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20.戦う婚約者は強く美しい ~ラインハルト~
しおりを挟む「ああ、相変わらず見事な手際でいらっしゃる」
「失礼ながら、先生がたにも、もう少し頑張ってもらわねばなりませんね」
ディートフリードの口から出た誉め言葉は、まるで唖然としているかのような色を含んでいた。そして、続いたアルブレヒトの言葉には、まったくその通りであるという感想しかない。
いや、二人とも確かに唖然としているのだろう。わたしの婚約者であるラファエルと、騎士マルティンとが疑似魔獣を屠った様子を見ていれば当然だ。
ラファエルは疑似魔獣三体をあっという間に凍結し、マルティンは疑似魔獣を長剣のみで切り捨てた。頼りがいのある者たちである。
しかし、学校側は、そのようなことに甘えてはならない。先生がたにはそのようなつもりはないだろうけれど、疑似魔獣は学校の支配下になければならない、いわば「道具」だ。それを使いこなせないのは、批判を受けても仕方ない事態だろう。
それにしても、合同演習でこのようなことが起きるとは前代未聞のことだ。能力を調整してあるはずの疑似魔獣が暴れ出し、大変な騒動になったのだから。
先生がたが総出でも収まらなかった場を、わたしのラファエル、そして信頼できる騎士マルティンの活躍によって、鎮圧することができたのは不幸中の幸いといえる。
戦闘を終えたラファエルは、真っすぐにわたしのもとへ戻って来た。わたしが笑顔で迎えると、うれしそうな様子をする。強くて可愛い私のラファエル。
「ラファエル、よくやったね。さすがわたしの婚約者だ」
「ありがとうございます」
ラファエルが礼を取ろうとするので、腕を引っ張って、わたしの腕の中へ抱え込み、頭を撫でて慈しむ。戦闘の後は興奮しているのが通常であるため、気持ちを落ち着かせてやる必要があるからだ。アルブレヒトの生温い視線を感じるが、気にするようなことではない。
わたしが、ラファエルを抱きしめて、その体温を堪能しているそのとき、不穏な叫び声が聞こえた。
「悪役令息が! ラファエルが、僕の魔獣さんたちを殺したああああああ! 僕が神子になって導くはずだったのにい!」
「うるさい! メービウスとアイヒベルガーに助けてもらったくせに何を言うか!」
レヒナー男爵令息の甲高い叫び声と、フィンク先生の怒鳴り声の応酬だ。まだ演習場に残っている者たちも注目している。
あの一年生は、自分の命を助けてもらったと言っても良いラファエルに対して、何という暴言を吐いているのだろう。
彼が無駄な光魔法を使って疑似魔獣のけがを治療したせいで、フィンク先生やマルティンまでもが危険な目にあったというのに。
今回の暴言については、先生の方から指導をしてもらうように申し立てをしておくことにしよう。
腕の中で、わたしに身を寄せるラファエルが落ち着くことができるよう、髪に頬ずりをする。
そして、わたしもラファエルの匂いを確かめることで安心した。
本当に、わたしのラファエルは素晴らしい。
「レヒナー男爵令息は、どうして魔獣と交流できると思ったのでしょうか……」
「ああ、どうしてだろうな」
ディートフリートが、不思議そうにつぶやいている。確かに、魔獣と交流できると思うこと自体が奇妙なことだ。アルブレヒトも疑問が隠せない様子だ。
レヒナー男爵令息は、自分が神子になるという妄言を吐いている。だが、たとえ神子として覚醒できるだけの光魔法の能力があったとしても、彼は神子にはなれないはずだ。もちろん、今回の様子では、神子になるほどの光魔法の能力もないように見えるのだが。
「ディートフリート、アルブレヒト、彼の行動はあまり深く考えない方がいい。グスタフからもいろいろ聞いているけれどな……」
マルティンの何とも言えない顔を見て、ディートフリートと口を開きかけたアルブレヒトは沈黙した。
あの、性的に放埓な態度以外にも、何かやらかしているのだろうか。グスタフから聞いているということは、おそらく一年生の間で何か気になることがあるのだろうと推測できる。
彼も、わたしが保護すべき国民であり、シュテルン魔法学校の生徒なのだと思うと、頭が痛い。
ラファエルをこれ以上害するようなことがあれば、ただで済ませるつもりはないけれど。
王宮に帰ると、父上と兄上がすでに合同演習での騒動を聞き及んでいらっしゃった。お二人に呼び出されたわたしは、自分の目でみたことを報告した。
ラファエルの活躍については、母上に更に詳細な報告をするようにと、兄上から厳命された。表向きは、王子の伴侶教育のための情報ということだが、実際は、ラファエルのことを母上が聞きたいだけなのだと思っている。
しかし、ラファエルのことを報告するのであれば、きちんとしたお時間をいただかねばならぬだろう。あの美しくも見事な戦闘の様子を、わたしの言葉を尽くしてお伝えするのだから。
「最近になっていろいろな場所で魔獣が凶暴化しているのと、関係があるのかな。確かめなければならないですね」
兄上がわたしの報告を聞いてため息を吐いた。魔法学校には今日のうちに、魔術師団と騎士団が調査に入るという。騎士団が入るのは、事故ではなく事件、つまり人為的な操作によって疑似魔獣が凶暴化したのではないかという疑いがあるからだ。
「魔獣が凶暴化しているのだ。魔獣を討伐できる魔法騎士や魔術師、騎士を育てるためには、魔法学校の実地演習を行わないわけにはいかぬ。
ヘンドリックは、各団長には、早急に調査を進めるよう指示を出しておくように」
「承知いたしました。父上」
父上が、兄上に今後の対応を命じている。わたしも生徒会長として、学校の生徒の様子に気を配らねばならないだろう。
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