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77.初めての夜
しおりを挟むラトリッジ侯爵邸で開催された披露宴は、格式通りに行われた。宴の最中にローランドが「これでアラステアはわたしの義弟だね!」と言いながらアラステアをぎゅうぎゅう抱きしめて、皆の生温い視線を浴びたことだけが、予定外だったといえるだろう。これも、微笑ましいエピソードとして後の社交界での話題となる。そしてこの事態を、クリスティアンとアルフレッドは予想していたようではあるのだが。
アラステアの親族はといえば、ジェラルドは二人の新婚家庭に入り浸る予定にしていたし、ジョナサンとイブリンもしばらく王都で過ごしてアラステアを可愛がっていてある程度の満足感を得ていたため、貴族らしい風情で宴に臨むことができていたようだ。
もちろん、そうなるためにクリスティアンが多少の我慢をしていたのは、いうまでもない。そしてクリスティアンは、もう我慢する必要はないと思っている。自分のオメガを囲い込みたいアルファの情熱に勝てる者がいないのは、皆知っていることだろう。
時が過ぎ、アラステアとクリスティアンは退場する。新婚の二人は、初めての夜を迎えるのだ。昔は一晩中宴が開催されていたものだが、最近では早々に宴もお開きになることが多い。
挨拶をして退場するアラステアには、何とも言えない恥ずかしさがあった。
しかし、そんなことを表情に出す方がもっと恥ずかしい。
そう考えるアラステアの顔には、この三年間で祖母とローランドに鍛えられて会得した貴族の曖昧な笑みが貼り付けられていたのであった。
◇◇◇◇◇
アラステアは湯あみをした後、エイミのマッサージを受けた。それから頼りない夜着を着て、初めて使う主寝室のソファに座る。エイミはハーブティーをアラステアの前に置くと、黙って部屋を出て行った。
アラステアがハーブティーを飲みながら落ち着かない気持ちでいると、寝室とつながっている伴侶の部屋の扉がノックされた。誰がノックをしたのかはわかっている。それなのにアラステアは、その音に驚いて体を跳ね上げたのだ。そんな自分に戸惑いながらもアラステアは深呼吸をし、かすれた声で「どうぞ……」と入室を促した。
扉を開けて入って来たのは、ガウンを身につけたクリスティアンだ。湯上りのクリスティアンは美しく、壮絶な色気を放っているのだが、アラステアはそれが色気と呼ぶものだとはわからないでいる。しかし今夜は、クリスティアンを見ているアラステアの胸はいつも以上に高鳴るし、頬には熱が集まって来るのだ。
クリスティアンは、アラステアの隣に腰を下ろし、その手を取った。
「アラステア、今日は疲れただろう」
「いえ……、うれしすぎて興奮してしまっているので、疲れはあまり感じていないかもしれません」
「そうか、アラステア……」
「あ、クリスティアン様のハーブティーをお入れします」
「いや、それは必要ないから……」
「では、ブランデーでも……」
「アラステア、飲み物はいらないよ。それより、わたしが欲しいのは……」
いつになく饒舌なアラステアを微笑ましく思いながら、クリスティアンは飲み物を断った。
「クリスティアン様……」
「アラステア、今夜わたしが欲しいのは、アラステアだよ。わたしたちの初めての夜だ……」
「はじめてのよる……」
クリスティアンは、大きく目を見開いて自分を見るアラステアの顎をとると、ほんのりと赤く色づいた唇に自分の唇を重ねた。
クリスティアンは唇でアラステアの唇に何度か触れてから、上唇を食み、そして下唇を食んだ。そして、その唇を強く吸い上げる。
「アラステア、愛しているよ……」
「クリスティアン様、僕も……、僕もクリスティアン様を愛しています……」
クリスティアンは再びアラステアに口づけをする。呼吸をするためだろうか、アラステアが薄く開いた唇の隙間に、クリスティアンは自らの舌を滑り込ませて、その舌を絡めとった。
クリスティアンの舌は、アラステアの舌を撫でてから、上顎を擦り、歯列を確かめるように動いていく。
「んぅ……ん……」
口の中で蠢くクリスティアンの舌のゆっくりとした動きに翻弄されたアラステアは、うまく呼吸をすることができない。アラステアは無意識にクリスティアンの腕に両手で縋りつく。
クリスティアンは愛しいオメガのその動きに、満足感を憶えながら、更に舌を動かした。クリスティアンの手はアラステアの耳を擦ってから、首筋を撫で、そして項と肩を往復するように動いていく。
アラステアは、自分の体温が少し上がったような気がした。
クリスティアンがアラステアから唇を離すと、銀色の糸が二人を繋いでいる。まるで二人を繋ぐ運命の糸のようだ。
「アラステア、もっと……、もっと愛し合おう……」
「はい、クリスティアン様……」
クリスティアンがアラステアを抱き上げると、梔子の花のような香りがふわりとする。発情期ほどではないが、性的な高まりによって、アラステアはうっすらとオメガのフェロモンを出しているのだ。アラステアも、クリスティアンのアンバーに似たフェロモンの香りを感じながら、うっとりとその胸に顔を寄せた。
クリスティアンはアラステアをベッドに下ろして、その夜着を寛げた。そして自分はガウンを脱いで下衣だけの姿になり、鍛えられた上半身の筋肉をさらけ出した。
白い肌が露わになり、思わず身を捩ったアラステアだったが、次の瞬間には、クリスティアンの姿に釘付けになった。
目の前にいる美しいアルファは、蠱惑的な香りを漂わせて、自分の姿を見つめている。
アラステアは、クリスティアンの前に肌を晒していることの羞恥と、愛しいアルファに囚われるオメガとしての喜びとに頬を染め、その紫色の瞳を潤ませた。
「綺麗だ。アラステア」
クリスティアンは、愛しいオメガの香りを確認するように深呼吸をしてから、アラステアの唇に自らの唇を重ねた。
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