38 / 86
38.魔獣出現の原因究明に至る道は前途多難です
しおりを挟む
クリューガー様と僕とでアポピスを凍らせたものの、大きすぎて今の手勢では運ぶことができない。
運べないほどの大きな魔獣を捕獲した。それを各団に知らせるための灯火を、ディートフリート様が上げてくださったので、すぐに応援部隊が到着するだろう。
今回は、騎士団の方々が来てくださる予定だ。
現在目視できるところを、ジークフリート様とディートフリート様が確認しながら記録をとっていらっしゃる。
オイラー様は、ご自分のレイピアが完全に凍り付き、抜けなくなっているのを見て意気消沈しておられるようだ。僕の長剣もアポピスの上あごに突き刺さったままだ。凍る時に半分閉じてしまったので、抜くことはできないし、抜けたとしても再び使えるかどうかはわからない。
もったいないことだが、諦めるしかないだろう。
「それにしても砂漠の魔獣がこんなところに出現するだなどと、いったいどうなっているのだろうな」
「はい、不思議なことです」
「わたしたちにも、見当がつきません。これまでの調査では、少なくとも森や人里に近いところに出現する魔獣しか観測されていませんでした」
ラインハルト様の誰も答えることができない疑問に、僕は相槌を打つ。オイラー様がまとめていらっしゃる王都近辺の魔獣出現情報においても、他の地域で生息しているようなものが出たことはないという。
ところで、シュトール様は、辺境に赴任していたときに、アポピスと遭遇したことがあるという。今回のメンバーに入ったのも、様々な種類の魔獣を討伐した経験が考慮されてのことらしいが、まさかアポピスに遭遇するとは思っていらっしゃらなかったそうだ。それはそうだ。王都郊外の森に砂漠の蛇が出るなどとは、誰も想像できないだろう。
「しかし、俺が出会ったアポピスはこれの三分の一ぐらいの大きさでしたからね。これほど大きくなるのが標準なのか、別の要素でこうなったのか検証しないといけませんね。恐ろしいことです」
シュトール様はそう言いながらひきつった笑いを浮かべていらっしゃった。
アポピスの周囲には、コカトリスの残骸が散らばっている。今回の討伐でコカトリスに遭遇しなかったのは、これのせいだろうと思うのだ。
だけど……
「コカトリスたちは、まるでアポピスに喰われるために集まったかのようですね。どうしてこのようなことになっているのか」
ジークフリート様が周囲の様子を見て、疑問を口にされた。
コカトリスは、卵から生まれた当初は群れているが、特に縁のない個体同士が群れるということはない。餌に群がることはあるけれど。
今回は森の他の場所でコカトリスを全く目にしなかった。何かに引き寄せられるようにして、コカトリスはこの場所に集まったのだろう。そして、アポピスに喰われた。
コカトリスが集まった場所にアポピスが来たのか、アポピスがコカトリスを呼び寄せたのかは、わからない。それは、今後調査していくことになるのだろう。
「それにしても、ヒムメル侯爵令息の腕前は、噂以上ですね」
「お見事な手際の良さに、感動いたしました」
「いえ、皆様が弱らせてくださったところへ、後から入ったのですから」
「わたしは、犠牲になるのもやむを得ないかと考えておりました。まさか捕獲できるなど思っていませんでしたよ」
シュトール様とオイラー様、ジークフリート様に手放しでほめられるのは、いささか居心地が悪い。ジークフリート様が決死の覚悟であったのも、驚くことだ。
僕が困惑していることを察してくださったのだろう。ラインハルト様が、「わたしのラファエルは、素晴らしいからね」とおっしゃって、僕を抱き寄せて髪にキスをしてくださる。それを見たお三人は、少し顔を赤らめて黙ってしまわれた。
おそらく、ラインハルト様の美しい微笑に、気圧されてしまったのだろう。
皆は、これからの対応のことに話題を変えた。
これまでの魔獣は、巨大化していることが多いので、捕獲できれば自分たちで運ぶことが難しいということが予想される。今回は、氷魔法の使い手が二人いたので完璧に獲物を凍結することができたが、クリューガー様がいつも一緒に来てくださるかどうかはわからない。従って、今後は獲物が巨大であった場合の運搬についても活動計画を詰めていかねばならないだろう。
「しかし、あれから全く魔獣が出てこないな」
マルティン様は、クリューガー様の護衛と氷魔法の有効な活用のための支援を見事になさったのだが、暴れ足りなかったようだ。少し魔獣を狩ろうかと近場を歩いていらっしゃったが、まったく出現しないという。
どういうことになっているのか。これについても、検証しなければならないだろう。
やがて、騎士団の応援部隊が到着して、アポピスを回収し始めた。
その大きさと、凍結の状態に驚いていたものの、騎士の方にすればそれは仕事なので手早く台車に乗せて運んで行ってくださる。
僕たちは、騎士団とともに王都郊外の森から撤収し、帰路についた。
ヘルハウンドの巨大化についても未だ原因はつかめていない。とはいうものの、ヘルハウンドはもともと王都郊外の森に出現することがある魔獣だった。しかし、アポピスは砂漠に生息する魔獣なのだ。この辺りのように一定の割合で雨が降る場所にどうして出現したのだろうか。
それについても今後、調べていかないといけないのだ。
これも、物語のために必要な異常なのだろうか。神子の覚醒がないから、事態が悪化しているとも考えられる。
ああ、どうして僕は、詳しい物語の流れを覚えていないのだろうか。
「凶暴化だけでなく、いないはずの魔獣が出現するとは、原因究明に至る道は前途多難でございますね」
「そのようだな……」
ディートフリート様の声に、ラインハルト様は考え込むように返事をされた。
運べないほどの大きな魔獣を捕獲した。それを各団に知らせるための灯火を、ディートフリート様が上げてくださったので、すぐに応援部隊が到着するだろう。
今回は、騎士団の方々が来てくださる予定だ。
現在目視できるところを、ジークフリート様とディートフリート様が確認しながら記録をとっていらっしゃる。
オイラー様は、ご自分のレイピアが完全に凍り付き、抜けなくなっているのを見て意気消沈しておられるようだ。僕の長剣もアポピスの上あごに突き刺さったままだ。凍る時に半分閉じてしまったので、抜くことはできないし、抜けたとしても再び使えるかどうかはわからない。
もったいないことだが、諦めるしかないだろう。
「それにしても砂漠の魔獣がこんなところに出現するだなどと、いったいどうなっているのだろうな」
「はい、不思議なことです」
「わたしたちにも、見当がつきません。これまでの調査では、少なくとも森や人里に近いところに出現する魔獣しか観測されていませんでした」
ラインハルト様の誰も答えることができない疑問に、僕は相槌を打つ。オイラー様がまとめていらっしゃる王都近辺の魔獣出現情報においても、他の地域で生息しているようなものが出たことはないという。
ところで、シュトール様は、辺境に赴任していたときに、アポピスと遭遇したことがあるという。今回のメンバーに入ったのも、様々な種類の魔獣を討伐した経験が考慮されてのことらしいが、まさかアポピスに遭遇するとは思っていらっしゃらなかったそうだ。それはそうだ。王都郊外の森に砂漠の蛇が出るなどとは、誰も想像できないだろう。
「しかし、俺が出会ったアポピスはこれの三分の一ぐらいの大きさでしたからね。これほど大きくなるのが標準なのか、別の要素でこうなったのか検証しないといけませんね。恐ろしいことです」
シュトール様はそう言いながらひきつった笑いを浮かべていらっしゃった。
アポピスの周囲には、コカトリスの残骸が散らばっている。今回の討伐でコカトリスに遭遇しなかったのは、これのせいだろうと思うのだ。
だけど……
「コカトリスたちは、まるでアポピスに喰われるために集まったかのようですね。どうしてこのようなことになっているのか」
ジークフリート様が周囲の様子を見て、疑問を口にされた。
コカトリスは、卵から生まれた当初は群れているが、特に縁のない個体同士が群れるということはない。餌に群がることはあるけれど。
今回は森の他の場所でコカトリスを全く目にしなかった。何かに引き寄せられるようにして、コカトリスはこの場所に集まったのだろう。そして、アポピスに喰われた。
コカトリスが集まった場所にアポピスが来たのか、アポピスがコカトリスを呼び寄せたのかは、わからない。それは、今後調査していくことになるのだろう。
「それにしても、ヒムメル侯爵令息の腕前は、噂以上ですね」
「お見事な手際の良さに、感動いたしました」
「いえ、皆様が弱らせてくださったところへ、後から入ったのですから」
「わたしは、犠牲になるのもやむを得ないかと考えておりました。まさか捕獲できるなど思っていませんでしたよ」
シュトール様とオイラー様、ジークフリート様に手放しでほめられるのは、いささか居心地が悪い。ジークフリート様が決死の覚悟であったのも、驚くことだ。
僕が困惑していることを察してくださったのだろう。ラインハルト様が、「わたしのラファエルは、素晴らしいからね」とおっしゃって、僕を抱き寄せて髪にキスをしてくださる。それを見たお三人は、少し顔を赤らめて黙ってしまわれた。
おそらく、ラインハルト様の美しい微笑に、気圧されてしまったのだろう。
皆は、これからの対応のことに話題を変えた。
これまでの魔獣は、巨大化していることが多いので、捕獲できれば自分たちで運ぶことが難しいということが予想される。今回は、氷魔法の使い手が二人いたので完璧に獲物を凍結することができたが、クリューガー様がいつも一緒に来てくださるかどうかはわからない。従って、今後は獲物が巨大であった場合の運搬についても活動計画を詰めていかねばならないだろう。
「しかし、あれから全く魔獣が出てこないな」
マルティン様は、クリューガー様の護衛と氷魔法の有効な活用のための支援を見事になさったのだが、暴れ足りなかったようだ。少し魔獣を狩ろうかと近場を歩いていらっしゃったが、まったく出現しないという。
どういうことになっているのか。これについても、検証しなければならないだろう。
やがて、騎士団の応援部隊が到着して、アポピスを回収し始めた。
その大きさと、凍結の状態に驚いていたものの、騎士の方にすればそれは仕事なので手早く台車に乗せて運んで行ってくださる。
僕たちは、騎士団とともに王都郊外の森から撤収し、帰路についた。
ヘルハウンドの巨大化についても未だ原因はつかめていない。とはいうものの、ヘルハウンドはもともと王都郊外の森に出現することがある魔獣だった。しかし、アポピスは砂漠に生息する魔獣なのだ。この辺りのように一定の割合で雨が降る場所にどうして出現したのだろうか。
それについても今後、調べていかないといけないのだ。
これも、物語のために必要な異常なのだろうか。神子の覚醒がないから、事態が悪化しているとも考えられる。
ああ、どうして僕は、詳しい物語の流れを覚えていないのだろうか。
「凶暴化だけでなく、いないはずの魔獣が出現するとは、原因究明に至る道は前途多難でございますね」
「そのようだな……」
ディートフリート様の声に、ラインハルト様は考え込むように返事をされた。
292
お気に入りに追加
2,954
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
王太子殿下は悪役令息のいいなり
白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。
柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。
シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。
幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。
然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。
その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。
「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」
そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。
「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」
そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。
主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。
誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。
婚約破棄と言われても・・・
相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」
と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。
しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・
よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
***********************************************
誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる