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80.壊れた皇子
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荷物は、ヘンリー自身から送られたものだった。
ヘンリー皇子は重大な犯罪に手を染めたのに、ファクツ帝国の皇族であったためにオネスト王国への入国禁止と被害者への接近禁止令だけに留められている。それだけでも甘い対処であったのに、どうして彼の送った荷物が被害者の住んでいるラトリッジ侯爵家へ届けられるのか。
調査の結果、なんとヘンリーからの荷物はファクツ帝国の大使館を通して送られていた。対応したファクツの大使館の職員は、留学中に同級生であった第三王子への祝いの品であるから、被害者のアラステアという令息とは関係ないと思ったという。大使にも確認していれば、このようなことは防げたはずなのだが。
ヘンリーの贈り物はファクツ皇国に戻され、ファクツ皇国からオネスト王国に正式な謝罪がなされた。
「オネスト王国から、正式にファクツ大使館へ抗議をした。本国へはヘンリーの現在の状況の照会を行った。ファクツは皇族に甘いというのは知っているが、他国での犯罪に対しても同様の態度であるようだ。悩ましいことであるな」
アルフレッドは、王太子宮のローランドの応接室に招いたアラステアとクリスティアンにそう話した。
ファクツ皇国からオネスト王国には、正式な謝罪があった。オネスト王国の立場で考えれば、あの事件は王族の婚約者に違法薬物を使用したという大きなものだった。ファクツ皇国はあの事件を表沙汰にしない条件の代わりに、接近禁止よりも更に厳しく、第二皇子をラトリッジ侯爵家に一切かかわらせないという約定を密かに交わしていたのだ。
表向きの発表以上に厳しい条件をつけたのは、ノエルを連れて行く以上何をするかわからないとクリスティアンが考えたからである。
今回のことはその約定を破るものであり、オネスト王国としても厳しい態度を取らなければならない。
「ヘンリー殿下は、行動制限は設けられていたが、皇都内であれば自由に出歩いていたようだ。買い物についても、後日に請求が来てから内容がわかるというものであったらしい」
「まあ、まったく自由にさせているのと同じですね。ファクツの皇都でしたら、何も不自由することはありませんでしょう」
アルフレッドの話に、ローランドが呆れたような声を上げる。ファクツ皇国においては、ヘンリーが行ったことは許されることだったのだろう。おそらく、皇国内では皇族は相手が高位貴族であったとしても、傷つけても何も罰せられないのだ。ヘンリー自身、自分がアラステアにしたことがそれほどのことだとは思っていないのだろう。あれでアラステアが命を落としていたとしても、自分は許されると考えていたのではないだろうか。ファクツの皇族は、自国内ではそれほどの特権を与えられているのだ。
「しかし……、アラステアに違法薬物を使っているのに、わたし宛の婚姻の祝いにあのようなものを贈ろうとするなどとは」
「そうだな、ヘンリー殿下はかなり壊れた皇子なのだろう。主人公のノエルとよくお似合いだ」
「あんなものって……、中身は何だったのですか?」
「アルフレッド様。それについては、わたしも聞いていません」
憤るクリスティアンの言葉に、諦めたように答えるアルフレッド。そして、アラステアとローランドは、その中身をまだ知らされていなかった。
クリスティアンとアルフレッドは何とも言えない表情で顔を見合わせると、アルフレッドが頷いて口を開いた。
「媚薬と、オメガの発情促進剤だ」
「え?」
「は?」
アラステアとローランドは、驚きのあまり言葉を続けることができなかった。
ローランドは気持ちを落ち着けるように紅茶を一口飲むと、言いたかったことを口にした。
「媚薬というのもすごい発想ですが、オメガの発情促進剤は基本的には処方薬でしょう。つまり、違法に手に入れた薬物を他国の王子の婿入り先に送ったということですね?」
「……そうだな」
苦々しく頷いたアルフレッドは、その苦さを流すように紅茶を口に含んた。
「ヘンリー殿下は……、オメガを見下げていらっしゃると思っていたのですが、そこまでだったのですね」
「アラステア?」
アラステアの呟きに、クリスティアンは眉を顰めた。
「ああー、そうだったね。わたしとアラステアに対してはそれほど酷い態度ではなかったけど、それはアルフレッドとクリスティアンの婚約者だったからだ。まあ、お二人がいらっしゃらないときは、わたしたちのことをまるで鑑賞対象のお人形みたいに思っているように見えたけれど」
「そう、アルフレッド殿下とクリスティアン様がいらっしゃるときとそうでないときで、全然雰囲気が違いました。何かされるということは、あの日までなかったのですけれど」
クリスティアンとアルフレッドは、ローランドとアラステアの言葉に驚いた。二人のアルファはヘンリーの態度に全く気づいていなかったのだ。ローランドもアラステアも三か月ほどの付き合いだからと、自分の婚約者に他国の皇子の態度を言いつけることなくやり過ごす気持であった。国家の政治的な問題になっては厄介だと考えたからである。
結局あのような事件を起こしてヘンリーは学院を去ることになったが、その根本はノエルからの影響というよりは、彼自身の考え方によるのではないかとアラステアは語った。
ヘンリーの根本にあるオメガ蔑視と、皇族であるという特権階級意識。
「あんなことがなくても、怖い人でした……」
「アラステア……!」
震えながら話すアラステアの様子を見ていたローランドは思わず立ち上がる。そして、アラステアに駆け寄るとその身体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「アラステアっ! わかる。わかるよ。わたしも嫌だった! ものすごく嫌だった!」
「ローランド……!」
抱き合う自分のオメガの様子を見て、クリスティアンとアルフレッドはそれぞれの頭の中でヘンリーへの仕返しの方法を計画していた。
愛する自分のオメガを嫌な気持ちにさせた、怖がらせた人間を許せるアルファなどいない。
皇国の皇子だからと、政治的なことを考慮しすぎた。もう手加減する必要はない。
クリスティアンとアルフレッドはそう考えながら、目を合わせて頷きあった。
★★★★★
ノエルの名前をルカと表記していました。教えてくださった方に感謝します。
ヘンリー皇子は重大な犯罪に手を染めたのに、ファクツ帝国の皇族であったためにオネスト王国への入国禁止と被害者への接近禁止令だけに留められている。それだけでも甘い対処であったのに、どうして彼の送った荷物が被害者の住んでいるラトリッジ侯爵家へ届けられるのか。
調査の結果、なんとヘンリーからの荷物はファクツ帝国の大使館を通して送られていた。対応したファクツの大使館の職員は、留学中に同級生であった第三王子への祝いの品であるから、被害者のアラステアという令息とは関係ないと思ったという。大使にも確認していれば、このようなことは防げたはずなのだが。
ヘンリーの贈り物はファクツ皇国に戻され、ファクツ皇国からオネスト王国に正式な謝罪がなされた。
「オネスト王国から、正式にファクツ大使館へ抗議をした。本国へはヘンリーの現在の状況の照会を行った。ファクツは皇族に甘いというのは知っているが、他国での犯罪に対しても同様の態度であるようだ。悩ましいことであるな」
アルフレッドは、王太子宮のローランドの応接室に招いたアラステアとクリスティアンにそう話した。
ファクツ皇国からオネスト王国には、正式な謝罪があった。オネスト王国の立場で考えれば、あの事件は王族の婚約者に違法薬物を使用したという大きなものだった。ファクツ皇国はあの事件を表沙汰にしない条件の代わりに、接近禁止よりも更に厳しく、第二皇子をラトリッジ侯爵家に一切かかわらせないという約定を密かに交わしていたのだ。
表向きの発表以上に厳しい条件をつけたのは、ノエルを連れて行く以上何をするかわからないとクリスティアンが考えたからである。
今回のことはその約定を破るものであり、オネスト王国としても厳しい態度を取らなければならない。
「ヘンリー殿下は、行動制限は設けられていたが、皇都内であれば自由に出歩いていたようだ。買い物についても、後日に請求が来てから内容がわかるというものであったらしい」
「まあ、まったく自由にさせているのと同じですね。ファクツの皇都でしたら、何も不自由することはありませんでしょう」
アルフレッドの話に、ローランドが呆れたような声を上げる。ファクツ皇国においては、ヘンリーが行ったことは許されることだったのだろう。おそらく、皇国内では皇族は相手が高位貴族であったとしても、傷つけても何も罰せられないのだ。ヘンリー自身、自分がアラステアにしたことがそれほどのことだとは思っていないのだろう。あれでアラステアが命を落としていたとしても、自分は許されると考えていたのではないだろうか。ファクツの皇族は、自国内ではそれほどの特権を与えられているのだ。
「しかし……、アラステアに違法薬物を使っているのに、わたし宛の婚姻の祝いにあのようなものを贈ろうとするなどとは」
「そうだな、ヘンリー殿下はかなり壊れた皇子なのだろう。主人公のノエルとよくお似合いだ」
「あんなものって……、中身は何だったのですか?」
「アルフレッド様。それについては、わたしも聞いていません」
憤るクリスティアンの言葉に、諦めたように答えるアルフレッド。そして、アラステアとローランドは、その中身をまだ知らされていなかった。
クリスティアンとアルフレッドは何とも言えない表情で顔を見合わせると、アルフレッドが頷いて口を開いた。
「媚薬と、オメガの発情促進剤だ」
「え?」
「は?」
アラステアとローランドは、驚きのあまり言葉を続けることができなかった。
ローランドは気持ちを落ち着けるように紅茶を一口飲むと、言いたかったことを口にした。
「媚薬というのもすごい発想ですが、オメガの発情促進剤は基本的には処方薬でしょう。つまり、違法に手に入れた薬物を他国の王子の婿入り先に送ったということですね?」
「……そうだな」
苦々しく頷いたアルフレッドは、その苦さを流すように紅茶を口に含んた。
「ヘンリー殿下は……、オメガを見下げていらっしゃると思っていたのですが、そこまでだったのですね」
「アラステア?」
アラステアの呟きに、クリスティアンは眉を顰めた。
「ああー、そうだったね。わたしとアラステアに対してはそれほど酷い態度ではなかったけど、それはアルフレッドとクリスティアンの婚約者だったからだ。まあ、お二人がいらっしゃらないときは、わたしたちのことをまるで鑑賞対象のお人形みたいに思っているように見えたけれど」
「そう、アルフレッド殿下とクリスティアン様がいらっしゃるときとそうでないときで、全然雰囲気が違いました。何かされるということは、あの日までなかったのですけれど」
クリスティアンとアルフレッドは、ローランドとアラステアの言葉に驚いた。二人のアルファはヘンリーの態度に全く気づいていなかったのだ。ローランドもアラステアも三か月ほどの付き合いだからと、自分の婚約者に他国の皇子の態度を言いつけることなくやり過ごす気持であった。国家の政治的な問題になっては厄介だと考えたからである。
結局あのような事件を起こしてヘンリーは学院を去ることになったが、その根本はノエルからの影響というよりは、彼自身の考え方によるのではないかとアラステアは語った。
ヘンリーの根本にあるオメガ蔑視と、皇族であるという特権階級意識。
「あんなことがなくても、怖い人でした……」
「アラステア……!」
震えながら話すアラステアの様子を見ていたローランドは思わず立ち上がる。そして、アラステアに駆け寄るとその身体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「アラステアっ! わかる。わかるよ。わたしも嫌だった! ものすごく嫌だった!」
「ローランド……!」
抱き合う自分のオメガの様子を見て、クリスティアンとアルフレッドはそれぞれの頭の中でヘンリーへの仕返しの方法を計画していた。
愛する自分のオメガを嫌な気持ちにさせた、怖がらせた人間を許せるアルファなどいない。
皇国の皇子だからと、政治的なことを考慮しすぎた。もう手加減する必要はない。
クリスティアンとアルフレッドはそう考えながら、目を合わせて頷きあった。
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