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5.悪役令息としての役割を果たしました
しおりを挟むシモンが、『ラインハルト様』と声をかけたことで、歓迎会の会場はざわついた。
学校の生徒たちも教師も、ラインハルト様のことは校内で『殿下』とお呼びすることになっている。僕たち生徒会メンバーは『ラインハルト殿下』と名前をつけてお呼びすることが許されているが、一般生徒にはお名は許されていない。
ましてや、『ラインハルト様』とお呼びするなどということは、お名を許されている婚約者の僕でも公的な場所では控えていることである。
おそらく、入学の後のオリエンテーションで注意を受けているはずなのに、どういうことなのだろうか。
シモンは、落ち着きのない人物のように見えるので、話を聞いていなかった可能性もある。
いや、しかし、シモンは僕のことを悪役令息と言っていたのだから、僕と同様前世の記憶があると考えられる。
それがどの程度のものかはわからないけれど。
もしかしたらここは、悪役令息の僕が厳しく注意して、シモンがラインハルト様にお名を許されるという場面か……?
それをきっかけにして、一気にラインハルト様とシモンが親密になっていくのかもしれない。
よし! ラインハルト様のために、悪役令息として頑張ろう。
僕はすっと息を吸い込んでから、王妃様に教育された王族の伴侶にふさわしい、威厳のある声を喉から出した。
「シモン・フォン・レヒナー男爵令息。僕は、ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウスです。
殿下のことは、お名前でお呼びしないように学校から注意を受けていると思います。必ず『殿下』とお呼びくださいませ。
よろしいですね?」
「ひっ……! こわいいい」
僕はできるだけ冷たく聞こえるように言葉を放つ。実は、冷たいということに関しては、いつもの仕様だ。
シモンは怯えた様子でラインハルト様にすがろうとするが、護衛がさっとシモンを引き離した。
これについては護衛が出てきているので、注意するより目線を送るだけにしておくことにしよう。いつものように無表情なままで。
僕は、先ほどの発言に上乗せするかのような冷たい視線を、シモンに送った。
今までも、僕は『氷の貴公子』をわざと演じているところがあった。それを継続していけば僕は無事に悪役令息となって、ラインハルト様がお幸せになられる未来を招くことができるはずだと思う。
「うわあ、さすが氷の貴公子」「かっこいいいい」「あんな無礼、メービウス侯爵令息が注意してくださらなかったら謹慎処分ものよね」「見て、あの冷たい美しさ、眼福~」「ああ、なんて麗しいの!」「お二人の並ぶ姿は完璧だね」
生徒たちが、ざわざわと話をしている。何を言っているのかまでは聞こえないが、きっと、僕が言い過ぎだと悪口を言っているのだろう。
そのようなことを考えて発言したことはこれまでなかったが、今後もこの路線でいこう。
よし、完璧だ。
いつの間にか僕の腰にラインハルト様の手が回っていて、引き寄せられている。僕が、シモンに害をなさないように止めてくださっているのだと思う。おそらく、周囲からもそう見えるだろう。
僕は、悪役令息としての役割を果たすことができているのだろうと思う。
そう考えて、ラインハルト様を見上げると、僕と目を合わせて微笑んでくださった。その王子殿下らしい微笑は、素晴らしく美しい。
完璧なのはラインハルト様だった。うん。
「レヒナー男爵令息、校内では平等とはいえ、礼儀作法については今後も学ぶ必要があるようだね。我が婚約者に注意された内容を認識して、頑張ることだ。
そして、わたしには触れないように。王族に触れることは、害意があると、つまり、犯罪であるとみなされることもあるのだからね」
「あ、あのう……」
「今後は気を付けるように。
さて、次の君は……」
「はい、僕はハンス・ベングラーと申します。御目文字叶いまして光栄です!」
ラインハルト様は、涙を浮かべるシモンを一瞥して注意を与えると、次に待っている新入生の相手を始めた。ちょっとラインハルト様の態度が、シモンに素っ気ないように思うけれども、まだ、始まったばかりだからなのかもしれない。
エメラルドの瞳の潤ませたシモンは、庇護欲をそそる。この可愛らしい様子が次につながるのだろうかと僕は考えた。
「こんなのおかしい……。いや、でも悪役令息は良い仕事をしてくれたよね。周囲の人にはラファエルが悪者に見えたはずだし。
よし、ラインハルトを落とせるようにもっと頑張ろう」
シモンの独り言が少し聞こえた。ラインハルト様がおっしゃったことではないことを頑張るという決意であったので、少しばかり、いや、ものすごく驚いてしまった。
僕のことを悪役令息と言っているし、シモンには、確実に前世の記憶があるのだと思うけれど……
主人公は通常、素直で愛らしいという設定なのではないだろうか?
僕の胸に何とも言えない違和感が残った。
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