上 下
46 / 86

46.ついに神子覚醒となったのでしょうか

しおりを挟む
 演習場に、ワイバーンの群れが飛来する。

 ディートフリート様とマルティン様は、すぐに戦闘態勢に入る。審判をする予定だったフィンク先生も同様だ。

「ラファエル、わたしの守りはまかせたからね」
「かしこまりましてございます。このラファエルが守るからには、ラインハルト様の御身に傷をつけることなどあり得ないでしょう」

 ラインハルト様は、美しく微笑んだのちに、顔を凛々しく引き締められた。素晴らしい。

 ここでのラインハルト様は、魔獣討伐の現場に残って王家としての責任を果たすことになっている。常ならば、決勝戦を行う予定であったディートフリート様とマルティン様が、ラインハルト様をお守りするのであるが、お二人ともワイバーンとの戦闘にかかっておられる。護衛騎士も周りにいるとはいえ、僕が中心となってラインハルト様をお守りしなければならない。

 何があろうとも、ラインハルト様をお守りして見せる。

 ワイバーンを討伐したかったなどという気持ちは封じておくべきだ。うん。

 ヘンドリック殿下とイルゼ様には、護衛とともに安全な場所へ避難していただく。もっとも、この状況での安全な場所と言うのがわからないので、多くの護衛とともに近くにある頑丈な校舎へ行っていただくのだ。もちろん、イルゼ様が防護魔法でヘンドリック殿下を守ってくださるので大事には至らないと考えている。
 そして今日は、騎士団、魔法騎士団、魔術師団からもそれぞれ団員が派遣されてきているので、その面々がワイバーン討伐の対応にあたる。


「マルティン、次に魔法を放った時点でいったん防護壁を解除する」
「わかった、そこで風魔法でワイバーンの頭の上まで放り上げてくれ」
「うまくやってくれ」
「ディートフリート、まかせておけ」

 ディートフリート様の魔法で飛び上がったマルティン様は、ワイバーンの首を一刀で断ち切る。
 ディートフリート様とマルティン様は、連携してワイバーンを屠っていく様子は、まるで、決勝戦を潰された鬱憤を晴らしているかのようだ。

 ラインハルト様は、状況を見ながら騎士に指示を出して観客席の人々の避難がうまくいくように取り計らっていらっしゃる。ワイバーンの討伐については、各団から派遣された人物に任せているが、その状況の報告を受けていらっしゃるのだ。生徒の中で、誰が討伐に加わっているかも把握しなければならない。
 ホフマン学長は、学校内の施設で避難やけが人の治療場所に使えるところを先生がたと手配されている。
 それぞれの役割分担を果たしているが、うまく動くことができているのは、魔獣が現れたときの想定をしていたからだ。魔獣の凶暴化に対応するための会議では、収穫祭の時期に魔獣が大量発生するのではないかという予測を立てていたのだ。

 ワイバーンは、竜種の中では小型の魔獣だが、魔獣の中では知能が高く、獲物を狙うのであれば、弱いところを狙う。人間であれば子どもや小柄な者だ。それなのにここに現れたワイバーンは、そういう人間がいる観客席ではなく、それなりに戦える、ある程度大柄な人間がいる演習場に向かって飛び込んでくるのだ。

 おかしい。

 ワイバーンは、王都郊外の森で出会ったヘルハウンドやコカトリス、アポピスのように、常ならぬ行動をしている。
 そう考えると、一連の魔獣の凶暴化には同じ特徴があるといえる。

 どうして魔法学校の演習場で異常事態が、起きるのか、それも解析しなければならないのだが……

 そのようなことを考えていた時だった。

 ギエエエエエエエエエエエエエエ!

 大きな雄叫びが、周囲の空気を震わせる。
 演習場に大きな影が差す。

 見上げた空には、ひと際大きなワイバーンがいた。ワイバーンとしては、規格外の大きさだ。

「どうしてあんなに大きな個体が……」「あんな大きさのワイバーンがいるのか?」

 ラインハルト様の護衛騎士が声を上げている。

 あれは、凍らせて保存した方が良いのだろうか?
 おそらく、これまでに見た巨大化した魔獣たちと同じものだと思われるのだから。

 僕は、ラインハルト様の護衛をしなければならない。あのワイバーンを凍らせる氷魔法を行使するためには、許可をいただく必要がある。

 どうすればいいのか。

 その判断を迷った時間はどれぐらいだったのかわからない。だけど、あの彼が行動を起こすには十分な時間だったようだ。

「魔獣さん! お願いだから、自分のおうちに帰って!」

 演習場に響く甲高い叫び声。

 シモンだ。

 どうしてシモンはあのように大きな声をだすことができるのだろう。

 観客席の前列まで走りこんで来たシモンの後ろには、ウーリヒ先生が見える。どうやらともに行動しているようだ。もしも、シモンの監視を兼ねていらっしゃるのであれば、これは大きな失態なのではないか。

 シモンが、胸の前で手を組み祈るような仕草をすると、その手からきらきらと光る魔力が放出されて、空にいる規格外の大きさのワイバーンを包み込んだ。
 それを見ていると、目の前が歪む感覚がした。

 僕は、思わず胸元にあるラインハルト様の瞳の色をした首飾りの石を強く握りこむ。

「魔獣さん、お願い! おうちに帰って!」

 ギエエエエエエエエエエ!

 繰り返されたシモンの呼びかけに答えるように鳴き声を上げた規格外のワイバーンは、その身を翻すと、他のワイバーンを引き連れて空の向こうに飛び去って行った。

「いったい、何が起きたんだ……」

 僕たちの周囲から、そんな声が聞こえる。そう、多くの人が、何が起きたのだろうかと、思っているだろう。
 皆が空を見上げてワイバーンを見送っている。

「神子様だ!」「そうだ! 神子様だ!」

 期せずして、どこからかそのような声が上がる。

 どうしてそのような声が上がるのだろうか。この世界の『神子』は、光魔法で人の体の損傷を治療する者のことを指す。
 魔獣を従える者を『神子』というのは、シモンが合同演習で発言していたものでしか聞いたことがない……

 それなのに、なぜこんな声が上がるのか。これは物語の補正なのか。

 これは、『神子覚醒』ということになるのだろうか。


「ラファエル、不安になることはない」
「ラインハルト様……」

 僕の不安な気持ちを察してくださったのだろう。ラインハルト様は、そう言いながら僕を抱き寄せて、こめかみにキスをなさった。

 空を見上げながらにたりと笑うシモンに薄気味悪いものを感じながら、僕はラインハルト様の腕に身を委ねる。

 今までに感じたことのないような、大きな不安。



 この収穫祭の後の祈りを終わらせてから訪れる指示を、僕は予想できていたといえるだろうか。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

処理中です...