22 / 86
22.緊急事態 ~ラインハルト~
しおりを挟む実地演習の日は、雲一つない晴天であった。
生徒会メンバーのうち、ラファエルとディートフリート、アルブレヒト、マルティンが、わたしとともに主な討伐に回るため、森に足を踏み入れた。
「うーん、確かにこのあたりのコカトリスにしては凶暴かなあ」
「しかし、常よりは頭数が多いですね」
マルティンが頻出するコカトリスを捌き、そのマルティンに防御魔法をかけながらディートフリートが魔石を拾ってわたしたちの前を進む。アルブレヒトは、コカトリスの出現場所と個体数を森の地図に記入し、これまでの魔獣の生息状況との差を確認している。
ラファエルは、護衛担当ということにしてわたしの隣を歩かせている。身を寄せて歩くようにと指示をすれば、するりとわたしに近寄ってくる。側近たちの視線が生温いのはいつものことだ。
「いや、もったいない。これだけのコカトリスがあったら、寮の食事にできるのにな」
「ああ、では、帰りにここを通って回収して帰りましょう。地図に書き込んであるから大丈夫ですよ」
アルブレヒトが、地図にしるしをつけながら、バウマン分隊長に笑顔を向けた。
わたしたちに付き添ってくれるのは、魔法騎士のバウマン分隊長だ。バウマン分隊長は、まだ分隊長であるが、非常に腕が立つということで、わたしたちとともに行動してくれることになった。王子であるわたしの身を守ることを、重点にしたのだと思われる。
「では、固めておきますね」
「ああ、クロゲライテ公爵令息、いや、ヒムメル侯爵令息まで……独り言だったのですが……」
「たくさんあるのだから、生かした方が良いだろうな」
「殿下! 恐縮であります」
バウマン分隊長は、ラファエルが風魔法でコカトリスをある程度の塊にするのを見て、期待に目を輝かせている。なかなか素直な性質の人物であるようで好感が持てる。わたしも思わず声をかけてしまった。
演習においては、魔法騎士がわたしたち生徒に指導を行うのであり、王族であっても恐縮する必要などないと伝えておく。
それにしてもラファエルは、寮の食事のためのコカトリスを固めてやるなど、親切で可愛い。
出立のときに、バウマン分隊長には、ラファエルとマルティンは戦闘能力も高いので、ある程度討伐を任せるようにと伝えた。しかし、わたしたちを守る必要のあるバウマン分隊長は、なかなか納得してくれず、軽く押し問答になったが、ラファエルとマルティンの背景を説明することで渋々ではあるが、了承してくれた。おそらく、実際に戦闘をしているところを見れば、彼の不安は解消されることとは思うのであるが。
「打ち合わせで聞いていたよりも、順調に進んでいるようだな」
「そういえば、ほとんどコカトリスばかりですね。大物に出会っておりません」
事前情報よりも森の様子が落ち着いている。コカトリスと時々顔をのぞかせるリザード程度で、マーダーラビットすら出て来ていない。
そのようなことを考えていると、森の奥から足音が聞こえた。
あれは、動物ではない、人間が走っている足音だ。
隣にいるラファエルが、戦闘態勢に入ったのが伝わって来た。
慣れていない人間が、森の中を走るということはあまりない。魔獣に襲われて逃げてきた可能性が高いのだろうが、そういう事態に紛れてわたしたちのうちの誰かを狙っている可能性もある。わたしも、戦うことができるよう身構えた。
「はあっあっ……。たっ助けてっ!」
そう言いながら倒れこんできたのは、一年生のバーデン伯爵令息だった。袖が破れた腕からは血を流し、多くの擦り傷を作っている。
「どうした。何があったのだ?」
「ヘッ、ヘルハウンドがっ……、あんな大きなっ……群れがいるなんて、聞いてないっ!」
「ヘルハウンド?」
駆け寄ったマルティンの質問にバーデン伯爵令息は、青ざめた様子で答えている。
ヘルハウンドは、この森には生息している群れを作る魔獣だが、大きな群れとはどれぐらいの規模なのか。
「あんな大きな群れとは、何頭ぐらいいたのだ」
「何頭……、十頭や二十頭じゃない……と……とにかく、大きいのがっ」
「戦闘態勢はどうなっている。ほかのメンバーは? みんな逃げたのか?」
「どれぐらいの距離を逃げた?」
「魔法騎士団の……人が中心に戦ってくれて、僕たちじゃ無理だから逃げろって言われて……僕は嚙みつかれて……逃げて……。
他のメンバーは……わからない……。そんなに走っていないと思う……」
マルティンとディートフリートが、確認のために立て続けに質問をしている。状況によっては、救援活動に入らねばならない。学長から援助は不要と言われているが、緊急事態となれば、手を出す必要があるのだ。
バーデン伯爵令息は、恐怖のあまり興奮状態だ。現場確認と救援のためにその場に向かう必要があるだろう。
「これは救援に向かわねばならないでしょう。殿下は……」
「きゃあああああっ! 助けて!」
「誰かっ!」
その場にいるわたしたちの考えは、一致していたのだろう。バウマン分隊長が救援に向かう決断をした。
そこへ、ヘルハウンドの吠える声と、人間二人の悲鳴が聞こえてきたのだ。
マルクと見覚えのある一年生……レヒナー男爵令息が、こちらに走ってくる。その後ろをヘルハウンドの群れが追いかけてくる。今のところ逃げおおせているということは、この近くでヘルハウンドと遭遇したのだろう。
そして、バーデン伯爵令息の言によると、護衛についている魔法騎士と二年生がヘルハウンドと戦闘に入っているということである。
「ディートフリート様、アルブレヒト様、ラインハルト殿下をお願いいたします」
「お任せください」
「承知しました」
「ラファエル、待て。わたしも行く」
「すぐに片付けて参りますゆえ、しばらくお待ちくださいませ」
ラファエルはわたしの声を振り切って、ヘルハウンドの群れに向かって駆け出した。マルティンがそれに続く。
銀色の髪をなびかせ、ヘルハウンドへ向かって走るラファエルのなんと美しいこと。それを見ながらわたしもあとへ続こうとしたのだが。
「あああっ! ラインハルトさまあ、助けてええええ」
レヒナー男爵令息が甲高い叫び声をあげて、わたしに突進してきて、ラファエルの後を追う行く手を阻んだ。どうして私の邪魔をするのか。
バウマン分隊長が、「殿下を安全な場所へ!」と言いながらヘルハウンドに向かっていく。
わたしは、レヒナー男爵令息を振り払ってラファエルの後を追おうとしたが、アルブレヒトに押しとどめられた。
「ラインハルト殿下、御身に何かあっては大変です。それに、わたしたちがついて行っては、ラファエルとマルティンの足手まといにしかなりません。どうか、ここに留まってくださいませ」
「ラインハルト殿下、緊急用の灯火を上げます。すぐに救援の手勢が参りますから、それまではご辛抱ください。わたしたちに守られるのが殿下のお役目でございます」
アルブレヒトとディートフリートに全力で止められてしまったので、わたしはその場で待機することにした。ディートフリートの上げた灯火を見た救援部隊が、一刻も早く到着することを願いながら。そして、ラファエルの、皆の無事を祈りながら。
いや、わたしのラファエルは、無事に決まっていると思う。そうでなければならないのだ。
406
お気に入りに追加
2,979
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる