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82.頑張って甘える
しおりを挟むクリスティアンとジェラルドが、自分に内緒で何か動いている。アラステアはそれに気が付いてはいたが、どうやらアルフレッドも絡んでいるらしいので口を出すことはできないでいた。
クリスティアンはラトリッジ侯爵家に婿に来た身ではあるが、王家の仕事を一部担うことになっている。当然公にはなっていないが。そして、ラトリッジ侯爵家に損益を与えない限り、その行動にはこちらから口を出せないことをアラステアは理解していた。
しかし、状況を理解していても、仲間外れにされているような感情は湧いてくる。そんなことを気にするより、アラステアは領地の小麦畑に引く水路工事の計画を進めなければならないし、道路の整備をしなければならない。
どうしてこんなにいらいらするのだろう。
アラステアは、落ち着かない気持ちを持て余していた。
なんとなく不満なアラステアは、ローランドとのお茶会のときに少しそんな話をしてしまった。
「立場上秘密があるのは仕方ないとは思っているのだけれど、仲間外れにされているような寂しい気持ちになってしまって」
「仲間外れか。そうだね。アルフレッド様はわたしに話せないことがたくさんあるようだけど、それを寂しいという気持ちはわかるような気がするかな。でも、それは仕方ないことだと割り切っていかなければならないと思っている」
アラステアの言葉に、ローランドは共感したようだった。しかしローランドは、たとえ伴侶であっても王太子が秘匿すべきとすることに触れるべきではないと思っている。ローランドにしても、葛藤はあったうえで割り切っていくことができるようになったのだ。
「割り切らないといけないというのは、頭ではわかっているのだけれど……」
「寂しいと思うのは仕方ないよ。それと、秘匿事項に触れなければ、いつもよりクリスティアンに甘えて気持ちを補ってはどう? わたしはそうしているよ」
ローランドからは、アラステアは気怠げで、疲れているように見える。領地の水路工事や、道路の整備の計画も詰まっているようで、アラステアの心に余裕がないのだろうとローランドは思っていた。だから、本来は気にしなくて良いことを気にして、いらいらしているのだと。
クリスティアンがアラステアを甘やかすことで、寂しい気持ちは払拭されるはずだ。ローランドはそう判断して、必要な助言をした。自身の身体も労わるようにと付け加えて。
「甘える……。そうか、クリスティアン様に甘えて、お兄様にお土産をねだればいいのね」
「そうだよ。思い切り甘えてみればよいのではないか? ああ、ジェラルド殿のお土産って希少価値が高そうだねえ」
「ふふ、そうしよう。ローランドありがとう。そういえば、お兄様がジャスト共和国に行ったときのお土産がね……」
アラステアはローランドと話をしたことで、少しばかり気が晴れたような気がした。
屋敷に帰ったら、アラステアはローランドに言われたようにクリスティアンに甘えようと決意した。
ラトリッジ侯爵邸の自室に入ったアラステアは、ローランドに相談したことで安心感を得ていた。うまくクリスティアンに甘えることができるかどうかはわからないが、とにかく実行しようと決心した。
「ローランドが言ってくれたように疲れているみたいだ」
アラステアは湯の中でそう呟いた。食欲がなく夕食を断って、湯あみをして休むことにしたのだ。
婚姻式から半年が経過したのに、アラステアには発情期が訪れていなかった。アラステアは、もともと発情期の発現が遅く、始まってからも不順だった。定期的にオメガの薬を服用しているので、特に支障なく生活はできていたのであるが。
婚姻式の後から続く披露宴、そして執務がちょうど詰まっていた時期であったため、アラステアは過労状態になっていたのだろう。それで発情期も遅れているのだとアラステアは考えた。
「クリスティアン様に甘えて、少し休憩したら発情期も来るかな……」
アラステアは湯から上がって夜着に着替えると、ベッドに倒れるように横になる。クリスティアンはジェラルドと出かけている。遅くなると言っていた。
今日は甘えるのは無理だから、明日から頑張ろう。アラステアはそう思いながら目を閉じる。
『頑張って甘える』こと自体がおかしいのだが、アラステアはそのようなことには気づかない。
アラステアが目を開けるとベッドの天蓋が見えた。眠っていたようだ。時計を見るとまだ早い時刻だった。クリスティアンはまだ帰ってきていないようだ。
身体が熱くて気怠い。熱があるのだろうかとアラステアは思う。
喉の渇きを感じたアラステアは起き上がって、水差しの水を飲んだ。
身体が熱い。喉が渇く。
水差しの水を全て飲み干したアラステアは、ふらりと隣の部屋に続く扉を開けた。
「良かった。鍵はかかっていない……」
アラステアは、うれしそうにそう呟くと、自分の望む芳しい香りのする場所へ歩いていく。
真っ直ぐに向かったクロゼットの中は、アラステアの好きな香りに満ちていた。
ジャケットを、シャツを手にとってはそれに顔を埋める。
「ああ、良い香り……」
その場所に香りが充満するように、アラステアはクロゼットの扉を閉める。
そして、その中にある衣服を手元に手繰り寄せ、その中で丸くなった。
「クリスティアンさま……」
アラステアは大きく深呼吸をして、微笑む。そして、この世で最も愛しい人の芳しい香りに包まれて、目を閉じた。
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