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21-2.これからは寂しくないはずです
しおりを挟む「ベルナルディ殿下、結婚の申し込みをお受けいたします。末永く、僕を伴侶としてお導きください」
僕の言葉を聞いたベルは、大きく目を見開いて、顔に満面の笑みを浮かべた。
「ガブリエレ様……! ありがとうございます」
「ベル、僕はベルを愛している」
「……! ああ、なんという喜びがわたしに!」
ベルは僕を抱え上げると、踊るようにくるくると回った。僕は驚いてベルにしがみつく。ベルは何度も僕の名前を呼びながら踊っている。いつも落ち着いているベルに、こんなところがあるとは思わなかった。
いつ終わるともしれないベルの歓喜に、僕は目が回りそうになる。
「ベル、目が回るよ。下ろしてくれないか」
「ああ、ガブリエレ様、申し訳ありません」
僕が音を上げたのを聞いて、ベルはやっと僕をソファの上に下ろし、目の前に跪いた。そして僕の手を取ると、頬ずりをしたあとで、僕の額に、頬に、そして唇に、触れるだけのキスを落としていく。
ベルに愛されているという感覚が、僕の中でふくらんでいくのがわかる。ガブリエレは、ベルに愛されていることを知っていたはずなのに、それは無意識の奥底にしまいこんでいた。その感覚が浮き出て来るかのようだ。
「あまりの嬉しさに、我を忘れてしまいました。生涯お側に置いてくださるという喜びで胸がいっぱいです」
公爵令息が皇弟殿下を側に置くというのは、語弊があると思うのだが、ベルの意識の中ではそうなのだろう。言及しておきたい気持ちを抑えて、言葉を飲み込む。
興奮気味のベルを宥めて、ソファに座らせ、新しいお茶を侍女に用意させる。温かいお茶を飲んで、ようやく僕たち二人は一息ついた。
ベルは、公爵家を離れる日の別れ際に、僕に『迎えに来るから待っていて欲しい』と言っていたらしい。
僕には、そのような言葉を聞いた記憶はない。
ベルのその発言があったころには、僕は眠っていたのだろうと思われる。ベルが流し込んだ魔力によって。
ベルにしてみれば、迎えに来るという約束を守って卒業パーティに臨んだのだ。それなのに、僕に冷たくされてしまって、訳が分からないと思っていたという。そのうえ、婚姻の申し込みに対しては、事務的な対応をされたので酷く落ち込んだそうだ。父から、ベルがいなくなってからの僕の落ち込みようを聞いて、少し気を取り直したということだけれど。
いや、父はそんなことを勝手にベルに伝えていたのか。
引っ掛かるところはあるものの、結局は僕のことを思ってくださってのことだろう。
様々な誤解やすれ違いが、二人でゆっくりと話すことで解けていく。
ベルと僕の話が一通り終わったところで、父の帰還が伝えられた。
「おお、丸く収まって安堵した。一時はどうなることかと思ったぞ」
父は心底うれしそうな様子で、僕がベルの婚姻の申し込みを受けたことを喜んでくれた。
父は、リカルドとの婚約が解消されるという見込みができたところで、ベルが僕と結婚したいと言い出すと思っていたという。それは、かなり前の時点なのではないだろうかと予想される話しぶりだった。
「わたしは、ガブリエレが幸せになることを望んでいる。政治的に役に立つことよりも重要だ」
父はそう言って、家族にしか見せないであろう笑顔を浮かべた。
ベルの兄上であるルーチェ帝国の皇帝アーサー陛下は、ベルと僕が婚姻を結ぶことを了承済みで、ベルがルーチェ帝国に帰って皇弟殿下としてのお披露目会をする時点で発表する心づもりでいるらしい。
ルーチェ帝国に於いて、ヴィオレ公爵家の評判は高いらしく、皇帝陛下も喜んでくださっているそうだ。
ちなみに、これからいつまでも側にいるという約束をしたものの、婚姻式まではベルはルーチェ帝国に、僕はフィオーレ王国に留まる。もちろん、様々な準備や行事があるからお互いの国を行き来することにはなるだろうけれど。ただ、ベルと離れることの不安が、僕の中からなくなっているのは確かだ。
いや、ちょっと待って。僕が了承する前に、どうして婚姻の話が、決まりごとになっているのだろう。国同士の約束だと言われればそれまでだけれど、僕の了承が欲しいと言ったのはベルだ。
ベルも父も皇帝陛下も、僕が断ったらどうするつもりだったのだろうか。今後、機会があれば聞いておきたいと思う。
その翌日、国王陛下からルーチェ帝国の皇弟殿下との婚約の命を正式に受けるために、僕は王宮へ赴いた。国王陛下も王妃様も、大層喜んでくださっているようだ。それは、外交上の都合がよいという理由によると知っているので、儀礼的に挨拶をすればいいだろうという気持ちにはなっているが。
怒涛の展開だったけれど、ガブリエレ・デ・ヴィオラにとってはどうということもない。
「ガブリエレ様、すぐに会いに戻ってきますから、待っていてくださいね」
「わかった。ベルを信じて待っている」
「ああ、ガブリエレ様」
ベルが僕を力強く抱きしめて、唇に触れるだけのキスをする。これ以上は、婚姻前には許されないだろう。
ベルは名残惜しそうにしながら車に乗って、帰国の途についた。
これから僕は、婚姻のための準備に追われることになる。婚姻式は1年後だけれど、それまでに様々な行事をこなさなければならないし、ルーチェ皇室の儀礼を覚えなければならない。
婚姻のための準備に専念している僕に、思わぬ知らせが入って来たのはそれからしばらくしてのことだ。
「ルカが、消えた?」
ルカは、取り調べが終わって鉱山に送られた。ところが、厳しく監視されているはずのその鉱山から、ルカが忽然と消えたというのだ。一生涯を鉱山で送ることになっているのに、どうやって逃げたのか。
いったい、何が起きたというのだろうか。
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