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42.収穫祭の準備が始まったようです

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 その後、バーデン伯爵家からは、子息のふるまいについての正式な謝罪が、ヒムメル侯爵家に届けられた。
 バーデン伯爵令息は、日ごろからシモンが僕に意地悪をされていると聞いていた。そして、実地演習のときに、自分たちは凶暴化したヘルハウンドに遭遇して大変怖い思いをしたというのに、僕がシモンに厳しい態度をとっていた。それを見て、本当に意地悪をされているのだという認識を強くしたのだという。

 どうやらバーデン伯爵令息は、僕たちが彼らを助けたという意識は、欠落していたようだ。

 そして、僕の目の前で転んだシモンが「転ばせるなんて、ひどい」と言ったため、僕がシモンを転倒させたのだと疑わなかったのだそうだ。

 バーデン伯爵に連れられてヒムメル侯爵邸を訪れた彼は、泣きながら僕に詫びていた。なぜ、僕がシモンを転倒させたと思い込んでいたかわからないと言って。

 バーデン伯爵令息は、馬鹿なのだろうか。
 それとも、物語補正か何かなのだろうか。
 それとも……

 たとえ僕がシモンに意地悪なふるまいをしていたとしても、伯爵家の者が侯爵家の者にいきなり「謝れ」と発言することは、常識的に考えられない。

 物語の中のシモンは、王子殿下を味方につけていたから、侯爵家の人間に何か言っても許されていたのだろう。そして、その物語を知っている転生者だと思われるシモンにそのような意識があっても、おかしくはないだろう。現実的にはおかしいのだけれども。

 しかし、バーデン伯爵令息は、多少不遜で快楽主義的なところはあるものの、貴族としての教育は受けているはずだから、自分より高位の貴族にむやみにたてつくようなことをするとは思えない。

 バーデン伯爵家からは、ヒムメル侯爵家へは直接謝罪したいという連絡があったのでそれを受けることにした。それは、家同士の話し合いになるからだ。
 だが、シモンともう一人の一年生については校内で謝罪をしたいということだったので、お断りをした。前回のシモンの謝罪は謝罪ではなかったし、学校から十分な指導をしてもらうことで話をつけた。

 更に、こちらから要求しなくとも、学校側からシモンが僕に接触しないようにするという申し出があったので、それは受け入れた。

 その辺りのことは、予想通りだけれど、これから物語はどうなっていくのだろうか。

 まあ僕の心配は、ラインハルト様が幸せになってくださるかどうかだけなのだけれど。


 僕たちは日々の忙しさに心を奪われ、気づけば収穫祭の時期が来ていた。魔獣の凶暴化等の調査はさほど進んでいなかったが、それほどひどい事態が起きることもなかった。


「今年の収穫祭では、ヨハンがクルツ商会の全力を上げて有名料理店から屋台を出すように交渉したそうですよ」

 皆の集うサロンで、マルティン様が嬉しそうに重要情報を教えてくださった。
 二年生のヨハンは、六月から生徒会の副会長となっている。会長のアウラー伯爵令息オットーと、書記のビュッセル侯爵令息ローレンツとはうまく連携していると聞く。
 クルツ商会は、主に食糧流通に力を入れている。当然、王都の高級レストランから庶民が使う居酒屋まで、様々な料理店と取引がある。ヨハンは収穫祭のために、高級店だけでなく中堅で評判の良い有名料理店に声をかけたということだ。収穫祭は、在校生の家族の他、卒業生も参加することができるため、大変な賑わいになる。出店者は、販路拡大の好機であるため、クルツ商会には料理店の売り込みも多かったのだろうと思う。マルティン様が情報を得た何店かの名前を聞いても、新進気鋭のシェフが腕を振るっているという評判の店だ。
 収穫祭での食事提供は、基本は屋台形式で店を出してくれるが、カフェテリアも解放されるため、着席して飲食をすることができる。カフェテリアでは、飲み物を販売する。
 立ち食いも可能であるため、令息令嬢の中には、シュテルン魔法学校の収穫祭で、初めての立ち食いを経験する者もいるのだ。
 
 また、収穫祭の時に行われる戦闘の試合には、マルティン様とディートフリート様が参加申し込みをされている。昨年もお二人とも参加されていたが、どちらも準々決勝で敗れてしまったのだ。

「今年こそ、決勝戦で会おうな」
「ええ、負けませんよ」
「いや、俺の勝ちに決まっているだろう」
「何をおっしゃいます。わたしの勝ちです」

 マルティン様とディートフリート様が言い合っておられるのがうらやましい。僕には参加が許されていないのだ。

「ああ、僕も参加しとうございます……」

 試合に参加されるお二人の様子を見ていて、思わずそんな言葉が口からこぼれ出てしまった。
 僕の言葉を聞いたマルティン様とディートフリート様は、同時に僕に顔を向けた。

「いや、ラファエル様は参加しないでください」
「そうですね。ラファエル様が、試合で実力を試す必要などありませんでしょう」
「え……」

 マルティン様もディートフリート様も、僕に参加して欲しくないとおっしゃる。その言葉に少しばかり気落ちして膝の上で手を握ったら、ラインハルト様が僕の手の上にご自分の手を重ねられた。

「ふふ、マルティンも、ディートフリートも、自分がラファエルに敵わないからといって、冷たくするものではない」
「いえ、でもラインハルト殿下、ラファエル様が出場されても、生徒相手では試合が成立しませんよ?」
「そうですとも。うっかりすれば、演習場が使い物にならなくなります」

 ラインハルト様が庇ってくださったものの、アルブレヒト様やフローリアン様までもが、僕が試合に出ることはふさわしくないと発言される。

「フローリアン様、演習場が使えなくなるなどということはありません。そのようなことにならないよう、手加減いたします」
「ですから、手加減をするという時点で、校内の試合で実力を試す必要などないということですよ。ご自分が学校の枠を超えた実力者だと、ご自覚くださいませ」

 フローリアン様は情け容赦なくとどめを刺しに来られる。
 衝撃を受けている僕の肩を抱いたラインハルト様は、僕の頬にキスをなさって、「まあ、どちらにしてもラファエルは試合に出ることはできないのだから諦めなさい」とおっしゃった。

 試合に出ることができないのはわかっているのだけれど、皆の「出てはいけない」発言があまりにも無念だ。唯一発言されなかったブリギッタ様が浮かべていらっしゃった笑顔すら、皆の意見に同調するものだった。



「ラファエルは、もっと自重しないとね。どうも戦闘のことになると、箍が外れるところがあるよ。普段は氷の貴公子の名に恥じない行動をしているのに」

 その夜、オスカー兄上からは、僕が試合に出られないのは、王族の婚約者であるからだけが理由ではないと、お説教をされることになった。夕食の時にその話題を出したのは失敗だったと反省をする。

 僕が、仕方ないと思いつつも、更に残念な気持ちでいっぱいになったのは、言うまでもない。




★★★★★

 ストックが切れたので当面の間更新がゆっくりになります。よろしくお願いいたします。
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