41 / 86
41.どうにも物語の行方がわからなくなってきました
しおりを挟む「ひうっ……」
息を呑むような声を出したのは、誰だったのか。
目の前にいるバーデン伯爵令息と、名前がわからない一年生は、青ざめて小刻みに震えている。
僕は特に、威圧を加えたわけではない。ただ、説明を求めただけである。
「ああ、なんて威厳がおありなのかしら」「さすが氷の貴公子、美しいなあ」「素敵だ……」
その体勢のままで答えを待っていたのだが、何も返ってこない。周囲の何を言っているのかわからないざわめきが聞こえるだけだ。
とりあえず僕に冤罪を着せる程度の返答は、あると思っていたのだけれど。
「はあ、わたしたちはラファエル様と一緒に歩いておりましたが、レヒナー男爵令息とは接触するどころか、今の立ち位置通りの距離より近づいてはおりません。どのようにしてラファエル様が、レヒナー男爵令息を転倒させたのですか?」
「そうですね。僕に謝れとおっしゃったバーデン伯爵令息、あなたが責任をもって答えてください」
ディートフリート様が、膠着した状態を動かすべく発言してくださったので、僕はそれに乗ることにした。バーデン伯爵令息に目を合わせ、質問を口にする。
僕に見つめられたバーデン伯爵令息の、瞬きの回数が増える。彼は、唇をふるふると震わせたあとで、絞り出すように声を出した。
「……だって、シモンがそう言えって」
「は?」
「え?」
「バーデン伯爵令息……、あなた、大丈夫ですか?」
バーデン伯爵令息の答えに、ディートフリート様とフローリアン様は変な声を出された。そして、僕はバーデン伯爵令息の反応が心配になって声をかける。
青い顔をして唇を震わせ、目を泳がせているバーデン伯爵令息の様子は、まるで、小さな子どものようだ。
通常であれば、バーデン伯爵家のような家柄の貴族の子息が、人前でそのような表情をするとは考えられない。
よほど体調が悪いのか?
いや、僕に謝るように求めてきたときはそんな雰囲気ではなく、むしろ意識が高揚しているかのような表情だった。
「ホルストはっ、僕のこと心配してくれたんだっ! いつも僕が意地悪されてるからって」
甲高い声を上げてシモンが話に入ってくる。いや、もともとシモンが主人公だった。物語だけでなくこの状況においても。
ホルストとは、バーデン伯爵令息の名前だ。シモンは誰のことも名前で呼ぶので、それ自体は当たり前な気がする。それに慣れてはいけないと思うものの。
「あ、あ……」
「バーデン伯爵令息?」
「ホルスト? ホルストっ」
小刻みに震えていたバーデン伯爵令息は、そのまま気を失って廊下へ倒れこんだ。シモンが驚いたように目を見開くと、バーデン伯爵令息の名前を呼んでいる。
「誰か、医務官を呼んできてください」
「このまま廊下に寝かせましょう。わたしたちが動かさない方がいいでしょう」
「レヒナー男爵令息、彼を揺さぶるのはやめて、ただ傍についていてあげなさい」
ディートフリート様とフローリアン様、そして僕とでバーデン伯爵令息の応急措置を行い、医務官に預けた。
この場で起きたいざこざについては、副学長がその場で周囲の生徒にも聞き取りをしてくださった。シモンは自分で転倒したことと、僕たちを含めて誰もシモンに接触していないことが多くの生徒に目撃されていたので、潔白であることが証明された。
さらに、僕に謝れと言ったのはバーデン伯爵令息だけであったので、シモンももう一人の一年生も「自分はそう思っていたわけではない」と言い逃れた。つまり「誰かに転倒させられた」けれど「それが誰かは明言していない」ということだ。
バーデン伯爵令息の発言を否定しなかったのだから、同意したとみなされても仕方ないと思うのだけれど。
バーデン伯爵令息については、医師の診断を受けてから聞き取りを行うことになった。彼は、明らかに通常でない様子であった。いったい、何がどうなっているのだろうか。
「また、レヒナー男爵令息に迷惑をかけられましたね。接近禁止令を出していただけないものなのでしょうか」
「王家から申し入れているはずでしょう? いくら光魔法の使い手だからといって、学校は彼に甘すぎますね」
フローリアン様とディートフリート様の方が僕より怒っていらっしゃるようで、口調が厳しいものになっていらっしゃる。
「そうですね。夏季休暇以前の申し入れでしたし、学校は、彼の態度が改善されていると判断していたのかもしれません」
「ぜんっぜん改善されていないではありませんか!」
僕の発言で、フローリアン様の怒りに油を注いでしまったようだ。申し訳ない。
ところで、学校としては、これ以上シモンが僕に言いがかりをつけているという状況を見逃せなくなっているだろう。とりあえず今回の件については、ことを大きくしたくないという態度に出ているようだ。
王家からも、ラインハルト様や僕に対するシモンの態度については、申し入れを行っているのだ。どうにかして、シモンと僕を接触させないように工夫しなければならない時期に来ているのだろう。
未だに神子として覚醒していないシモンが、これ以上ラインハルト様や僕に関わるのは難しくなっている。
しかし、そうなると、物語が進まなくなってしまう。だから、物語の補正のために学校がシモンに甘いのだろうと思っていたのだけれど、これ以上は許されない領域に入っていると考えられる。
どうにも物語の行方が、わからなくなってきた。
もしかしたら、これからは学校外での接触があるのかもしれない。
そこで僕は、どこかにある噴水に向かって、シモンを突き飛ばしたことにされるのだろうか。
よく知らない物語の先行きを推測しても、良いことはないのかもしれないけれど。
331
お気に入りに追加
2,979
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる