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18-2.ゲームの想定を超えた事態が起きました
しおりを挟むベルが、母であるルーチェ帝国皇帝の側妃と住んでいた離宮から誘拐されたのは、七歳のときだ。
ベルの父親である当時の皇帝は病に倒れていて、ベルの兄である皇太子アーサーは十四歳。ベルと同じく火と水と風の魔法属性を持つ優秀な皇子だが、病気の皇帝が譲位するには若すぎる年齢であった。皇妃が生んだ皇子ルチアーノはアーサーと同じ十四歳だったが、水の魔法属性しかないため皇位を継ぐのは難しいとされていた。
皇妃はもともとマーレ王国の王女だ。立太子の折はまだ皇帝が健在であったためか、特に意見をさしはさむことはしなかったという。しかし、皇帝が病を得たことで、マーレ王家は自国の王女であった皇妃が産んだルチアーノが皇位を継ぐべきであると、圧力をかけ始めたのだ。
側妃はルーチェ帝国の侯爵の娘であり、父親の侯爵は国の宰相を務めていた。
ルーチェ帝国は議会が政治の中心であり、宰相が議会運営を行う。そのため、皇帝が病に伏せている間に国を牛耳ろうとした皇妃の思い通りに議会が動かなかったことも、マーレ王家が圧力を強めることにつながったという。
マーレ王家は、アーサーを亡き者にし、ベルを誘拐して監禁したうえで、自国の王女が産んだルチアーノを皇位につけようと目論んだ。
皇妃が手引きしていたのだから、側妃の離宮へマーレ王国の手の者が侵入するのはさほど難しいことではなかったようだ。ベルは誘拐されてルーチェ帝国の外れ、フィオーレ王国との境にある館に監禁される予定だった。しかし、マーレ王家が雇った者はかなりのならず者だったようだ。彼らは、美しいベルを売り飛ばして逃げてしまおうと考えたのだ。そのままベルは、フィオーレ王国の王都まで運ばれたそうだ。
しかし、何が幸いになるかわからない。
ベルは、子どもながら魔力が強いため、魔力封じの腕輪をはめられていた。しかしベルの魔力の強さを知らない闇の商人が、子どもだと侮って腕輪を外したことで、魔法を使って逃げ出すことに成功したのだ。そして、闇雲に逃げてたどり着いたところに蹲っていたのを、僕が見つけたということらしい。
もちろん、マーレ王国が様々な企てをしていたということは後になってからわかったことだが。
「そのときのわたしは、逃げ出すのに必死で、ここがフィオーレ王国だということもわかっていませんでした」
ベルはそう言って美しい微笑みを浮かべた。
マーレ王国の刺客の皇太子宮への襲撃は失敗した。たが、そこからルーチェ帝国は内乱に近い状態になったのだ。
ベルの父上が病気療養に専念することになり、兄上が皇帝に即位したのはベルと僕が十四歳になったころのことだ。それから、ようやく政情が安定し、学園を卒業とともにベルナルディ殿下の消息が明らかにされることになった。
「では、学園に入学する前に父の外交について行ったのは……」
「はい、その折にルーチェに一旦帰国しておりました。学園に入学するためにフィオーレにもどってきましたが」
あの時は、既に現皇帝陛下が即位していたはずだ。多少、政情が不安定とはいえ、消息を明らかにしてもよかったようにも思う。政治的な思惑でもあったのだろうか。そして、せっかくフィオーレの学園に通っていたのに……
「三年前には、わざわざフィオーレの学園に入学したのに、今回は卒業を待たずに帰国してしまったのはどうしてなの?」
「それは、わたしの人生にとって最も重要なことの準備のためです」
「最も重要なこと……」
「ええ、当初は卒業してから様々なことを動かしていく予定だったのですが、それを早めることができそうになりましたので。
単位もそのために急いで取って、卒業資格を早く取得しました」
「そう。これからベルは、ルーチェ帝国の皇弟殿下として活躍していくのだね」
「はい」
笑みを浮かべて話をするベルは、輝いている。
ベルも未来に向かって進んで行くのだ。僕は、ベルのその未来には必要ないからあっさり捨てられた。
ベル自身にはそんな意識もないだろうけれど。
話は一通り終わった。そろそろ、お別れの時間だろう。晩餐は王宮で用意されているはずだ。
僕は、感情を隠すために貴族らしい曖昧な笑みを浮かべて、ベルが退出するきっかけを作ろうと考えた。
すると、ベルは立ち上がって僕の側に来た。なぜか表情が硬い。こうして見下ろされるのは、新鮮な気分だ。
「ベル?」
ベルは以前のように僕の前に跪いて、手を取った。
金粉を散らしたような瑠璃色の瞳に見つめられると、もとのベルとガブリエレに戻ったような気がする。
だけど、時は戻らない。僕たちはそれぞれの未来に向かうのだ。
「ベル、ベルはもう僕の従者ではないのだから、そのような態度はいけないよ」
「いえ、わたしはいつまでもガブリエレ様の従者です。
わたしは、貴方のためにフィオーレに戻ってまいりました」
「ベル、何を言っているの」
ベルは僕の手の甲にキスをすると、その瑠璃色の瞳を向けてくる。
「ガブリエレ様、わたしは貴方を愛しています。どうか、わたしと結婚してください」
「……え?」
「どうぞ、わたしを貴方の永遠の従者にしてください。貴方と結婚していつまでもお側にいるお許しをいただきたいのです」
ベルは、僕の手の甲に再びキスをして、僕を見つめる。
僕を捉えて離さない瑠璃色の瞳は、金色の粉を散らしたように輝く。
え? ベルが結婚してと言っている? これは、プロポーズなの?
ガブリエレがベルからプロポーズされるなんて、『ハナサキ』の想定を超えた事態が起きているんだと思うけど。
いや、もうゲームは関係ないのかな。
現実に何が起きているのかを、正確に認識することができない。
僕はベルに手を取られたまま、曖昧な笑みを浮かべて硬直した。
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