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9.神子の定義が違うのでしょうか

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 疑似魔獣がグスタフとレーネを弾き飛ばしたところで、目の前の疑似魔獣とは別の咆哮が、演習場に響いた。

「あれは……」

 僕は、声がする方に目を向けてから、ラインハルト様を伺う。これは、指示を仰がなければならない状況であろう。

「疑似魔獣の待機場所からのようだね。覚醒させてもいないのに目覚めるものなのだろうか」
「しかも複数のようですね……」

 ラインハルト様のお言葉を受けて、マルティン様が緊張した声を出された。目の前で弟のグスタフが苦戦している上に待機中の疑似魔獣が覚醒したとなれば、ご不安であろうことと思う。

 通常、疑似魔獣は眠った状態で保管されている。演習で戦うことができる状態にする際には、魔力を与えて覚醒させる。
 演習場での戦闘が終わっていない状況で、次の疑似魔獣を覚醒させることはない。
 ラインハルト様は待機場所の方に目をやり、そして、先生がたの様子をご覧になる。先生がたも今度こそは非常事態と判断して、数人が待機場所へ向かわれたようだ。

「下がれ! 演習は一旦中止だ!」

 ようやく、フィンク先生が生徒に指示を出しながら、戦闘演習に割って入られた。他の先生がたも駆けつけて、グスタフとレーネを抱えていかれる。疑似魔獣に弾き飛ばされたときに防御魔法を使ったようだったが、レーネは担架で運ばれるほどの痛手を受けたようだ。シモンとハンスのところにも先生が行き、対応していらっしゃる。この場から引くように指示しているのだろう。

 フィンク先生は、長剣を疑似魔獣に向けて戦闘を始める。待機場所からも三体の疑似魔獣が出て来て暴れだした。他の先生は、疑似魔獣の格納庫の方に手を取られているようだ。まだ十体程度は残っているはずなので、覚醒していないのか、覚醒しているものを格納庫内で抑え込んでいるのかはわからないが。

 このままでは、生徒に被害が及ぶかもしれない。

 僕は、ラインハルト様が頷いてくださるのを確認して、声を上げた。

「フィンク先生! ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウス、戦闘に参加いたします」
「俺も参加します!」
「おう! メービウス、アイヒベルガー、頼む!」
「ラファエル様、検証できるように現物保存してください」
「可能であれば! 殿下をお願いいたします」
「お任せください」

 僕は、声を上げると同時に、演習場に飛び出す。それと同時に、マルティン様が名乗らないで同じように声を上げて飛び出した。フィンク先生の許可も頂いたし、暴れても大丈夫だろう。
 ラインハルト様はディートフリート様とアルブレヒト様に任せて、二人で駆け出す。最後にディートフリート様が難しい依頼をしてきたけれど、何とかなるだろう。
 マルティン様はフィンク先生の方に駆け出す。あのお二人であれば、余裕のはずだ。僕は、格納庫前の三体を片付けに向かう。

「格納庫前から離れてください」

 人間を巻き込まないように声をかけ、僕は疑似魔獣三体に向かう。まだ、完全に興奮した状態ではない。獲物となるものを視界に入れてしまえば、たちまち戦闘態勢に入ってしまうだろう。今のうちに片付けてしまいたい。

 うん、もう一気にやってしまおう。

 僕の能力を考えれば、疑似魔獣三体ぐらいであれば大丈夫だと思うけれど、凶暴化が進んでいること自体が想定外なので、どうなるかはわからない。
 通常の戦闘では魔力を温存する。しかし、ここは学校内だ。不測の事態があっても、医務官が何とかしてくれるはずだと判断する。

 僕は、手の中で魔力を練り上げ、疑似魔獣三体に向かって一気に放出する。魔力を視覚化できるものには、銀色の魔力が疑似魔獣を包んでいくのが見えることだろう。

 オウルベアを模した疑似魔獣の黒い毛皮が、僕の魔力を浴びた部分から、白い膜で覆われていく。メリメリと体積の変化でひずんだ部分が音を立てている。それは、全身が凍っていっているからだ。

 格納庫の前には、瞬く間に、三体のオウルベア型の氷像ができた。これで、疑似魔獣は完全に氷漬けになっているはずだ。どうして急に覚醒したのか、この個体も当初の設定よりも凶暴なのか、そのあたりの調査に使えるだろう。

 よし、うまくいった。

 僕が、最も得意とするのは氷魔法だ。この演習場ぐらいの広さであれば、あたり一面を凍らせるのもさほど難しいことではない。『氷の貴公子』の二つ名があるのは、これも理由の一つなのだろうと思う。
 氷魔法はなかなか戦闘力が高い。剣技も得意な僕は、ラインハルト様の婚約者でなければ、魔法騎士団に入団して出世街道まっしぐらであっただろう

 断罪された後も、魔法騎士になる道があれば良さそうな気がするけれど、どうなのだろうか。

 格納庫から出てきた先生たちからは、残りの魔獣も覚醒しかかっていたので、処分したと伝えられた。
 残りは演習場の中央で暴れている一体だが、それももう、かたがつきそうだ。

「まって! 僕が、魔獣さんに大人しくしてもらうから!」

 演習場に急に場違いな甲高い叫び声が響いた。

 シモンだ。

 この場から離れるようにと、教師に引っ張られていったのに、どうしてここにいるのだろうか?

「僕がっ! 僕が魔獣さんとお話しするから!」

 シモンはそう叫ぶと、フィンク先生がとどめを刺そうとしていた疑似魔獣の前に飛び出して、跪いた。
 いったい何を言っているのだろうか。

「魔獣さん、苦しかったね。これから、大人しくしようね」

 シモンが両手を組んで、祈りの形を作ると、きらきらとした光があふれだした。

 光魔法だ。

 やはり、シモンは光魔法を使う神子なのか。ここで神子として覚醒するのだろうか。

 光魔法は通常、治癒に使われるものなのだけれど、魔獣を大人しくさせる効果があるのだろうか。もしかしたら、シモンが知っている前世の物語では、そういう設定だったのだろうか。


 シモンの放った光は、血を流す疑似魔獣の傷口をふわりと覆っていった。
 


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