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49.僕が虐めを行ったという証拠の捏造もできないのでしょうか
しおりを挟む僕たちがシモンの逆ハーを観測してから暫く経つと、シモンが、虐められているという噂が立ち始めた。シモンは、教科書を破損されたり、噴水に落とされたり、廊下で転倒させられたりしているらしい。ああ、魔法実技の体操着にインクをつけられたというのもあった。
その黒幕として名前が上がっているのが僕だというのは、常に僕の傍にいる護衛騎士から教えてもらった。王宮の護衛騎士である彼らは、僕の護衛業務が増えて大変ではないかと思っていたのだけれど、意外に楽しい仕事に分類されているようだ。
どうしてなのかは、曖昧に微笑まれて教えてもらえなかったけれど。
彼らの不満はと問えば、僕に守られる気がないところだという答えが返ってくる。
「ヒムメル侯爵令息がいくらお強くても、わたしたちに守られてくださらなくては困るのです。ラインハルト殿下を、見習っていただきたいものです」
そう言われてしまったので、なるべく前に出ないで大人しくしようと思っている。うん、なるべくであるけれど。
更に、「いつでも、アリバイの証人になりますからご心配なく」という一言が添えられていた。王宮から派遣される護衛騎士は、気配りが違うと思われる。
「ラファエル様! シモンに謝ってください!」
その日は、魔法騎士団での研修を受けるため、ビュッセル侯爵令息とともに馬車止めへ向かう回廊を歩いていた。庭園に面したその廊下で、僕たちの行く手をふさいだ一年生のディール子爵令息が、大きな声を上げた。護衛騎士が僕を庇うように、一歩前に出る。
「そうです! いつも酷いことばかりして! シモンは教科書を破られたり、魔法実技の体操着にインクをつけられたりという陰湿な虐めを受けているんです。昨日は、中央広場の噴水に突き落とされました。それは全部、貴方の仕業だと聞いています!」
続けてもう一人、僕を非難してきたのは、同じく一年生のヨラ男爵令息だ。確か。
彼らの後ろに目をやると、少し離れたところでシモンがエメラルドのような瞳を潤ませ、壁に縋っている。その傍らには、ヴァネルハー辺境伯令息が無の表情で佇んでいた。世話係だからということで無理に連れてこられたのかもしれない。彼とはこの後一緒に、魔法騎士団に向かう予定なのであるが。
シモンは、ヴァネルハー辺境伯令息に縋らせてもらえなくて壁に縋っているのだろうと予想する。
ヴァネルハー辺境伯令息は、僕と視線が合うと、首を左右に振った。いかにも不本意な状況に身を置いているようで哀れを誘う。修行だとでも思わないとやっていられないかもしれない。
ちょうど下校時刻で、馬車止めに向かう生徒が多くこの回廊を通るため、周囲には生徒が集まり始めている。
ここは、物語の流れに沿って、僕が悪役令息であるということを存分に見せつけるところであろう。
よし、頑張ろう。
「無視する気ですか?」
「何とか言ってくださいよ!」
ディール子爵令息とヨラ男爵令息が、まるでシモンのように大きな声で叫んでいる。シモンの性癖が伝染したのか、周囲に聞かせようと声を張っているのかどちらなのだろうか。
「ラファエル様に失礼だぞ!」
「ローレンツ様は関係ありません」
「何だと! だいたい、許可してないのに俺の名前を呼ぶのも無礼だぞ!」
ビュッセル侯爵令息が僕のために反論してくれようとしている。侯爵家の上級生を相手に、ここまで無礼な態度を取れるというのも大した度胸だ。単に社会常識がないだけなのかもしれないけれど。
僕は、ビュッセル侯爵令息を片手で制してから、足を肩幅に開き、両手を腰にあてて顎を上げ、彼らを見下ろすように立つ。そして王子の伴侶教育で鍛えられた美しい声で彼らに問うた。
「ディール子爵令息、僕は貴方に名前を呼ぶ許可を与えた覚えはありません。貴族としての基本的な常識もないのでしょうか。それとも、僕に無礼を働くのが目的なのでしょうか」
「え?」
初等教育学校の子どものように呆けた顔をしたディール子爵令息は、言葉に詰まっている。
「誤魔化さないでくださいっ! 俺たちは、貴方がシモンを虐めていることについて話してるんだっ!」
ヨラ男爵令息が気丈にも僕に言い返してきた。
ここは、悪役令息として存分に彼らを叩きのめす必要があるだろう。
「そうですね。基本的な礼儀も弁えていない貴方たちと話すのは気が進みません。しかし、貴方たちがおっしゃる『僕がレヒナー男爵令息を虐めている』ということについては、事実ではないとお伝えしておきましょう」
僕は、高飛車な態度で彼らに応ずる。きっと、悪役令息としての印象が強く刻まれたことだろう。
そもそも僕が、あんな幼稚な虐めをすると思われるのは、王族の婚約者であるヒムメル侯爵家の者としての沽券に係わる。もし、僕が実行するのであれば、もっと高度で容赦ないものでなければならないだろう。
その内容は、未だに思いついていないのではあるが。何があるだろうか。
とりあえずここでは、周囲に高慢な悪役令息と思われるよう、冷たい視線を二人に向ける。
「ああ、なんて美しいのかしら」「言葉の発し方も完璧でいらっしゃる」「どう考えても言いがかりなのにきちんとお答えになるのね」「上位者としての意識が高くておいでなのだな。さすが王族の婚約者だ」
皆がこそこそと何か言っている。きっと、僕の悪口に違いない。
よし、完璧だ。
「ラファエ……」
「ヒムメル侯爵令息とお呼びしろっ!」
「ひっ」
ビュッセル侯爵令息に一喝されたディール子爵令息は、一気に顔色が悪くなったが、続きを話すことはできるだろうか。
「シモンは、毎日虐められて泣いてるんだっ!
ラインハルト殿下の寵愛を奪われたことに嫉妬したラッ……ヒムメル侯爵令息の仕業だと、皆言っています」
「そうです! 皆が、あなたがシモンを虐めてるって言ってるんですからね。自分が虐めてないなんて誤魔化さないでください!
ここでシモンに謝ってください! そして、二度とあんな酷いことをしないでくださいっ!」
ディール子爵令息とヨラ男爵令息は、僕が虐めをしたという前提でしか話をしない。僕がシモンを虐めていないと言っていることには、耳を貸す気はないようだ。そして、皆が言っているから僕がシモンを虐めたに決まっているという意味のことを繰り返すだけだ。
馬鹿なのか?
他の攻め手を用意していないのだろうか。
例えば、僕が虐めを行ったという証拠や、それを見た証人などを出してくるとか。
実際に、僕はシモンに手は出していないので、もしそういうものがあれば捏造したということにはなるのだけれど。
どうして何も用意してこないのだろう。
そんなことでは、僕を完璧な悪役にすることはできないだろうに。
証拠を捏造するというほどの気概もなく、下級生の下位貴族が上級生の高位貴族に謝罪を強要しているというのであれば、命知らずとしか言いようがない。
こんなことでは、魔獣の討伐も上手にできないのだろうなと予想できる。本当に命知らずだ。
まあ、それはどうでも良いことであるが。
「ラファエル様、お話に入る無礼をお許しください。
ディール子爵令息、ヨラ男爵令息。まさか、お前たちは、皆がラファエル様がレヒナー男爵令息を虐めているという風評のみを理由に謝罪を強要しているのか?」
ビュッセル侯爵令息は、得意の風魔法でこの回廊に暴風を吹き渡らせるのではないかと思われるほどの怒気を含んだ声を、ディール子爵令息とヨラ男爵令息に向けた。
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