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5-1.イベントって言いましたか

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「孤児院の子どもたちへの贈り物を、ご自分で買いに行きたいとおっしゃるのですか?」
「そうだ。自分で贈るものを選んでみたい」

 ベルが、困った子どもを見るような顔をして僕を見ている。同じ年齢なのに。
 このベルの態度を、ガブリエレは無礼だと思っていなかった。とにかく、僕の中のガブリエレは、ベルに絶大なる信頼をおいている。確かにこれで裏切られたら壊れるだろうなというレベルで。

「菓子と学習用の本を選ぶだけだ。危険な店でもないだろう?」
「はい、それはそうですが……。菓子店は少し雑多な通りにありますので、警備が難しいかと」

 ガブリエレは、公爵家御用達の店に車で乗り付けて買い物をするのが通常だ。書店はその御用達の店である。しかし、今回の訪問で孤児院に届ける菓子は、日常のおやつとして食べることができるものを用意する。そのため、菓子の購入は、繁華街にある一般的な店を使用することになっていた。通常は貴族の子息でも繁華街には足を運ぶ。ガブリエレが、ものすごい箱入りなだけなのだ。
 しかし、無事に処刑エンドを避けた後に通常の生活をしていくためには、街に慣れておいた方がいいに決まっている。
 
「治安が悪い場所ではないし、ベルがいれば大丈夫なのではないか?」

 そう言って僕が微笑むと、ベルは仕方ないというように頷いた。
 実際、ベルは腕が立つスーパー従者だ。本当に隠しキャラだったんじゃないだろうか。
 
 ベルが用意してくれたシンプルなシャツとトラウザーズを身に着け、ジャケットを羽織って、いつもの車で買い物に向かう。店の少し手前にある駐車場に車を止め、ベルと護衛に守られながら、菓子店に向かった。
 初めて見る庶民的な菓子店には、ガラスケースの中に丸い揚げ菓子や焼き菓子などが並べられていた。日本で生きている頃に、よく妹のお土産を買っていたドーナッツのお店に似た内装だ。なんだか、懐かしい。
 食べたことのないお菓子の味を想像しながら、孤児たちへの贈り物を選んでいく。侍従と護衛に味見をしてもらって、好みも聞き取って参考にした。本当は僕が味見をしたかったけれど、ベルが許してくれなかったのだ。でも、侍従と護衛は喜んでいたから、それでよかったと思う。
 公爵令息って、不自由なことが多いね。
 支払いは僕がする。その経験のために来たのだから譲れないことだ。
 公爵家が普段使っている店は、公爵家でまとめて支払うから、ガブリエレが現金払いで買い物をすることは、まずない。
 しかし、日本での記憶がある僕は、滞りなく精算をすませることができた。
 この世界のお金の数え方はわかるし、少し練習すれば市井での生活もできそうな気がする。
 機嫌よく次の書店へ行って、絵本や文字の学習ができる本を選んでから、孤児院へ向かう。

 神殿に隣接している孤児院の前まで車を走らせると、その門の前に大きな車が止まっているのが見えた。
 あれは……

「リカルド殿下の車ですね。神殿に御用なのか、孤児院の慰問なのか、どちらでしょう」

 僕たちの車が止められなくて、ベルが怒っている。リカルドが祈りの日でもないのに神殿に来ることはないし、孤児院への慰問にもここ数年は来ていないはずだ。おそらく、勝手のわからないリカルドが、運転手に門の前で待つようにと指示したのだろうと思われる。いや、勝手がわからないというよりも、物事の規範がわからないのだろう。
 侍従が車を移動するよう運転手に伝えに行ったが、首を横に振りながら帰って来た。王子殿下の指示は絶対なんだろう。駐車禁止の場所なのに。

「ベル、駐車場の方から神殿の通路を渡って行くことにしよう。遠回りになるから荷物を運ぶのに苦労をかけるけれども」
「かしこまりました。荷物を運ぶなど、大したことではございませんよ」

 ベルは笑顔でそう答え、運転手に神殿の駐車場に行く旨の指示を出した。
 護衛と侍従、運転手には、あとで何か労いをしておこう。

 侍従が借りてきた台車に荷物を載せ、案内してくださる神官と共に神殿の通路を通っていると、ジャチント神官長が、医療担当のグラディオロ神官と連れ立って移動しているところに出会った。

「神官長様、ご機嫌麗しゅう」

 僕が礼をしてご挨拶をすると、ジャチント神官長はにこにこと微笑んでくださる。

「ガブリエレ様、いつもうちの子どもたちに会いに来てくださって、ありがとうございます」

 ジャチント神官長と、孤児院の子どもたちの話をしながら孤児院への通路を渡る。
 孤児たちは、『神殿の子ども』だ。育てるために必要な経費は神殿が賄っているが、それほど余裕があるわけではない。僕たち高位貴族が、そんな神殿に援助することは美徳とされ、尊ばれるのだ。
 神殿には、事前に孤児院への訪問日を打診する。それこそ仲の悪い貴族が鉢合わせすると、面倒だからなのだけれど。
 
 そういえば、リカルドの訪問は予定通りだったのだろうか。

「リカルド殿下は療養所の方へ、ご学友を伴って来られたのです。それで、ご挨拶に向かうところだったのですが」

 リカルドから神殿の療養所で慰問をしたいという先触れが届いたのは、今日の朝のことだったらしい。何でも光魔法を使える学友がいるから、それで療養所の難病の子どもを癒したいと言っているとのことだ。
 光魔法ということは、ルカが一緒に来ているのか。
 ベル、聞こえるような舌打ちをするのはやめなさい。それでもベルの見た目は崩れない。イケメン無罪だなあ。

「光魔法による癒しについては、ガブリエレ様もご参加くださっていますように、計画的に行っております。自己治癒力を高めながらでなければ、かえって病状を悪化させることもありますし、本日は施術していただくことは困難だとお伝えする予定です。
 どうしても試してみたいのであれば、神殿兵のけがの手当てをしていただこうと考えておりますが……」

 グラディオロ神官が、苦い表情で話をしてくれる。ジャチント神官長も頷きながら、何とも言えない表情をしている。王族からの依頼は無碍にはできないだろうが、病気の子どもを犠牲にするわけにはいかない。

 光魔法は怪我の治療や病状の改善に効果がある。しかし、本人の自己治癒力がなければ効果はあまりない。光魔法を施して怪我を治しても、血がたくさん流れ出ていれば回復には時間がかかるし、病気を治すだけの体力がなければ、光魔法を施すことによって体全体のバランスが悪くなってしまうといったことが起きる。

 ガブリエレは子どもの頃から光魔法を使う訓練を行ってきた。前世の日本であれば、解剖学と分類されるようなことも学習しているのだ。

 そうだ、市井で暮らすときには医療の方面へ就職することも、視野に入れておこう。
 僕は密かにそんな考えをまとめた。
 

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