドヴルムに意識を向ける。
 全員が、魔獣に向かうわけではない。この機に王族を狙う輩がいる可能性もあるため、全体の警戒を怠るわけにはいかない。
 とにかく、魔獣が凶暴化していることも、王都に本来来ることのない魔獣が大量に飛来していることも、それが岩山に住むワイバーンと辺境の毒竜リンドヴルムであることも、すべてが異常事態なのだ。

 ディートフリート様が、ヘンドリック殿下とラインハルト様を覆うように防護壁を作っているので、負担は少ない。

 ギエエエエエエエエエエエエエエ!

 キシャアアアアアアアアアアアアア!

 ワイバーンとリンドヴルムの雄叫びが、王都の空に響き渡る。
 市民は、さぞかし不安な思いをしていることだろう。

「それでは、一番手行きますぞ!」

 ファーレンハイト魔術師団長が、近づいてくるワイバーンに向けて魔法を放とうとしたときだ。市民を避難させた王宮前広場の真ん中に、ふわふわのピンクブロンドを揺らしながら、少年が飛び出してきた。

 シモンだ。

「え?」
「は?」
「おいっ! 誰が立ち入りを許したんだ!」

 ファーレンハイト魔術師団長とロルバッハ魔法騎士団長が驚きの声を上げ、市民の警備担当のアイヒベルガー騎士団長が部下の騎士に声を荒げている。

 どうしてシモンは、あんな場所へ行くことができるのだろう。誰も止めていないのか?

「魔獣さん! お願い! 自分のおうちに帰って!」

 シモンはいつもの甲高い声でそう叫ぶと、胸の前で祈るように手を組み、その場に跪いた。シモンから放出されたきらきらと光る魔力が空に昇っていき、ワイバーンとリンドヴルムを包み込んでいく。

「魔獣さん! お願いだから、おうちに帰って!」

 シモンが、お願いの言葉を繰り返す。
 それを見ている僕は、目の前が歪む感覚がする。

 これではまるで、収穫祭のときに演習場で起きたことの再現だ。

 ギエエエエエエエエエエエエエエ!

 ワイバーンがシモンの呼びかけに答えるように鳴き声を上げ、収穫祭のときのように身を翻した。
 また同じことが起こるのか。演台にいる皆は、息を呑んでその様子に見入っていた。

 しかし、その次の瞬間に起きたのは、まったく違うことだった。

 キシャアアアアアアアアアアアアア!

 僕たちの意識を覚醒させるかのように大きく鳴き声を上げたリンドヴルムは、身を翻したワイバーンに喰いついたのだ。

 ギエッ! ギエッ! ギエエエエエエ!

 リンドヴルムは嬲るようにワイバーンの首に、羽根に、尾にと歯を立て、殺さないようにしながらも逃がさないようにしている。そう、リンドヴルムはワイバーンを弄んでいるのだ。
 周囲に、ワイバーンの血と肉片が飛び散っていく。ぼたりぼたりという音が聞こえるほどだ。

 シモンは、跪いたまま呆然とその様子を見ている。
 彼は、ワイバーンとリンドヴルムが素直に帰ってくれるということしか頭になかったのだろう。さらに、魔獣が魔獣を喰う凄惨な場面など目にするのは初めてなのではないか。きっと、大きな衝撃を受けていることと思う。

 可哀想だとは思わないけれど。

「早くあの少年を保護しろ!」

 ヘンドリック殿下の声に呼応するように、騎士団員がシモンの元へ向かう。どうしてもっと早く確保しないのかと、アイヒベルガー騎士団長が怒鳴っている。

「きゃあああああああああ!」

 シモンの顔に、ワイバーンの肉片がぶつかり、その血で汚れる。それによって、シモンは現実に引き戻されたのだろう。大きな悲鳴を上げた。

 ようやく到着した騎士たちに抱えあげられて強制避難させられているシモンは、どうやら気を失っているようだ。その方が、騎士たちも扱いやすいかもしれない。

 人気がなくなった王宮前広場では、空から舞い降りたリンドヴルムがワイバーンを本格的に喰い始めた。あたりに飛び散る血と肉片の嫌な匂いが、演台まで漂ってくる。

 収穫祭の再現は、ないらしい。どうやらリンドヴルムは、穏便に帰ってくれないようだ。
 シモンが神子だという話は、これで立ち消えるだろうか。

 その前に、リンドヴルムを片付けてしまわないといけないけれども。

 リンドヴルムは、夢中になってワイバーンを喰い散らかしている。魔獣は、餌を喰っている邪魔をすると凶暴になるが、喰い終わるのを待っているわけにはいかない。

「やっと攻撃できますな! 行きますよ!」

 ファーレンハイト魔術師団長は高揚した声を上げると、リンドヴルムに向かって雷を放った。




    
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