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23-2.テロリストになるルートもあったのでしょうか
しおりを挟む皇宮では、怪我の有無などの身体のチェックを受けてから、皇帝陛下のもとへ案内された。もちろん、正式な謁見ではなく、私的な面会である。
「ガブリエレ、緊張しなくていいですからね」
「ベル、ありがとう」
あんなことがあったので、ベルが気にしてくれている。だけど、僕は皇族の前よりさっきのテロルのときの方が緊張していたと思うのだ。高貴な人の前に出るのは慣れているのだから、心配はしていないけれど、ベルの気持ちがうれしい。
僕がベルに向かって笑顔を見せると、ベルの瑠璃色の瞳に金粉を散らしたような光が宿る。
皇帝陛下はベルによく似た面差しで、黒髪は同じだけれど、瞳は透き通った青だ。自然な笑顔を浮かべていて、親しみやすい雰囲気の方だ。
「ベルナルディ,お帰り。大変だったようだね」
「そうですね。でも、護衛のおかげで無傷ですよ」
「それは良かった」
「兄上、婚約者のガブリエレです」
ベルは、僕の背に手を添えると、皇帝陛下に僕を紹介してくれた。いかにも非公式という風情だ。
「フィオーレ王国、ヴィオラ公爵家のガブリエレと申します。拝謁叶いまして恐悦至極にございます」
「堅苦しいのは明日の謁見の場まで、取っておいておくれ。ベルナルディの兄、アーサーだ。今回は事前調査の不備でテロルに巻き込んでしまった。二人とも怪我がなくて良かったと思っている。ベルナルディを助けてくれた大恩人に怖い思いをさせてしまったのは残念だったが」
「いえ、あのような事態には常に対処せねばならないと思っております。ルーチェ帝国の護衛の方々が優秀で、驚嘆いたしました。おかげさまで、無事に皇宮に到着することができ、うれしく思います」
そう言って僕が微笑みを浮かべると、皇帝陛下……アーサーは、実にうれしそうな笑顔を浮かべた。
「うん、ガブリエレ殿は、美しい上に腹が据わっているな。これは、ベルナルディが夢中になるはずだ」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
「兄上……」
こんな風に真っすぐ褒められることは、フィオーレ王国では有り得ないことだ。僕が嬉しそうにしていると言って後でベルが拗ねていた。何故拗ねるのか。婚約者が褒められたのだから、喜んで欲しいものだ。
その後、パオラ皇妃殿下と第一皇子のフィリッポ殿下をご紹介いただいた。正式な謁見の前に、このような形で顔合わせをさせてくださるとは驚きだ。
そのまま私的な晩餐をいただいて、『家族』として受け入れようとしてくださっているのだと思うと心が温かくなる。
フィリッポ殿下は現在三歳だ。まるい頬がふくふくとして可愛らしい。晩餐が終わるころには、すっかり懐かれてしまった。
「ガブリエレ、ほんとうにきれいね。ぼくのおよめさんになってください」
「フィリッポ殿下、光栄ですが、僕はベルナルディ殿下のおよめさんになると決まっているのです」
「えー、じゃあ、ベルおじうえのおよめさんのつぎに、ぼくのおよめさんになって?」
「フィリッポ、ガブリエレはずっとわたしの側にいるのですから、あきらめてください」
「やだー。ベルおじうえはずるいですー」
フィリッポ殿下は、そんなことを言いながら僕にしがみついて離れなくなってしまった。
時間が遅くなっているのに、僕の側から動かないフィリッポを、パオラ殿下が侍女に命じて退出させる騒ぎになったのは、微笑ましいことなのだろうか。アーサー陛下が大笑いをしていらっしゃったので、いいのだろう。
正式な謁見は到着した翌日で、それ以降、議会等での僕のお披露目会が続いていく。滞在期間はそれほど長くない。とにかく、ベルが僕から離れたがらなくて、それが大変だったということは言っておきたい。
フィオーレ王国に帰るときも僕を送ってヴィオラ公爵邸までやってきたのだ。まったく、僕の婚約者は過保護で困る。
ルカは、テロリストの仲間としてルーチェの公安施設に拘置されている。卒業パーティーの断罪劇の件では、学生だったことが配慮されて終身禁固刑にはならなかった。だけど、ルーチェではテロリストとして裁かれる。
フィオーレ王国の脱獄囚でもあり、重罪人として裁かれるのは必至だ。おそらく極刑となるだろう。
そして、フィオーレとルーチェの外交にも影を落とすことになると考えられる。
さらに、フィオーレの社交界ではルカの人となりが知られているため、僕たちが謗られることはあまりないが、ルーチェではそうはいかない。ベルナルディ殿下とその婚約者の同級生が、わざわざテロリストとなってルーチェまでやってきたのだ。様々な憶測がこれから流されることが予想される。それを払拭するだけの取り調べを行うと、ベルからは聞いている。
これまで、ルカの仕出かしてきたことはとんでもないことばかりなのに、僕に効果的な打撃を与えることはできていない。
結局、断罪必至の悪役令息であるガブリエレが、そういう事態になっていないのは、ルカがやろうとしたことが全て潰れたからなんじゃなかろうか。もちろん、僕も立ち回りには注意をしていたけれど。ルカの計画は杜撰で強引だった。『ハナサキ』でもあんな感じだったのだろうか。今回のようにテロリストになるルートもあったのだろうか。
そんなことを知るすべはないのだけれど。
ルーチェ帝国では取り調べに『影魔法』を使う。本当のことを洗いざらい話してしまう魔法だ。使用するにあたっては注意が必要であるし、今回のような重罪の容疑者にしか使われないという。皇族の血を引くものの一部に現れる魔力であり、取り調べは厳重に行われる。
前世では考えられない恐ろしい話だ。
いや、ルカは前世のことも洗いざらい話してしまうのかもしれない。
僕はそんなことを考えて、体を少し震わせた。
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