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15.悪役令息としてふるまうのは簡単でした

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 僕は、樹木の間を抜けて目の前にやってくるヘルハウンドの首を、落としていく。長剣には風の魔力を纏わせているから、速度と切れ味が抜群になる。
 ヘルハウンドは興奮状態を示す赤い目をし、牙を剥いて飛び掛かってくる。ここまで群れ全体が興奮するような要因があったのだろうか。後で、検証する必要があるだろう。

 マルティン様は、首を落とすだけでなく、胴を貫き、足を捌いて群れを止める。あの膂力が僕にもあれば。いや、自分の力に見合った戦い方こそが重要だ。

 バウマン分隊長も確実にヘルハウンドを仕留めていく。これはさすがの安定感だ。これならば、ほどなくユンカー子爵令息と同行している魔法騎士と、合流できるだろう。

 そして、僕たちの後方でディートフリート様が魔道具で緊急用の灯火を上げてくれている。それは、光が天に届くように見えるもので、緊急事態を伝えるものだ。そういえば、シモンたちのチームはそれを使っていなかったが、深く考えている余裕はない。

 しかし……、十頭や二十頭じゃないどころか、すごい数の群れだ。この規模の森でヘルハウンドが、このように大きな群れを形成することがあるのだろうか。確かにコカトリスが増えているので餌にはこまらないだろうけれど、ヘルハウンドが増えるのにはコカトリスより時間がかかるはずだ。

 ただしそれは、通常時のことだな。今は通常時ではないと考える方が、状況には適している。

 ここが物語の中であれば、それが当然のことなのかもしれないけれど。

 相当数のヘルハウンドを屠って前に進んでいくと、少し先で、ヘルハウンドが威嚇するときの唸り声がしている。おそらくそこで、戦闘が行われているのだろう。

 ヘルハウンドの声がする方に走っていくと、森が少し開けた場所で魔法騎士が戦っているのが見えた。

「これは……」
「なんて大きさだ」
「ブルーノ……!」

 ブルーノと呼ばれた魔法騎士が相手にしているのは、牛ほどの大きさがあるヘルハウンドだった。ヘルハウンドは魔獣とはいえ、大きくなってもせいぜい大型犬ぐらいだと聞いている。実際に、ヒムメルの魔獣の森でもこの大きさのものには出会ったことがない。少し離れたところで、ユンカー子爵令息がヘルハウンドを相手にしているが、彼はすでに体力的に限界だと思われる。

 ブルーノ魔法騎士の長剣は、ヘルハウンドを捉えてはいるが、分厚い皮膚を突き通すことができず、傷を負わせているだけのようだ。そして、あたりに切り傷のあるヘルハウンドが転がっている。全力で、生徒たちを逃がそうとしてくれたのだろうということがわかる。

「バウマン分隊長、ブルーノ魔法騎士をヘルハウンドから引き離してください」
「ヒムメル侯爵令息、どうする気だ。殿下も君に任せるようにとおっしゃっていたが、そういうわけにはいかない」

 バウマン分隊長は、魔法騎士の立場としては僕たちを守らなければならない。常識で考えれば僕に任せるわけにはいかない。それはわかっているのだけれど。

「あのヘルハウンドを凍らせます。巻き込まれないように、ブルーノ魔法騎士を捕まえてできるだけ離れてください。話し合っている時間の余裕はありません。
 マルティン様、援護をお願いします」
「凍らせる……? あ、いや、わかった」
「おうっ! まかせておけ」

 バウマン分隊長は思うところがあったのだろうが、仕方なくといった風情で了解してくれた。
 僕たちは三人で、同時に駆け出す。

 バウマン分隊長は、傷だらけで大型のヘルハウンドと戦っているブルーノ魔法騎士に体当たりするようにして、それから引き離す。マルティン様は、生き残りのヘルハウンドが僕に飛び掛からないように蹴散らしてくれる。

 そして僕は、一直線に大型のヘルハウンドに向かって走る。ヘルハウンドに駆け寄った僕は、その背中にまたがり、魔力を放出する。

 ヘルハウンドの黒い毛は、僕の手が触れたところからみるみる白く覆われていく。

 メリメリという音を立て、やがてそれは動かなくなった。そして、ヘルハウンドの氷像ができると同時に、周囲のヘルハウンドもバタバタと倒れていき、やがて動いている個体はいなくなった。

「どういうことだ?」

 ブルーノ魔法騎士を守って戦えるようにしていたバウマン分隊長が、大きな声を上げた。
 その光景が異常すぎるからだ。

 ヘルハウンドは、群れを従えているリーダーがいなくなれば、統率はとれなくなるということはある。しかし、それによって、他の個体がすべて動かなくなるというのは考えられないことだ。

「ラファエル、これはおかしいな……」
「はい、こんなことはないはずですけれどね」

 僕たちは、疑問を抱えながらもブルーノ魔法騎士とユンカー子爵令息の様子を見る。ブルーノ魔法騎士は左肩を大きく噛まれていてかなりの重傷で、他にもひっかき傷が多数ある。ユンカー子爵令息は、噛み傷やひっかき傷が多くあるものの深くはない。ただし、ヘルハウンドにつけられた傷は化膿しやすいので早く治療をした方が良いのだ。

 緊急事態用の灯火を見て来てくれた騎士団に連れられて、僕たちは本部に帰った。騎士の方からは、ラインハルト様には、先に本部にお帰りいただいたと聞いた。けがも何もしていらっしゃらなかったとのことで安心する。

 ラインハルト様が、本部に帰還することを拒否されて、僕のところへ行くとかなり強くおっしゃったとのことで、「次からは一緒に行動してください」と騎士の面々に懇願された。

 いや、そんなことを言われても、戦闘中だったのだから仕方ないだろうと思うのだけれども。


 僕たちが本部に帰還すると、ラインハルト様とディートフリート様が駆け寄るようにしてお迎えくださった。そしてなぜか、ラインハルト様の腕にシモンがぶら下がっている。
 これは、ラインハルト様とシモンが仲良くなるというエピソードなのだろうか。
 シモンは、神子として覚醒していないようなのだけれど。
 僕は、魔獣の件で、想定外のことに対応していかないといけないと思っていたが、この件にも対応しなければならないのかとぼんやりと考える。どうやら、ひどく疲れているようだ。

「ラファエル、無事か?」
「ラインハルトでん……」
「ラインハルト様ああ、怖いいい。あのおっきいのが凍っちゃってるよお!」

 ラインハルト様が僕にお声をかけてくださったのだが、それを打ち消すようにシモンが叫び声を上げた。
 僕たちの後ろから運ばれてくるヘルハウンドを見てのことだが、無礼な行動である。
 体をこすりつけるようにラインハルト様の腕にまとわりついているのも、品がなさすぎる。

 僕の胸に、こぽりと不快なものがこみ上げてくる。

 僕が命がけで戦闘した後に見るものが、これなのか。

 あのような奇声を上げる者が、ラインハルト様に身を摺り寄せているのはよくないと思われる。シモンが神子としてラインハルト様のお傍にいることになるのであれば、もっと礼儀をわきまえねばならないのではないか。

 ラインハルト様の評判を落とすようなことがあってはならない。

 シモンは、王族に対する礼儀以前に、貴族としての礼節に関する素養があまりにも不足している。
 ラインハルト様のお傍にいるのに、そのようなことが許されるわけがない。

 物語の中の僕も、このように考えて悪役令息になっていったのだろうか。

 なんだ。自分の思ったとおりにふるまえば、僕は悪役令息になれるのか。
 簡単じゃないか。

 そして、それでラインハルト様が、お幸せでいらっしゃるのであれば……。

「レヒナー男爵令息、そのように王族に触れているのは無礼なことです。すぐにラインハルト殿下から離れなさい」



 僕は、シモンに冷たい視線を向けて、そう言い放った。


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