上 下
82 / 88

82.頑張って甘える

しおりを挟む

 クリスティアンとジェラルドが、自分に内緒で何か動いている。アラステアはそれに気が付いてはいたが、どうやらアルフレッドも絡んでいるらしいので口を出すことはできないでいた。
 クリスティアンはラトリッジ侯爵家に婿に来た身ではあるが、王家の仕事を一部担うことになっている。当然公にはなっていないが。そして、ラトリッジ侯爵家に損益を与えない限り、その行動にはこちらから口を出せないことをアラステアは理解していた。
 しかし、状況を理解していても、仲間外れにされているような感情は湧いてくる。そんなことを気にするより、アラステアは領地の小麦畑に引く水路工事の計画を進めなければならないし、道路の整備をしなければならない。

 どうしてこんなにいらいらするのだろう。

 アラステアは、落ち着かない気持ちを持て余していた。

 なんとなく不満なアラステアは、ローランドとのお茶会のときに少しそんな話をしてしまった。

「立場上秘密があるのは仕方ないとは思っているのだけれど、仲間外れにされているような寂しい気持ちになってしまって」
「仲間外れか。そうだね。アルフレッド様はわたしに話せないことがたくさんあるようだけど、それを寂しいという気持ちはわかるような気がするかな。でも、それは仕方ないことだと割り切っていかなければならないと思っている」

 アラステアの言葉に、ローランドは共感したようだった。しかしローランドは、たとえ伴侶であっても王太子が秘匿すべきとすることに触れるべきではないと思っている。ローランドにしても、葛藤はあったうえで割り切っていくことができるようになったのだ。

「割り切らないといけないというのは、頭ではわかっているのだけれど……」
「寂しいと思うのは仕方ないよ。それと、秘匿事項に触れなければ、いつもよりクリスティアンに甘えて気持ちを補ってはどう? わたしはそうしているよ」

 ローランドからは、アラステアは気怠げで、疲れているように見える。領地の水路工事や、道路の整備の計画も詰まっているようで、アラステアの心に余裕がないのだろうとローランドは思っていた。だから、本来は気にしなくて良いことを気にして、いらいらしているのだと。
 クリスティアンがアラステアを甘やかすことで、寂しい気持ちは払拭されるはずだ。ローランドはそう判断して、必要な助言をした。自身の身体も労わるようにと付け加えて。

「甘える……。そうか、クリスティアン様に甘えて、お兄様にお土産をねだればいいのね」
「そうだよ。思い切り甘えてみればよいのではないか? ああ、ジェラルド殿のお土産って希少価値が高そうだねえ」
「ふふ、そうしよう。ローランドありがとう。そういえば、お兄様がジャスト共和国に行ったときのお土産がね……」

 アラステアはローランドと話をしたことで、少しばかり気が晴れたような気がした。
 屋敷に帰ったら、アラステアはローランドに言われたようにクリスティアンに甘えようと決意した。
 
 ラトリッジ侯爵邸の自室に入ったアラステアは、ローランドに相談したことで安心感を得ていた。うまくクリスティアンに甘えることができるかどうかはわからないが、とにかく実行しようと決心した。

「ローランドが言ってくれたように疲れているみたいだ」

 アラステアは湯の中でそう呟いた。食欲がなく夕食を断って、湯あみをして休むことにしたのだ。

 婚姻式から半年が経過したのに、アラステアには発情期が訪れていなかった。アラステアは、もともと発情期の発現が遅く、始まってからも不順だった。定期的にオメガの薬を服用しているので、特に支障なく生活はできていたのであるが。
 婚姻式の後から続く披露宴、そして執務がちょうど詰まっていた時期であったため、アラステアは過労状態になっていたのだろう。それで発情期も遅れているのだとアラステアは考えた。

「クリスティアン様に甘えて、少し休憩したら発情期も来るかな……」

 アラステアは湯から上がって夜着に着替えると、ベッドに倒れるように横になる。クリスティアンはジェラルドと出かけている。遅くなると言っていた。
 今日は甘えるのは無理だから、明日から頑張ろう。アラステアはそう思いながら目を閉じる。
 『頑張って甘える』こと自体がおかしいのだが、アラステアはそのようなことには気づかない。

 アラステアが目を開けるとベッドの天蓋が見えた。眠っていたようだ。時計を見るとまだ早い時刻だった。クリスティアンはまだ帰ってきていないようだ。
 身体が熱くて気怠い。熱があるのだろうかとアラステアは思う。
 喉の渇きを感じたアラステアは起き上がって、水差しの水を飲んだ。

 身体が熱い。喉が渇く。

 水差しの水を全て飲み干したアラステアは、ふらりと隣の部屋に続く扉を開けた。

「良かった。鍵はかかっていない……」

 アラステアは、うれしそうにそう呟くと、自分の望む芳しい香りのする場所へ歩いていく。
 真っ直ぐに向かったクロゼットの中は、アラステアの好きな香りに満ちていた。
 ジャケットを、シャツを手にとってはそれに顔を埋める。

「ああ、良い香り……」

 その場所に香りが充満するように、アラステアはクロゼットの扉を閉める。
 そして、その中にある衣服を手元に手繰り寄せ、その中で丸くなった。

「クリスティアンさま……」

 アラステアは大きく深呼吸をして、微笑む。そして、この世で最も愛しい人の芳しい香りに包まれて、目を閉じた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】聖人君子で有名な王子に脅されている件

綿貫 ぶろみ
BL
オメガが保護という名目で貴族のオモチャにされる事がいやだった主人公は、オメガである事を隠して生きていた。田舎で悠々自適な生活を送る主人公の元に王子が現れ、いきなり「番になれ」と要求してきて・・・ オメガバース作品となっております。R18にはならないゆるふわ作品です。7時18時更新です。 皆様の反応を見つつ続きを書けたらと思ってます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

処理中です...