52 / 86
52.それはつかの間の平穏でした
しおりを挟む相変わらずカフェテリアでは、ラインハルト様とアルブレヒト様、ディートフリート様とマルティン様がシモンを囲んで昼食をとっていらっしゃる。
しかし、これまでとは違ってシモンには、魔法騎士団と魔術師団から派遣された護衛がついている。護衛というのは名目で、実際にはシモンの挙動を確認して、本当に魔獣を操ることができるのかどうかを見極めに来ているのだ。
以前は、ウーリヒ先生がその役割を担っておられた。学校でいち教師が特定の生徒に張り付いているなど、通常ではありえないことだ。しかしながら、シモンが魔獣を操れることに半信半疑な各団が、未だ魔獣の凶暴化が収まらない状況で、怪しい神子候補に人員を割くことができなかったのだ。
実際にシモンが魔法騎士団で小型の魔獣を扱って確認した時には、操れるものと操れないものがいたらしい。その小型の魔獣は、魔術師棟で実験のために飼育しているものだったそうだ。操れる個体と操れない個体に差があるのではなかろうかと思うのだけれど、それについては詳しく教えてもらってはいない。
実際に操れる個体があったことと、今回のウーリヒ先生の言動があまりにもシモンに傾倒しておられたことを受けて、魔法騎士団と魔術師団もシモンの監視用の人員を出さなければならなくなったようだ。
それにしても、操れる個体とそうでない個体がいるのは、どうしてなのか……
「ええー、お勉強、教えてくださいよー」
「それは、担当の先生が指導することになったと聞いている」
「魔法学は、ウーリヒ先生が教えてくれないからっ!」
「それは、フィンク先生が担当してくださるということになっているはずだろうが」
「だってええ! フィンク先生、厳しいから嫌いなんですう!」
カフェテリアに響き渡るシモンの声に皆が反応している。アルブレヒト様とマルティン様が、シモンに決まりを説いていらっしゃるようだが、聞き入れる様子はない。
これまでもカフェテリアでは、シモンの相手はアルブレヒト様とディートフリート様、マルティン様が分担して行われていた。明らかにラインハルト様に近づこうとしているシモンを牽制するために、そうしていたはずだ。それなのに、どうしてラインハルト様がシモンを寵愛しておられるということになるのだろうか。
シモンは、一生懸命ラインハルト様に向かって話しかけているようだ。しかし、ラインハルト様は穏やかな表情をしていらっしゃるものの、自分からシモンに話しかけることはなさらない。
だから、シモン自身がラインハルト様から愛されているなどということを言いふらしたとしても、誰も客観的に確認できないのだ。
そのような噂が大きく広がるのは、意図して拡散している者がいるのだろうと思う。
「おい、レヒナー、誰のことが嫌なんだって?」
「きゃああああっ」
フィンク先生が、シモンに近づいていかれるのが見える。カフェテリアに入っていらっしゃったことに気づいていなかったシモンは悲鳴を上げた。
「あー、フィンク先生に聞かれたら終わりだね」「あの悲鳴は火に油を注ぎましたわね」「レヒナー男爵令息は魔獣討伐へたくそだからな」「これは頑張るしかないでしょうね」
皆が、シモンを憐れんでいる声が聞こえる。あのフィンク先生のことを嫌いだと公言するなど、恐るべき所業である。
まあ、僕は厳しくされたことはないのだけれど。
「おうっ、レヒナー食べ終わってんなら来いっ! 昼休みがあると思うな」
「あああっ! 誰か助けてえええええ!」
もちろん、誰も助けるはずがない。
シモンは叫び声の余韻を残しながら、フィンク先生に引きずられるようにしてカフェテリアから出て行った。
そして、カフェテリアには平穏が訪れる。
彼一人であれだけ騒がしくできるのだから、たいしたものだ。
静かになったカフェテリアで、一緒に食事をしていたフローリアン様とブリギッタ様と、食後のお茶をいただこうとした。
ところが……、離れた座席からこちらをご覧になって微笑んでいらっしゃるラインハルト様と目が合った。あの笑顔は……
「フローリアン様、ブリギッタ様、レヒナー男爵令息が退席されたことですし、殿下方のもとへ参りましょうか」
「はい!」
「ええ、参りましょう」
お二人は、声を弾ませながらも優雅に立ち上がられた。僕も立ち上がって、ラインハルト様を見て頷いてから、三人そろって皆様の元へ向かった。
僕たちが近づいたところで、ラインハルト様とアルブレヒト様、ディートフリート様、マルティン様も立ち上がられた。
「サロンの方へ移動しましょうか」
アルブレヒト様がそう言って、ブリギッタ様に手を出された。ディートフリート様も同様にフローリアン様をエスコートして、移動していく。
「ラファエル、わたしたちも行こう」
ラインハルト様は僕の手をお取りになると、いつものように腰を抱いて歩きだされた。こうしてカフェテリアの中を歩くのは久しぶりのことだ。
髪に顔をちかづけていらっしゃるのは、やはり匂いを確認なさっているのだろうか。
「ああ、やっぱり眼福ですわね」「仲睦まじくていらっしゃるところを見るとほっとするな」「麗しい……」
皆が何やら話しているのは、おそらく久しぶりの光景に戸惑っているからだろう。
この日以降、お昼の休憩中は、フィンク先生がシモンの指導をすることになった。つまり、僕たちは以前のようにともにカフェテリアで過ごすことができるようになったのだ。
それが、つかの間の平穏な日々だったというのは、後になってから思ったことであるが。
何かが起きるのは、いつもイベントの時。次に開催されるのは、冬至の星祭だ。
265
お気に入りに追加
2,952
あなたにおすすめの小説
王太子殿下は悪役令息のいいなり
白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる
カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」
そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか?
殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。
サクッとエロ&軽めざまぁ。
全10話+番外編(別視点)数話
本編約二万文字、完結しました。
※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます!
※本作の数年後のココルとキールを描いた、
『訳ありオメガは罪の証を愛している』
も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。
柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。
シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。
幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。
然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。
その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。
「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」
そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。
「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」
そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。
主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。
誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。
嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい
りまり
BL
僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。
この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。
僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。
本当に僕にはもったいない人なんだ。
どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。
彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。
答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。
後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる