上 下
46 / 55

23-2.テロリストになるルートもあったのでしょうか

しおりを挟む
 

 皇宮では、怪我の有無などの身体のチェックを受けてから、皇帝陛下のもとへ案内された。もちろん、正式な謁見ではなく、私的な面会である。

「ガブリエレ、緊張しなくていいですからね」
「ベル、ありがとう」

 あんなことがあったので、ベルが気にしてくれている。だけど、僕は皇族の前よりさっきのテロルのときの方が緊張していたと思うのだ。高貴な人の前に出るのは慣れているのだから、心配はしていないけれど、ベルの気持ちがうれしい。

 僕がベルに向かって笑顔を見せると、ベルの瑠璃色の瞳に金粉を散らしたような光が宿る。

 皇帝陛下はベルによく似た面差しで、黒髪は同じだけれど、瞳は透き通った青だ。自然な笑顔を浮かべていて、親しみやすい雰囲気の方だ。

「ベルナルディ,お帰り。大変だったようだね」
「そうですね。でも、護衛のおかげで無傷ですよ」
「それは良かった」
「兄上、婚約者のガブリエレです」

 ベルは、僕の背に手を添えると、皇帝陛下に僕を紹介してくれた。いかにも非公式という風情だ。

「フィオーレ王国、ヴィオラ公爵家のガブリエレと申します。拝謁叶いまして恐悦至極にございます」
「堅苦しいのは明日の謁見の場まで、取っておいておくれ。ベルナルディの兄、アーサーだ。今回は事前調査の不備でテロルに巻き込んでしまった。二人とも怪我がなくて良かったと思っている。ベルナルディを助けてくれた大恩人に怖い思いをさせてしまったのは残念だったが」
「いえ、あのような事態には常に対処せねばならないと思っております。ルーチェ帝国の護衛の方々が優秀で、驚嘆いたしました。おかげさまで、無事に皇宮に到着することができ、うれしく思います」

 そう言って僕が微笑みを浮かべると、皇帝陛下……アーサーは、実にうれしそうな笑顔を浮かべた。

「うん、ガブリエレ殿は、美しい上に腹が据わっているな。これは、ベルナルディが夢中になるはずだ」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
「兄上……」

 こんな風に真っすぐ褒められることは、フィオーレ王国では有り得ないことだ。僕が嬉しそうにしていると言って後でベルが拗ねていた。何故拗ねるのか。婚約者が褒められたのだから、喜んで欲しいものだ。
 その後、パオラ皇妃殿下と第一皇子のフィリッポ殿下をご紹介いただいた。正式な謁見の前に、このような形で顔合わせをさせてくださるとは驚きだ。

 そのまま私的な晩餐をいただいて、『家族』として受け入れようとしてくださっているのだと思うと心が温かくなる。

 フィリッポ殿下は現在三歳だ。まるい頬がふくふくとして可愛らしい。晩餐が終わるころには、すっかり懐かれてしまった。

「ガブリエレ、ほんとうにきれいね。ぼくのおよめさんになってください」
「フィリッポ殿下、光栄ですが、僕はベルナルディ殿下のおよめさんになると決まっているのです」
「えー、じゃあ、ベルおじうえのおよめさんのつぎに、ぼくのおよめさんになって?」
「フィリッポ、ガブリエレはずっとわたしの側にいるのですから、あきらめてください」
「やだー。ベルおじうえはずるいですー」

 フィリッポ殿下は、そんなことを言いながら僕にしがみついて離れなくなってしまった。
 時間が遅くなっているのに、僕の側から動かないフィリッポを、パオラ殿下が侍女に命じて退出させる騒ぎになったのは、微笑ましいことなのだろうか。アーサー陛下が大笑いをしていらっしゃったので、いいのだろう。

 正式な謁見は到着した翌日で、それ以降、議会等での僕のお披露目会が続いていく。滞在期間はそれほど長くない。とにかく、ベルが僕から離れたがらなくて、それが大変だったということは言っておきたい。

 フィオーレ王国に帰るときも僕を送ってヴィオラ公爵邸までやってきたのだ。まったく、僕の婚約者は過保護で困る。



 ルカは、テロリストの仲間としてルーチェの公安施設に拘置されている。卒業パーティーの断罪劇の件では、学生だったことが配慮されて終身禁固刑にはならなかった。だけど、ルーチェではテロリストとして裁かれる。
 フィオーレ王国の脱獄囚でもあり、重罪人として裁かれるのは必至だ。おそらく極刑となるだろう。

 そして、フィオーレとルーチェの外交にも影を落とすことになると考えられる。

 さらに、フィオーレの社交界ではルカの人となりが知られているため、僕たちが謗られることはあまりないが、ルーチェではそうはいかない。ベルナルディ殿下とその婚約者の同級生が、わざわざテロリストとなってルーチェまでやってきたのだ。様々な憶測がこれから流されることが予想される。それを払拭するだけの取り調べを行うと、ベルからは聞いている。

 これまで、ルカの仕出かしてきたことはとんでもないことばかりなのに、僕に効果的な打撃を与えることはできていない。
 結局、断罪必至の悪役令息であるガブリエレが、そういう事態になっていないのは、ルカがやろうとしたことが全て潰れたからなんじゃなかろうか。もちろん、僕も立ち回りには注意をしていたけれど。ルカの計画は杜撰で強引だった。『ハナサキ』でもあんな感じだったのだろうか。今回のようにテロリストになるルートもあったのだろうか。

 そんなことを知るすべはないのだけれど。

 ルーチェ帝国では取り調べに『影魔法』を使う。本当のことを洗いざらい話してしまう魔法だ。使用するにあたっては注意が必要であるし、今回のような重罪の容疑者にしか使われないという。皇族の血を引くものの一部に現れる魔力であり、取り調べは厳重に行われる。

 前世では考えられない恐ろしい話だ。

 いや、ルカは前世のことも洗いざらい話してしまうのかもしれない。



 僕はそんなことを考えて、体を少し震わせた。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました

藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。 (あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。 ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。 しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。 気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は── 異世界転生ラブラブコメディです。 ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!

Kokonuca.
BL
異世界!召喚!ケモ耳!な王道が書きたかったので ある日、はるひは自分の護衛騎士と関係をもってしまう、けれどその護衛騎士ははるひの兄かすがの秘密の恋人で…… 兄と護衛騎士を守りたいはるひは、二人の前から姿を消すことを選択した 完結しましたが、こぼれ話を更新いたします

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

処理中です...