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31.お揃いの首飾りに喜んでいる場合ではありません
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僕たちは夏季休暇に入れば、王都郊外の魔獣調査を行うことになっている。そして、その前に、ロルバッハ魔法騎士団長からのお誘いにより、『狩』に皆で足を運ぶことになっているのだ。
僕は例年、夏季休暇の時期にはヒムメル侯爵領へ帰っていたのだが、今年は王都郊外の魔獣の調査のために帰る期間を短縮することになっている。残念なことであるが、その分王都郊外で魔獣を狩らせてもらおうと思っている。
「魔獣調査の前の『狩』にて、戦闘の勘を取り戻さなければならないと思っております」
「ラファエルほどの力があっても、そのように思うか」
「はい、実戦をしていないと、戦うために必要な勘が鈍くなります。定期的に『狩』を行うことが大切だと思います」
「なるほどのう」
王子の伴侶教育の後の王妃殿下とのお茶会で、昨今の魔獣の凶暴化の話から、狩の心得などをお話しした。王妃殿下は僕の話を楽し気に聞いてくださる。王妃殿下も『狩』に出られることはあるが、それは王家主催の狩猟祭の時ぐらいである。
東国ヤポンから送られたという珍しい緑色のお茶と、赤い豆のお菓子をいただきながら会話を楽しんでいると、思わぬ来客があった。
僕は不敬にならないよう、立ち上がって礼を取る。
「ラファエル、久しいな。定期的に王宮に来ているのだから、たまにはわたしにも顔を見せておくれ」
「ヘンドリック殿下、ご機嫌麗しゅう。ご無沙汰いたしております。先日は美味しい菓子をいただきまして、感謝しております」
「ラファエル、別に兄上に顔を見せに行く必要などないから、気にしなくてよい」
「ラインハルト、ラファエルが大切だからと言って隠すような真似をするものではない。
皆、お座りなさい」
ご挨拶の後に、王妃殿下のお声掛けで再度着席をした。ヘンドリック殿下とラインハルト様が来られたので新しいお茶が供される。
ヘンドリック殿下にお目にかかるのは、2か月ぶりのことだ。前回も、王妃様との茶会の時であった。僕の顔を見に来ただけだからと言って、すぐに退出されたのだ。あのときにいただいた王都で流行中の桃タルトは、非常に美味しかった。
「今日も、ラファエルに贈り物を持ってきたのだよ」
「贈り物……でございますか?」
にこりと微笑んだヘンドリック殿下は、侍従が持ってきた箱の一つをラインハルト様の前に、そしてもう一つを僕の前に、手づから置かれた。
平たくて灰色の革張りのその箱は、お菓子が入っているようなものではない。形状からいえば宝飾品の箱のようだが、それにしては質素である。
「開けてごらん」
ヘンドリック殿下に言われるがままに、僕は箱の蓋を開ける。そこには、金色の星座で縁取られた青い魔石の首飾りが、輝いていた。
「これは、なんと素晴らしい……」
青い魔石はラインハルト様の瞳の色であるし、金で細工された星座はラインハルト様の紋章だ。
「ふふ、ラファエル。こちらも見てごらん」
ラインハルト様に渡された箱の中には、薄い水色の魔石に白金で細工された首飾りが入っていた。僕に送られたものと同じ意匠だ。
「それは、先日の魔法騎士団で起きた事件を受けて、王宮魔術師に急いで作らせた魔道具だよ。魅了や精神操作などの精神汚染魔法から身を守ることができるものであるから、終日つけておくこと。これは、王子の婚約者であるヒムメル侯爵令息ラファエルの義務と心得るように」
ヘンドリック殿下は先ほどのお菓子を手渡す時のような笑顔のままで、僕にさらっと重要な命令をされた。
「は、ラファエル、心得ましてございます」
ラインハルト様の瞳のような色の魔石がついているのは、ヘンドリック殿下のお心遣いなのだろう。ラインハルト様の首飾りについている魔石は僕の瞳と同じ色だ。対を成すように作られているのはうれしくもあり、恥ずかしくもある。
「ラファエル、わたしが首飾りをつけてやろう」
「は、ラインハルト様、そのような」
「わたしがつけたいのだから、遠慮せずともよい。そのまま入浴もできるようだから、肌身離さずつけておくのだぞ」
「ありがとうございます」
そう言ってラインハルト様は首飾りを手に立ち上がると、僕の後ろに回って首飾りをつけてくださった。
「おお、よう似合うのう。ヘンドリックもなかなか趣味が良い」
「魔道具とはいえ、ラファエルに映える物でなければ、ラインハルトに怒られますからね」
「わたしのラファエルは美しいのですから、ふさわしいものでなければ」
「はい、はい」
王妃殿下とヘンドリック殿下、ラインハルト様が、楽しそうにお話をなさっている。僕に似合うのであれば、一安心である。
「ラインハルト様、僕も首飾りをおつけいたします」
「ああ、ありがとう。頼むよ」
ラインハルト様の後ろに回って首飾りをおつけすると、ラインハルト様は僕のその手を取って、キスをしてくださった。
「似合うかな」
「ラインハルト様、たいへんお似合いです」
ラインハルト様が僕の瞳と同じ色の首飾りをつけてくださっているのを見て胸が高鳴る。ラインハルト様は、素晴らしい。
「はあ、仲が良くて結構じゃのう。揃いの物が二人に映えて良かった」
「ラインハルトもラファエルも、気に入ってくれたようで安心だな」
王妃殿下とヘンドリック殿下は、僕たちの様子を見てひどくうれしそうにしておられた。
この魔道具は、国王陛下と王妃殿下、ヘンドリック殿下とその婚約者のイルゼ様、妹君のアンネリーゼ殿下、へレーネ殿下、それぞれが身に着けることになっているそうだ。意匠は伴侶同士で同じにされているとのことだ。
大層手の込んだものであるが、それだけ慎重に対応しないといけない状況なのであろうと考える。
「今後は,もっと簡素なものを作っていきたいとは思っているのだけれどね」
今後の対策のために、と。ヘンドリック殿下はそうおっしゃったが、量産は難しいのだと思われる。
ラインハルト様とのお揃いを喜んでいる場合ではない。これが役に立つ機会がないのが一番良いのだ。
僕は、そう思わずにはいられなかった。
僕は例年、夏季休暇の時期にはヒムメル侯爵領へ帰っていたのだが、今年は王都郊外の魔獣の調査のために帰る期間を短縮することになっている。残念なことであるが、その分王都郊外で魔獣を狩らせてもらおうと思っている。
「魔獣調査の前の『狩』にて、戦闘の勘を取り戻さなければならないと思っております」
「ラファエルほどの力があっても、そのように思うか」
「はい、実戦をしていないと、戦うために必要な勘が鈍くなります。定期的に『狩』を行うことが大切だと思います」
「なるほどのう」
王子の伴侶教育の後の王妃殿下とのお茶会で、昨今の魔獣の凶暴化の話から、狩の心得などをお話しした。王妃殿下は僕の話を楽し気に聞いてくださる。王妃殿下も『狩』に出られることはあるが、それは王家主催の狩猟祭の時ぐらいである。
東国ヤポンから送られたという珍しい緑色のお茶と、赤い豆のお菓子をいただきながら会話を楽しんでいると、思わぬ来客があった。
僕は不敬にならないよう、立ち上がって礼を取る。
「ラファエル、久しいな。定期的に王宮に来ているのだから、たまにはわたしにも顔を見せておくれ」
「ヘンドリック殿下、ご機嫌麗しゅう。ご無沙汰いたしております。先日は美味しい菓子をいただきまして、感謝しております」
「ラファエル、別に兄上に顔を見せに行く必要などないから、気にしなくてよい」
「ラインハルト、ラファエルが大切だからと言って隠すような真似をするものではない。
皆、お座りなさい」
ご挨拶の後に、王妃殿下のお声掛けで再度着席をした。ヘンドリック殿下とラインハルト様が来られたので新しいお茶が供される。
ヘンドリック殿下にお目にかかるのは、2か月ぶりのことだ。前回も、王妃様との茶会の時であった。僕の顔を見に来ただけだからと言って、すぐに退出されたのだ。あのときにいただいた王都で流行中の桃タルトは、非常に美味しかった。
「今日も、ラファエルに贈り物を持ってきたのだよ」
「贈り物……でございますか?」
にこりと微笑んだヘンドリック殿下は、侍従が持ってきた箱の一つをラインハルト様の前に、そしてもう一つを僕の前に、手づから置かれた。
平たくて灰色の革張りのその箱は、お菓子が入っているようなものではない。形状からいえば宝飾品の箱のようだが、それにしては質素である。
「開けてごらん」
ヘンドリック殿下に言われるがままに、僕は箱の蓋を開ける。そこには、金色の星座で縁取られた青い魔石の首飾りが、輝いていた。
「これは、なんと素晴らしい……」
青い魔石はラインハルト様の瞳の色であるし、金で細工された星座はラインハルト様の紋章だ。
「ふふ、ラファエル。こちらも見てごらん」
ラインハルト様に渡された箱の中には、薄い水色の魔石に白金で細工された首飾りが入っていた。僕に送られたものと同じ意匠だ。
「それは、先日の魔法騎士団で起きた事件を受けて、王宮魔術師に急いで作らせた魔道具だよ。魅了や精神操作などの精神汚染魔法から身を守ることができるものであるから、終日つけておくこと。これは、王子の婚約者であるヒムメル侯爵令息ラファエルの義務と心得るように」
ヘンドリック殿下は先ほどのお菓子を手渡す時のような笑顔のままで、僕にさらっと重要な命令をされた。
「は、ラファエル、心得ましてございます」
ラインハルト様の瞳のような色の魔石がついているのは、ヘンドリック殿下のお心遣いなのだろう。ラインハルト様の首飾りについている魔石は僕の瞳と同じ色だ。対を成すように作られているのはうれしくもあり、恥ずかしくもある。
「ラファエル、わたしが首飾りをつけてやろう」
「は、ラインハルト様、そのような」
「わたしがつけたいのだから、遠慮せずともよい。そのまま入浴もできるようだから、肌身離さずつけておくのだぞ」
「ありがとうございます」
そう言ってラインハルト様は首飾りを手に立ち上がると、僕の後ろに回って首飾りをつけてくださった。
「おお、よう似合うのう。ヘンドリックもなかなか趣味が良い」
「魔道具とはいえ、ラファエルに映える物でなければ、ラインハルトに怒られますからね」
「わたしのラファエルは美しいのですから、ふさわしいものでなければ」
「はい、はい」
王妃殿下とヘンドリック殿下、ラインハルト様が、楽しそうにお話をなさっている。僕に似合うのであれば、一安心である。
「ラインハルト様、僕も首飾りをおつけいたします」
「ああ、ありがとう。頼むよ」
ラインハルト様の後ろに回って首飾りをおつけすると、ラインハルト様は僕のその手を取って、キスをしてくださった。
「似合うかな」
「ラインハルト様、たいへんお似合いです」
ラインハルト様が僕の瞳と同じ色の首飾りをつけてくださっているのを見て胸が高鳴る。ラインハルト様は、素晴らしい。
「はあ、仲が良くて結構じゃのう。揃いの物が二人に映えて良かった」
「ラインハルトもラファエルも、気に入ってくれたようで安心だな」
王妃殿下とヘンドリック殿下は、僕たちの様子を見てひどくうれしそうにしておられた。
この魔道具は、国王陛下と王妃殿下、ヘンドリック殿下とその婚約者のイルゼ様、妹君のアンネリーゼ殿下、へレーネ殿下、それぞれが身に着けることになっているそうだ。意匠は伴侶同士で同じにされているとのことだ。
大層手の込んだものであるが、それだけ慎重に対応しないといけない状況なのであろうと考える。
「今後は,もっと簡素なものを作っていきたいとは思っているのだけれどね」
今後の対策のために、と。ヘンドリック殿下はそうおっしゃったが、量産は難しいのだと思われる。
ラインハルト様とのお揃いを喜んでいる場合ではない。これが役に立つ機会がないのが一番良いのだ。
僕は、そう思わずにはいられなかった。
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