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41.どうにも物語の行方がわからなくなってきました

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「ひうっ……」

 息を呑むような声を出したのは、誰だったのか。

 目の前にいるバーデン伯爵令息と、名前がわからない一年生は、青ざめて小刻みに震えている。
 僕は特に、威圧を加えたわけではない。ただ、説明を求めただけである。

「ああ、なんて威厳がおありなのかしら」「さすが氷の貴公子、美しいなあ」「素敵だ……」

 その体勢のままで答えを待っていたのだが、何も返ってこない。周囲の何を言っているのかわからないざわめきが聞こえるだけだ。
 とりあえず僕に冤罪を着せる程度の返答は、あると思っていたのだけれど。

「はあ、わたしたちはラファエル様と一緒に歩いておりましたが、レヒナー男爵令息とは接触するどころか、今の立ち位置通りの距離より近づいてはおりません。どのようにしてラファエル様が、レヒナー男爵令息を転倒させたのですか?」
「そうですね。僕に謝れとおっしゃったバーデン伯爵令息、あなたが責任をもって答えてください」

 ディートフリート様が、膠着した状態を動かすべく発言してくださったので、僕はそれに乗ることにした。バーデン伯爵令息に目を合わせ、質問を口にする。

 僕に見つめられたバーデン伯爵令息の、瞬きの回数が増える。彼は、唇をふるふると震わせたあとで、絞り出すように声を出した。

「……だって、シモンがそう言えって」
「は?」
「え?」
「バーデン伯爵令息……、あなた、大丈夫ですか?」

 バーデン伯爵令息の答えに、ディートフリート様とフローリアン様は変な声を出された。そして、僕はバーデン伯爵令息の反応が心配になって声をかける。

 青い顔をして唇を震わせ、目を泳がせているバーデン伯爵令息の様子は、まるで、小さな子どものようだ。
 通常であれば、バーデン伯爵家のような家柄の貴族の子息が、人前でそのような表情をするとは考えられない。

 よほど体調が悪いのか?

 いや、僕に謝るように求めてきたときはそんな雰囲気ではなく、むしろ意識が高揚しているかのような表情だった。

「ホルストはっ、僕のこと心配してくれたんだっ! いつも僕が意地悪されてるからって」

 甲高い声を上げてシモンが話に入ってくる。いや、もともとシモンが主人公だった。物語だけでなくこの状況においても。
 ホルストとは、バーデン伯爵令息の名前だ。シモンは誰のことも名前で呼ぶので、それ自体は当たり前な気がする。それに慣れてはいけないと思うものの。

「あ、あ……」
「バーデン伯爵令息?」
「ホルスト? ホルストっ」

 小刻みに震えていたバーデン伯爵令息は、そのまま気を失って廊下へ倒れこんだ。シモンが驚いたように目を見開くと、バーデン伯爵令息の名前を呼んでいる。

「誰か、医務官を呼んできてください」
「このまま廊下に寝かせましょう。わたしたちが動かさない方がいいでしょう」
「レヒナー男爵令息、彼を揺さぶるのはやめて、ただ傍についていてあげなさい」

 ディートフリート様とフローリアン様、そして僕とでバーデン伯爵令息の応急措置を行い、医務官に預けた。

 この場で起きたいざこざについては、副学長がその場で周囲の生徒にも聞き取りをしてくださった。シモンは自分で転倒したことと、僕たちを含めて誰もシモンに接触していないことが多くの生徒に目撃されていたので、潔白であることが証明された。
 さらに、僕に謝れと言ったのはバーデン伯爵令息だけであったので、シモンももう一人の一年生も「自分はそう思っていたわけではない」と言い逃れた。つまり「誰かに転倒させられた」けれど「それが誰かは明言していない」ということだ。

 バーデン伯爵令息の発言を否定しなかったのだから、同意したとみなされても仕方ないと思うのだけれど。

 バーデン伯爵令息については、医師の診断を受けてから聞き取りを行うことになった。彼は、明らかに通常でない様子であった。いったい、何がどうなっているのだろうか。


「また、レヒナー男爵令息に迷惑をかけられましたね。接近禁止令を出していただけないものなのでしょうか」
「王家から申し入れているはずでしょう? いくら光魔法の使い手だからといって、学校は彼に甘すぎますね」

 フローリアン様とディートフリート様の方が僕より怒っていらっしゃるようで、口調が厳しいものになっていらっしゃる。

「そうですね。夏季休暇以前の申し入れでしたし、学校は、彼の態度が改善されていると判断していたのかもしれません」
「ぜんっぜん改善されていないではありませんか!」

 僕の発言で、フローリアン様の怒りに油を注いでしまったようだ。申し訳ない。

 ところで、学校としては、これ以上シモンが僕に言いがかりをつけているという状況を見逃せなくなっているだろう。とりあえず今回の件については、ことを大きくしたくないという態度に出ているようだ。
 王家からも、ラインハルト様や僕に対するシモンの態度については、申し入れを行っているのだ。どうにかして、シモンと僕を接触させないように工夫しなければならない時期に来ているのだろう。

 未だに神子として覚醒していないシモンが、これ以上ラインハルト様や僕に関わるのは難しくなっている。

 しかし、そうなると、物語が進まなくなってしまう。だから、物語の補正のために学校がシモンに甘いのだろうと思っていたのだけれど、これ以上は許されない領域に入っていると考えられる。

 どうにも物語の行方が、わからなくなってきた。

 もしかしたら、これからは学校外での接触があるのかもしれない。

 そこで僕は、どこかにある噴水に向かって、シモンを突き飛ばしたことにされるのだろうか。


 よく知らない物語の先行きを推測しても、良いことはないのかもしれないけれど。




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