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40.久しぶりに悪役令息らしい態度をとりました
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充実した夏季休暇は終わって、新学期を迎えた。
僕は王子の伴侶教育の仕上げとともに、ヒムメル侯爵領に帰って魔獣の討伐をしたり、王都の魔獣の調査の業務をしたりと、忙しくも充実した日々を過ごした。
ビュッセル侯爵令息とヴァネルハー辺境伯令息とも親しくなることができて、得るものの大きい夏季休暇であった。
二人と戦闘の話をしていると、ラインハルト様が腰を抱いてくるのは、身振り手振りを大きくしないようにと、僕を押さえていらっしゃったのだろうか。戦闘の話をするときには、注意が必要だ。
「お二人の仲の良さは、素晴らしいですね」と、ビュッセル侯爵令息が言っていたし、ヴァネルハー辺境伯令息は顔を赤くしていたので、二人はラインハルト様と僕の仲が良いだけだと思っているのだと思う。
そう見えるようにラインハルト様がふるまってくださっているのだろう。ラインハルト様が、至らない僕に、さり気なく注意を促してくださることに感謝しかない。
夏季休暇中の捕獲作業では、巨大なアポピスとヘルハウンド二頭の成果を上げた。ヘルハウンドは、実地演習の時ほどの大きさも凶暴性もなかった。つまり、アポピスの出現だけが、飛びぬけて異常だったわけである。そして、森の中での魔獣の凶暴化は落ち着いて行ったのだ。
これまでのことから、調査チームは、魔獣の異常行動には人為的な原因があるのではないかという疑いを持っていた。この夏は、王都郊外の森に外部から立ち入ることは、ある程度制限されていた。王都に続く街道などは、今まで通りに魔獣が大量発生したり、凶暴化したりしていて、騎士団と魔法騎士団はそれの討伐に手を取られていた。
この状況の比較によって、今回の魔獣の凶暴化は、人為的なものであるという疑いは更に濃厚になったのだ。
学校が始まってしまえば、日常の学業が中心の生活に戻っていく。
精神汚染魔法にかからないための魔道具は、ラインハルト様の側近とそれに準する人物には身に着けるようにと渡されている。魔獣の件だけでなく、そちらも、まだ解決していないのだ。身近にいる者が洗脳されてしまって、ラインハルト様が害されてしまっては大事である。
秋には、収穫祭がある。王都の各店から屋台などで食べ物がふるまわれ、勝ち残り方式で戦闘の試合が催される。僕は、試合に出ることは王家から禁止されているので観覧するだけになるのであるが、毎年楽しみにしている行事だ。
収穫祭のときは、外部から人が入ってくるので、ラインハルト様に身辺の安全には、さらに気をつけなければならないだろうけれど。
夏季休暇中は、物語のことを少ししか考えていなかった。しかし、収穫祭のような大きな行事であれば、物語を進める何かしらの出来事もあるのかもしれない。
だけど、ラインハルト様はシモンに興味を持っていらっしゃらないようだし、どうなるのだろう。
今は、ラインハルト様が僕を大切にしてくださっている。それは日々、身をもって感じていることだ。
僕が、ラインハルト様に嫌われるような行動をとらなければならないのだろうか……?
しかし、そんなに悠長に構えている場合ではなかったようだ。
「きゃあああああっ!」
廊下を走るぱたぱたという足音がしたかと思ったら、ピンクブロンドの小柄な少年が目の前でひっくり返って悲鳴を上げた。
シモンだ。
「大丈夫か! シモン!」
「痛いっ……転ばせるなんて、ひどいっ!」
「ああ、可哀そうに。シモン」
「ラファエル様っ、シモンに謝ってくださいっ」
これはいったい、何が起きているのだろうか……
自作自演?
目の前には、廊下に転がるシモン。シモンに駆け寄って、僕に謝れといっているのはバーデン伯爵令息だ。もう一人のシモンを助け起こそうとしている一年生は、申し訳ないが誰なのかわからない。二人とも、顔を紅潮させて、勢いよく僕に向かって発言している。
僕は、今日の授業が終わり、帰宅するために馬車止めに向かって廊下を移動しているところだった。帰宅のために馬車止めに向かっていた生徒たちが、何事かという風情でこちらを見ている。
シモンの声は大きいから、皆によく聞こえたことだろう。
しかし、僕はシモンを転ばせてはいない。体が触れもしていないのだ。
今の僕には、常に護衛騎士がついている。僕に誰かがぶつかるのも、僕が誰かにぶつかるのも難しくなっている。
この一年生たちは、僕が魔法で転ばせたとでもいうのだろうか?
いくらなんでも、設定として無理がありすぎるのではないのだろうか。
いや、これはシモンにとっては、物語の進行上必要なことなのだろう。僕がシモンを転ばせたと周囲に認識させ、僕を悪役令息に仕立て上げれば良いのだから。
「あなたたちは、自分で勝手に転んだレヒナー男爵令息を、ラファエル様が転ばせたと言うのですか? とんだ言いがかりではありませんか」
「ええ、まるで破落戸のようです。
ところで、バーデン伯爵令息は、いつラファエル様のお名を呼ぶ許しを得たのか、教えていただけますか?」
僕と一緒に馬車止めに向かっていたフローリアン様とディートフリート様が、あきれたように反論をしてくださっている。ラインハルト様は、執務で早い時間に王宮に帰られた。その隙を狙ったかのような言いがかりだ。
よし、僕も頑張って悪役令息らしい態度をとろう。
僕は肩幅に足を開いて立ち、両手を腰に当てて、少しばかり距離のある場所で蹲っている三人を見下ろす。
「僕は、レヒナー男爵令息に一切触れておりません。そのような状況で、どのようにして僕が彼を転倒させたのか、説明していただけますか?」
僕は、少し首を傾げながら、王子の伴侶教育で得たよく通る声で、彼らに向かって言葉を発した。
僕は王子の伴侶教育の仕上げとともに、ヒムメル侯爵領に帰って魔獣の討伐をしたり、王都の魔獣の調査の業務をしたりと、忙しくも充実した日々を過ごした。
ビュッセル侯爵令息とヴァネルハー辺境伯令息とも親しくなることができて、得るものの大きい夏季休暇であった。
二人と戦闘の話をしていると、ラインハルト様が腰を抱いてくるのは、身振り手振りを大きくしないようにと、僕を押さえていらっしゃったのだろうか。戦闘の話をするときには、注意が必要だ。
「お二人の仲の良さは、素晴らしいですね」と、ビュッセル侯爵令息が言っていたし、ヴァネルハー辺境伯令息は顔を赤くしていたので、二人はラインハルト様と僕の仲が良いだけだと思っているのだと思う。
そう見えるようにラインハルト様がふるまってくださっているのだろう。ラインハルト様が、至らない僕に、さり気なく注意を促してくださることに感謝しかない。
夏季休暇中の捕獲作業では、巨大なアポピスとヘルハウンド二頭の成果を上げた。ヘルハウンドは、実地演習の時ほどの大きさも凶暴性もなかった。つまり、アポピスの出現だけが、飛びぬけて異常だったわけである。そして、森の中での魔獣の凶暴化は落ち着いて行ったのだ。
これまでのことから、調査チームは、魔獣の異常行動には人為的な原因があるのではないかという疑いを持っていた。この夏は、王都郊外の森に外部から立ち入ることは、ある程度制限されていた。王都に続く街道などは、今まで通りに魔獣が大量発生したり、凶暴化したりしていて、騎士団と魔法騎士団はそれの討伐に手を取られていた。
この状況の比較によって、今回の魔獣の凶暴化は、人為的なものであるという疑いは更に濃厚になったのだ。
学校が始まってしまえば、日常の学業が中心の生活に戻っていく。
精神汚染魔法にかからないための魔道具は、ラインハルト様の側近とそれに準する人物には身に着けるようにと渡されている。魔獣の件だけでなく、そちらも、まだ解決していないのだ。身近にいる者が洗脳されてしまって、ラインハルト様が害されてしまっては大事である。
秋には、収穫祭がある。王都の各店から屋台などで食べ物がふるまわれ、勝ち残り方式で戦闘の試合が催される。僕は、試合に出ることは王家から禁止されているので観覧するだけになるのであるが、毎年楽しみにしている行事だ。
収穫祭のときは、外部から人が入ってくるので、ラインハルト様に身辺の安全には、さらに気をつけなければならないだろうけれど。
夏季休暇中は、物語のことを少ししか考えていなかった。しかし、収穫祭のような大きな行事であれば、物語を進める何かしらの出来事もあるのかもしれない。
だけど、ラインハルト様はシモンに興味を持っていらっしゃらないようだし、どうなるのだろう。
今は、ラインハルト様が僕を大切にしてくださっている。それは日々、身をもって感じていることだ。
僕が、ラインハルト様に嫌われるような行動をとらなければならないのだろうか……?
しかし、そんなに悠長に構えている場合ではなかったようだ。
「きゃあああああっ!」
廊下を走るぱたぱたという足音がしたかと思ったら、ピンクブロンドの小柄な少年が目の前でひっくり返って悲鳴を上げた。
シモンだ。
「大丈夫か! シモン!」
「痛いっ……転ばせるなんて、ひどいっ!」
「ああ、可哀そうに。シモン」
「ラファエル様っ、シモンに謝ってくださいっ」
これはいったい、何が起きているのだろうか……
自作自演?
目の前には、廊下に転がるシモン。シモンに駆け寄って、僕に謝れといっているのはバーデン伯爵令息だ。もう一人のシモンを助け起こそうとしている一年生は、申し訳ないが誰なのかわからない。二人とも、顔を紅潮させて、勢いよく僕に向かって発言している。
僕は、今日の授業が終わり、帰宅するために馬車止めに向かって廊下を移動しているところだった。帰宅のために馬車止めに向かっていた生徒たちが、何事かという風情でこちらを見ている。
シモンの声は大きいから、皆によく聞こえたことだろう。
しかし、僕はシモンを転ばせてはいない。体が触れもしていないのだ。
今の僕には、常に護衛騎士がついている。僕に誰かがぶつかるのも、僕が誰かにぶつかるのも難しくなっている。
この一年生たちは、僕が魔法で転ばせたとでもいうのだろうか?
いくらなんでも、設定として無理がありすぎるのではないのだろうか。
いや、これはシモンにとっては、物語の進行上必要なことなのだろう。僕がシモンを転ばせたと周囲に認識させ、僕を悪役令息に仕立て上げれば良いのだから。
「あなたたちは、自分で勝手に転んだレヒナー男爵令息を、ラファエル様が転ばせたと言うのですか? とんだ言いがかりではありませんか」
「ええ、まるで破落戸のようです。
ところで、バーデン伯爵令息は、いつラファエル様のお名を呼ぶ許しを得たのか、教えていただけますか?」
僕と一緒に馬車止めに向かっていたフローリアン様とディートフリート様が、あきれたように反論をしてくださっている。ラインハルト様は、執務で早い時間に王宮に帰られた。その隙を狙ったかのような言いがかりだ。
よし、僕も頑張って悪役令息らしい態度をとろう。
僕は肩幅に足を開いて立ち、両手を腰に当てて、少しばかり距離のある場所で蹲っている三人を見下ろす。
「僕は、レヒナー男爵令息に一切触れておりません。そのような状況で、どのようにして僕が彼を転倒させたのか、説明していただけますか?」
僕は、少し首を傾げながら、王子の伴侶教育で得たよく通る声で、彼らに向かって言葉を発した。
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