19 / 55
10-1.ガロファーノ公爵家の茶会はどうなるのでしょうか
しおりを挟むガロファーノ公爵家から届いた茶会の招待状は、押し花が透かしに入った封筒と便箋が使われた美しいものだった。これは、公爵夫人の趣味なんだろうと予想する。
しかし、いくら招待状が美しくても、その茶会が楽しみなわけではない。ガロファーノ公爵家のカーネーションを模した紋章を見て、思わず出てきそうなため息をこらえながら、茶会での装いについて打ち合わせをする。
着ていく衣服も付けるアクセサリーも、優秀な従者ベルとやり手な侍女モイラでほとんど決めてしまうので、僕は同席しているだけだけれども。
前世を思い出してからの僕は、平民になれば装うことにもさほどこだわらなくてもよくなるだろうと考えていた。しかしそれは、アカシアの蜂蜜なみに甘い考えだった。
ずっと平民落ちを目指して、ひたすら罪に問われないことを目指して行動してきた。ところが、ガブリエレは、それが難しいぐらいスペックが高いのだ。
リカルドと婚約を解消して穏便に済ませるためには、今のようにルカと関わりを持たないといったぬるい対策ではだめだろう。光魔法の使い手を手放さないために、王家は何でもするような気がする。ルカに対するやってもいない犯罪を理由に、たとえゲームのように処刑はされなくても、監禁ぐらいはされるかもしれない。
王族の病気治療のときだけ使われる奴隷として。うええ。
考えれば考えるほど、詰んでいる状況にしか見えない。酷い設定のゲームだよな。ガブリエレにとって。
気持ちは沈む一方だ。
「……ということでよろしゅうございますね」
「ガブリエレ様?」
僕は、ベルとモイラの声で思考の海の底から帰還した。どうやら、何度も声をかけられていたらしい。
顔を上げて、二人の顔を見る。
「すまない、考えごとをしていたようだ。二人に任せるからよいようにしておくれ。僕に似合うものを選んでくれると信じているからね」
ガブリエレは、自分の生死のことを考えているときにも落ち着いて対応できるのだ。凄いな、公爵令息。前世の僕ならきっと「ふえ?」なんて変な声を出していただろう。
「かしこまりました。ベルとの打ち合わせも完璧に終わっておりますので、後は、お任せくださいませ」
モイラは完璧な礼をして、部屋から出て行った。いつもと同じ無表情だったけれど、あれはものすごく喜んでいる感じだったな。
「ガブリエレ様、何か心配事でもおありなのですか?」
僕は、いつものように顔を近づけて来るベルの瑠璃色の瞳を黙って見つめる。
いや、確かに僕には、前世の記憶によると断罪強姦処刑になりそうだなんていう心配事がある。しかし、そんな夢みたいなことを口にするわけにはいかない。ましてや、ベルが断罪に協力する可能性があるというのだから絶対に言うことはできない。
「わたしでお役に立てることはないのでしょうか」
「ベル……」
こればかりは、相談に乗ってもらうわけにはいかない。お役に立てることは……、俄かには思い当たらない。例えば、僕を裏切らないでとお願いしたところで、果たしてそれを聞いてもらえるのだろうか。
ガブリエレだったら、ベルに相談していたのかもしれない。
でも、今の僕は、ベルが裏切る気だったら、聞いてもらえるはずはないと判断してしまうのだ。
「ありがとう、ベル。最近、思いもよらないことが立て続けに起こっているから、疲れているのかもしれない」
そう言って笑顔を向けると、ベルは僕の手をぎゅっと握った。
「何かお悩みがありましたら、これまでのようにわたしに、打ち明けてください。
最近、ガブリエレ様は、おひとりで考えごとをされていることが増えたように思います。
……新しいお茶をお淹れいたしますね」
僕の手の甲をひと撫でしたベルは、お茶を淹れるために立ち上がった。
この一連の動作は、いつもどおりのことなのだ。前世の記憶が蘇ってからは、僕に対するベルの態度ひとつひとつが、まるで恋人相手のもののように感じる。
この世界の従者とは、主人に全てを捧げるようにして生きるものなのかもしれない。そんなことを考えてしまうほどだ。
どうして、そんなベルがガブリエレを裏切ることになったのだろうか。
ここまできても、これからベルが僕を切り捨ててしまうことを予測するのは難しい。いったい、どんな分岐点が訪れるというのだろうか。
◇◇◇◇◇
284
お気に入りに追加
3,076
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが
松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。
ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。
あの日までは。
気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。
(無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!)
その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。
元日本人女性の異世界生活は如何に?
※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。
5月23日から毎日、昼12時更新します。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる