上 下
42 / 55

21-2.これからは寂しくないはずです

しおりを挟む


「ベルナルディ殿下、結婚の申し込みをお受けいたします。末永く、僕を伴侶としてお導きください」

 僕の言葉を聞いたベルは、大きく目を見開いて、顔に満面の笑みを浮かべた。

「ガブリエレ様……! ありがとうございます」
「ベル、僕はベルを愛している」
「……! ああ、なんという喜びがわたしに!」

 ベルは僕を抱え上げると、踊るようにくるくると回った。僕は驚いてベルにしがみつく。ベルは何度も僕の名前を呼びながら踊っている。いつも落ち着いているベルに、こんなところがあるとは思わなかった。
 いつ終わるともしれないベルの歓喜に、僕は目が回りそうになる。

「ベル、目が回るよ。下ろしてくれないか」
「ああ、ガブリエレ様、申し訳ありません」

 僕が音を上げたのを聞いて、ベルはやっと僕をソファの上に下ろし、目の前に跪いた。そして僕の手を取ると、頬ずりをしたあとで、僕の額に、頬に、そして唇に、触れるだけのキスを落としていく。

 ベルに愛されているという感覚が、僕の中でふくらんでいくのがわかる。ガブリエレは、ベルに愛されていることを知っていたはずなのに、それは無意識の奥底にしまいこんでいた。その感覚が浮き出て来るかのようだ。

「あまりの嬉しさに、我を忘れてしまいました。生涯お側に置いてくださるという喜びで胸がいっぱいです」
 
 公爵令息が皇弟殿下を側に置くというのは、語弊があると思うのだが、ベルの意識の中ではそうなのだろう。言及しておきたい気持ちを抑えて、言葉を飲み込む。
 興奮気味のベルを宥めて、ソファに座らせ、新しいお茶を侍女に用意させる。温かいお茶を飲んで、ようやく僕たち二人は一息ついた。

 ベルは、公爵家を離れる日の別れ際に、僕に『迎えに来るから待っていて欲しい』と言っていたらしい。
僕には、そのような言葉を聞いた記憶はない。
 ベルのその発言があったころには、僕は眠っていたのだろうと思われる。ベルが流し込んだ魔力によって。

 ベルにしてみれば、迎えに来るという約束を守って卒業パーティに臨んだのだ。それなのに、僕に冷たくされてしまって、訳が分からないと思っていたという。そのうえ、婚姻の申し込みに対しては、事務的な対応をされたので酷く落ち込んだそうだ。父から、ベルがいなくなってからの僕の落ち込みようを聞いて、少し気を取り直したということだけれど。

 いや、父はそんなことを勝手にベルに伝えていたのか。

 引っ掛かるところはあるものの、結局は僕のことを思ってくださってのことだろう。
 様々な誤解やすれ違いが、二人でゆっくりと話すことで解けていく。

 ベルと僕の話が一通り終わったところで、父の帰還が伝えられた。

「おお、丸く収まって安堵した。一時はどうなることかと思ったぞ」

 父は心底うれしそうな様子で、僕がベルの婚姻の申し込みを受けたことを喜んでくれた。

 父は、リカルドとの婚約が解消されるという見込みができたところで、ベルが僕と結婚したいと言い出すと思っていたという。それは、かなり前の時点なのではないだろうかと予想される話しぶりだった。

「わたしは、ガブリエレが幸せになることを望んでいる。政治的に役に立つことよりも重要だ」

 父はそう言って、家族にしか見せないであろう笑顔を浮かべた。

 ベルの兄上であるルーチェ帝国の皇帝アーサー陛下は、ベルと僕が婚姻を結ぶことを了承済みで、ベルがルーチェ帝国に帰って皇弟殿下としてのお披露目会をする時点で発表する心づもりでいるらしい。
 ルーチェ帝国に於いて、ヴィオレ公爵家の評判は高いらしく、皇帝陛下も喜んでくださっているそうだ。
 ちなみに、これからいつまでも側にいるという約束をしたものの、婚姻式まではベルはルーチェ帝国に、僕はフィオーレ王国に留まる。もちろん、様々な準備や行事があるからお互いの国を行き来することにはなるだろうけれど。ただ、ベルと離れることの不安が、僕の中からなくなっているのは確かだ。

 いや、ちょっと待って。僕が了承する前に、どうして婚姻の話が、決まりごとになっているのだろう。国同士の約束だと言われればそれまでだけれど、僕の了承が欲しいと言ったのはベルだ。

 ベルも父も皇帝陛下も、僕が断ったらどうするつもりだったのだろうか。今後、機会があれば聞いておきたいと思う。


 その翌日、国王陛下からルーチェ帝国の皇弟殿下との婚約の命を正式に受けるために、僕は王宮へ赴いた。国王陛下も王妃様も、大層喜んでくださっているようだ。それは、外交上の都合がよいという理由によると知っているので、儀礼的に挨拶をすればいいだろうという気持ちにはなっているが。

 怒涛の展開だったけれど、ガブリエレ・デ・ヴィオラにとってはどうということもない。

「ガブリエレ様、すぐに会いに戻ってきますから、待っていてくださいね」
「わかった。ベルを信じて待っている」
「ああ、ガブリエレ様」

 ベルが僕を力強く抱きしめて、唇に触れるだけのキスをする。これ以上は、婚姻前には許されないだろう。
 ベルは名残惜しそうにしながら車に乗って、帰国の途についた。

 これから僕は、婚姻のための準備に追われることになる。婚姻式は1年後だけれど、それまでに様々な行事をこなさなければならないし、ルーチェ皇室の儀礼を覚えなければならない。


 婚姻のための準備に専念している僕に、思わぬ知らせが入って来たのはそれからしばらくしてのことだ。

「ルカが、消えた?」


 ルカは、取り調べが終わって鉱山に送られた。ところが、厳しく監視されているはずのその鉱山から、ルカが忽然と消えたというのだ。一生涯を鉱山で送ることになっているのに、どうやって逃げたのか。



 いったい、何が起きたというのだろうか。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...