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2.悪役令息は断罪必至でしょうか

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 目を覚ますと、サファイアのような青い瞳が僕を覗き込んでいるのが見えた。

「ラファエル、気がついたか!」
「ラインハルト……さ、ま?」
「ああ、気が付いたか、よかった。急に倒れたと聞いて、驚いたよ」

 周囲を見渡して、学校の医務室だということがわかった。
 そして、ラインハルト様は僕に付き添っていてくださったらしい。

「ご心配をおかけいたしました」
「いや、大切な婚約者殿だからな」

 そう言って手を握りながら微笑んでくれるものの、僕の気持ちは晴れない。王族の婚約者でありながら倒れるなど、王妃様から健康管理ができていないと叱責を受けるところだ。
 しかし、ラインハルト様の婚約者である以上、平静を装わなければならない。

 学校の医務官によると、一時的な貧血だろうということだった。そして駆けつけていた王室の医師からは、予想通り王家の婚約者がこんなか弱いことではいけないと、注意を受けた。

「王室に嫁がれるのですから、行事の前には体調管理をしておかれますように。お気を付けください」
「承知しました……」

 僕はもともと体が弱いということはない。健康体だ。しかし、今回のように急に倒れるようなことがあれば、国民に不安を抱かせる。気を付けるようにという医師のもっともな注意を、心に刻む。

「ラファエル、調子が悪い時に気にするのはやめなさい。今日は大丈夫だったのだから、これから一緒に気を付けていこうね」
「ラインハルト殿下、ありがとうございます」

 医師が去ったあと、ラインハルト様は僕を励ますようにそう言うと、帰る準備をするよう侍従に促した。

「さあ、もう入学式は終わっている。家まで送って行こう」
「お役目を果たせず申し訳ありません」
「いや、これから取り返してくれれば良いことだ。日頃からラファエルが努力していることをわたしは知っているからね」

そう言ってくださるラインハルト様にエスコートされて、僕は医務室を出た。ラインハルト様が、王家の馬車で我が家まで送ってくださることになったのだ。

「ラインハルト様のご挨拶が聞けなかったのが残念です」
「おや、そんなこと。では、ここで聞かせてやろう」

 ラインハルト様は笑いながら、馬車の中で原稿を読み上げてくださった。大声ではないのに他を圧倒するような美声が素晴らしくて、やはり、講堂で聞きたかったと思う。
 それにしても、僕の些細な感情にも寄り添ってくださるなんて感激だ。いつもお優しいラインハルト様には、感謝しかない。


 夕食の席で、両親と兄夫婦から今日はゆっくりと休養するようにと促された。倒れたことを心配してくれているのだろう。僕は早々に自分の部屋に戻り、早めの湯浴みをして一息ついた。

 部屋で一人ソファに座り、突然現れた記憶を反芻する。

 どうやら僕は、前世でこの世界のことを描いた絵物語……のようなものを目にしていたようだ。
記憶によると、その題名は『光の神子は星降る夜に恋をする』、略して『ヒカミコ』だ。それははっきりと思い出すことができた。
 頭に浮かぶ曖昧な場面を繋げようと考えた僕は、ノートを取り出し、記憶の断片を書き留めて行った。

 主人公のシモンは、下町で母と暮らしていたが、母の死をきっかけに体内の魔力量が多いことがわかり、実の父親であるレヒナー男爵に引き取られる。そして、魔力操作を学ぶためにシュテルン魔法学校へ入学したシモンは、光魔法を発現することで、教会から神子と認定される。
 神子となったことで、生徒会長である王子殿下やその側近からの庇護を受けるようになり、やがて全員から愛され、最後は王子殿下と結ばれる。

「多分、こんな感じの話だったのだと思う」

 簡単にあらすじを書いて、僕はため息を吐く。

 内容を考えると、前世ではBLといわれる男性同士の恋愛ものだったのだろう。この世界では性別に関係なく子どもができるので、結婚するのも当たり前だけれど、前世では女性しか子どもが産めなかったような気がする。

 物語以外のことは、あまり思い出せないけれど。

 主人公のシモンと結ばれる王子殿下というのは、ラインハルト様のことだ。うん、間違いない。
 そして僕は、ラインハルト様の婚約者で……、断罪される悪役令息ラファエルだ。なんとなくの前世の記憶からすると、こういう物語での王子殿下の婚約者の悪役令息は断罪必至だと思う。

 これから卒業までの一年間で、断罪されるほどの状況になっていくということなのだろう。

 ラファエルはラインハルト様に特別扱いされるシモンのことが気に入らない。シモンが貴族の礼儀作法や言葉遣いができていないことに対して、ラファエルは厳しすぎる注意をする。ラファエルの取り巻きも、シモンを廊下で転ばせたり噴水に突き落としたりして、シモンを虐めるとかいう話だったのではなかろうか。もっと酷いこともしていたのかもしれない。
 そして僕は、卒業パーティーでラインハルト様に断罪されて婚約破棄される。ラインハルト様は神子となったシモンと婚約する。そして、神子であるシモンとラインハルト殿下の結婚式とラインハルト様の立太子式が同時に行われる。

 これで、物語は終わりだったのかな。
 

 それにしても、はっきりと思い出せていないところが多い。物語としては断片的なので、現在の状況から記憶にあるものを繋ぎ合わせている状態だ。もしかしたら、他にも何かエピソードがあるのかもしれないけれど……、やっぱり思い出せない。

「これは、異世界転生というものなのだろうか」

 そのようなことを思ってみるものの、そもそもこの記憶が正しいかどうかは、わからないのだ。

 だけど……

「僕が断罪されて神子と結ばれれば、ラインハルト様は王太子になれるのかな」

 来年の春には、ヘンドリック第一王子殿下が立太子されることがほぼ決まっている。ラインハルト様は、ヘンドリック殿下にお子が生まれれば臣籍降下されてメッゲンドルファー公爵となられる予定だ。ゆくゆくは宰相職に就くことを、現国王陛下やヘンドリック殿下から望まれていると、伺っている。
 ヘンドリック殿下とラインハルト様はどちらも王妃さまのお子で、同じ宮で育てられたためか関係が良い。我が国は出生順で王位継承権が与えられるので、第一子であるヘンドリック殿下が王位を継がれるのが順当だ。他国で聞くような派閥争いや王位争いというものは、現在の我が国にはないと聞いている。ラインハルト様の下には、アンネリーゼ殿下、ヘレーネ殿下という二人の王女殿下がいらっしゃるが、その方々とも仲が良い。

 果たしてラインハルト様は、王太子になり、やがて王位につくという道を望んでいらっしゃるのだろうか。

 もし、ラインハルト様がそれを望んでいらっしゃるのならば、神子となったシモンと結婚できるように協力するべきなのだろう。

 いや、ここが『ヒカミコ』の世界なのであれば、僕が抗わなければ物語の通りに進むはずだ。

 もし、ラインハルト様がそれを望んでいらっしゃらないのであれば、神子と結ばれることも立太子されることもないであろうし、望んでいらっしゃるのであれば……
 それが、ラインハルト様の幸せなのだとしたら……

 ラインハルト様望みは、何でも叶えて差し上げたい。
 ラインハルト様には、幸せになっていただきたい


 例えば、そのために僕が断罪されることになったとしても。


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