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12.幼稚な反応をしてしまったようです

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 魔法師団の調査によって、疑似魔獣が凶暴化した理由は、人形に入れた魔石が凶暴性を持つものと入れ替えられていたからだということは、早い時期にわかっていた。入れ替えられたのは学校内の格納庫の中だろうとされている。
 全国で魔獣が凶暴化していることとは、直接の因果関係はないと推定される。

 しかし、格納庫内の入室記録が破棄され、入り込んだ人物の魔力もトレースできないように攪乱されていたため、どの段階で誰が魔石を入れ替えたのかは未だ判明していない。侵入した人物の特定については、魔術師団の今後の魔力解析次第といえるだろう。

 そして、校内の合同演習未実施の生徒だけが、補講の形で演習実習を行い、その後に、延期となっていた王都近郊での実地演習を行うことが決定された。

 補講は魔法騎士団の協力のもとに行われ、短時間で無事に終了した。ラインハルト様によると、これは、魔法騎士団がこの演習を早急に終わらせてしまいたいと考えていることが大きいという。
 魔法学校に在学中の生徒の中にも、魔獣討伐に行ける者はいる。魔法戦闘部は魔法騎士団の指導を受けて魔獣討伐の部活動をしているし、僕たち高位貴族は定期的に『狩』と称した魔獣討伐に行く。

 ヒムメル侯爵家は、国境沿いにある魔獣の森を擁する領地を治めているため、僕は子どものころから魔獣を狩るのが当たり前であるという生活をしていた。
 父は王宮の要職についているわけではなく、国境管理による徴税と、貿易、それに領地にある鉱山から採掘されるレアメタルによって収入を得ているのだ。高額納税者であるから、それなりの発言力があるとはいえる。
 僕がラインハルト様の婚約者に指名されたのは、ヒムメル侯爵家の経済力と、僕の戦闘能力の高さによるものだと社交界では噂されている。

 しかし、貴族の婚姻とはそのようなものだ。

 僕が、どれほどラインハルト様をお慕いしているか。
 そのようなことは、問題ではない。



「実地演習において、生徒会メンバーは魔獣討伐を中心に行動してもらいたい」

 学長室に呼ばれた生徒会メンバー、ラインハルト様とアルブレヒト様、ディートフリート様、そして僕は、目じりに皺を寄せてにこりと笑うホフマン学長からそう言い渡された。ホフマン学長はやせ形で長身だ。灰色の髪に灰緑色の瞳の美中年は、王弟殿下の伴侶の兄でもある。

「理由をお伺いできますか?」

 これまた、にこりと笑ってラインハルト様が学長に質問をした。

「もちろんだとも。君たちも、現在魔獣が凶暴化していることは聞き及んでいるだろう。

 僕たちは、学長の言葉に頷いた。

 王都近郊の魔獣を討伐し、駆除するのは、騎士団と魔法騎士団とが中心となって行っている。魔獣の発生報告が増えたときには、冒険者ギルドにも依頼を出している状態だ。もちろん、商隊などが自分たちの安全のために、個別に冒険者ギルドに依頼を出すこともある。

 学校に通っている生徒たちに討伐の演習をさせることは必要だが、経験不足であることは否めないため、騎士団と魔法騎士団が生徒の演習について、安全を守ることになる。今回は、例年より特に手厚く人員が配置されることになるらしい。

「生徒の安全は騎士団と魔法騎士団に任せて、君たちは魔獣を討伐することに集中してもらいたいのだよ。通常であれば、チーム戦の演習を指導してもらうのだが、如何せん魔獣が増えすぎている。不慣れな一年生を庇いながら魔獣と戦うよりは、自分たちのペースで戦う方が、危険度が少ないだろう」
「いつものように、戦闘中に援助に入ることはしなくても良いということでしょうか?」
「いや、それは臨機応変で良いのだけれどね。騎士団と魔法騎士団が手厚く対応して、そのようなことはないようにしてくれる予定だ」

 アルブレヒト様の質問内容の部分は、僕も気になったところだ。学長によると、騎士団と魔法騎士団はかなりの手勢を出してくれるらしい。
 アルブレヒト様は通常は予備メンバーではないが、今回は生徒会でチームを組むようにという学長からの指示である。日頃とは違う戦い方になるので、対応の確実性をもとめていらっしゃるようだ。

「ついでに、魔獣討伐も進めてしまいたいというお考えなのでしょうか?」
「うむ、それもあるな」
「なるほど、承知しました。ざっくざっくと行かせていただきます」

 ディートフリート様は、魔獣討伐を楽しみにされているご様子だ。魔法研究の素材集めをするおつもりなのだろう。

「いや、君たちの中には、一人でも十分魔獣討伐できる人員がいるがね。校内の演習であんなことがあった後だ。あれも……、いやいや、ま、校内の行事だからねえ」

 そう言って、学長は笑顔を消して頷くような仕草をした。

 僕たちは、フィンク先生と当日の行動を打ち合わせるようにとの指示を受けて、学長室を辞した。

 今回の学校の対応には、ラインハルト様が他生徒のせいでけがをするようなことがあってはならないという配慮が感じられる。
 実際には、王族といえど、いや、王族であるからこそ、魔獣の討伐はできなければならない。実際にラインハルト様も、魔法騎士として戦えるだけの高い技能をお持ちだ。しかし、校内演習のときのようなことが起きれば大事になるのは必定である。
 事実、校内演習でのシモンのふるまいによって、マルティン様は大変危険な状況に晒された。あのときは、復活した疑似魔獣が誰も傷つけなかったため、学校がシモンを指導するに止まったのだ。

 しかし、あれでマルティン様が傷を負っていたら。
 そして、シモンとフィンク先生は、間一髪で疑似魔獣の爪を逃れることができたけれど、それが間に合わなかったら。
 もしも、郊外演習でラインハルト様が、そのような状況になったとしたら……

 状況を連鎖的に考えていけば、魔法学校が、いつもと異なる対応をしなければならないのは、致し方ないことなのであろう。

 このような対策をしなければならないほど魔獣の凶暴化が進んでいるということも、考慮のうちなのだろうけれど。

 いやしかし、ラインハルト様がシモンと一緒に行動なさらなければ、シモンが神子として覚醒した場面に遭遇できない可能性が高くなる。
 そうなれば、ラインハルト様がシモンと親密になるという機会も失われるのではなかろうか。

 果たしてそれで良いのだろうか。

 シモンのそばにいることで、何かラインハルト様の身に危険なことがあったとしても、僕がお守りすれば良いのではなかろうか。いつものように。
 そうであれば、悪役令息のふるまいから外れたことにはならないであろうし。

 よし、いけそうだ。

「ラファエルは、廊下を歩いているというのに、また何か考え事をしているようだね」

 ラインハルト様が僕の腰を抱き寄せて、僕に注意をしてくださる。いけない、またラインハルト様の婚約者にふさわしくない行動をしてしまった。これは、誠実に説明しなければならない。

「申し訳ございません。学長のお話を受けまして、どのような状況になっても、身を挺してラインハルト殿下をお守りせねばと考えてしまい」

 僕が考えていたことを正直に口にすると、ラインハルト様はそのサファイアの瞳を輝かせてから、美しい微笑を浮かべられた。

「ああ、わたしのラファエルはなんて可愛いのだろうね!」
「は? え?」

 なんということだろう。僕は廊下の真ん中だというのに、ラインハルト様に抱きこまれて身動きがとれなくなってしまったのだ。
 変な声を出してしまったが、周囲の方には聞こえなかっただろうか。
 ラインハルト様が『可愛い』とおっしゃったということは、僕の行動が幼稚であるとお思いなのか。

 周囲からは悲鳴やざわめきが聞こえて来る。通行の邪魔になって、苦情を言われているのではなかろうか。
 みなさまには、ご迷惑をおかけしてしまった。反省しきりである。

「ラインハルト殿下、ここは校内の廊下ですからお控えくださいますように。みなは喜んでおりますが……」
「だから、早く認識阻害の魔法を会得されませと申しておりますのに。みなに見せびらかすようなものでございますよ」
「大きな問題ではないのだから、かまわぬであろう」
「はあ……」

 聞こえにくかったけれど、どうやらアルブレヒト様も、ディートフリート様も苦言を呈してくださっているようだ。それなのに、ラインハルト様はなかなか力を緩めてはくださらない。

 結局、僕はラインハルト様から腰を抱かれ、手をつながれた子ども扱いの状態で生徒会室に帰ることになったのであった。

 もっと、成熟したふるまいをせねばならないと、僕は心に誓った。




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