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74.独占欲丸出し
しおりを挟む「アラステア、わたしたちが婚約を結んだときに二人で約束したことを覚えているかい? アラステアはわたしが好きな人と添えるように協力してくれると」
「……はい、覚えています。お約束は守ります」
「良かった……。アラステアが協力してくれなければ、わたしの思いはかなわないところだった」
「クリスティアン様、大袈裟です」
確認のようなやり取りの後、今度こそ、婚約白紙が告げられるのだとアラステアは覚悟をした。そして、好きな人と添えるように協力するという約束のことをこの場で出すということは、パーティー会場にクリスティアンの望む人物がいるのだろう。アラステアはそう予想をした。しかし、クリスティアンはいつも自分の傍にいたので、誰を見つめていたのかアラステアには皆目見当がつかない。クリスティアンが求める人は誰なのかと考えるだけで、アラステアの心が痛む。
痛む心を抱えたまま、アラステアはクリスティアンを見つめた。
アラステアの紫色の瞳を見つめて微笑むクリスティアンの赤い瞳が、ライトアップの光を反射して煌めき、とても美しい。
この美しい人を、こんな間近に見つめるのも最後になるのかもしれない。
アラステアはそんなことを思いながら、クリスティアンの次の言葉を待つ。まるで一秒が千秒にも感じるような気持ちで。
「アラステア、わたしが好きな人と添うためには、君が必要だ。
わたしが好きなのは君だ。これからは、書類上の婚約者ではなく、君のことを愛している婚約者としてわたしを受け入れて欲しい」
クリスティアンはそう告げると、アラステアの指先に口づけを落とした。
アラステアは、クリスティアンの言葉に驚いて、声も出なくなっている。もしこの場にローランドがいれば、この言葉に驚くなど洞察力がなさすぎて高位貴族としての教育のやり直しを勧められるところであっただろう。そして、もしこの場に祖母がいれば、この程度のことで声が出なくなるなどとは、やはり高位貴族としての教育のやり直しのための教師を手配されていたところであっただろう。
「アラステア? 返事をくれないか……?」
「クリスティアン様……、貴方と添うのが、僕でよろしいのでしょうか?」
クリスティアンからの催促に答えを返すアラステアは、長い睫毛で風が起こりそうなぐらい瞬きを繰り返していてとても可愛らしい。
「わたしは、アラステアの伴侶となりたい。アラステアを愛している。どうか、わたしを受け入れてくれないか……」
切なげな声で自分に話しかけるクリスティアンの美しい顔を見ているうちに、アラステアの顔には熱が集まって来る。クリスティアンが添いたいのは自分であったことの嬉しさと、面と向かって告白された恥ずかしさで、アラステアは混乱している。
しかし、アラステアはクリスティアンに答えを返さなければならない。懸命に気を奮い立たせたアラステアは、目の前にいる愛しい人に向けて言葉を発する。
「クリスティアン様。僕を貴方の伴侶にしてください。僕も、貴方を愛して……います」
「アラステア! ありがとう! ああ、わたしは幸せだ」
アラステアは恥ずかしさにその場から逃げ出したくなったが、立ち上がったクリスティアンに抱きしめられてしまったため、それはかなわなくなった。
クリスティアンに包み込まれるように抱きしめられたアラステアは、最初は戸惑っていたものの、やがてそれが当然のことであるかのようにその背に腕を回した。
「そろそろ、会場に帰ろうか……」
「はい、クリスティアン様」
愛を確認し、抱きしめ合ってどれぐらいの時間がたったのか。このままパーティーから離脱していては、皆を心配させてしまうと考えたクリスティアンは、仕方なくアラステアの体を腕の中から解放した。
クリスティアンは、自分の言葉に頷いて見上げるアラステアの紫色の瞳は潤み、頬はほんのりと染まり、誰にも見せたくない可愛らしさだと思う。
「さあアラステア、この後のワルツは上級のスウィプルアンドリルトに挑戦するから覚悟しておいてね」
「ええっ! 僕はまだ……」
「ダブルリバースやオーバースピンも……」
「ええええっ」
運動が苦手なアラステアの貴族教育で一番の難関はダンスだ。乗馬の方が様になっているのはどうしてなのかはわからない。
苦手なダンスの話題によってアラステアが真顔になったため、クリスティアンは可愛らしい顔を皆に見せることはなくなったと思ってほっとした。
クリスティアンは真剣な顔をしているアラステアの手を取ると、そのまま指を絡めて手を繋ぎ、会場に足を向けた。
「あ、やっと帰って来た」
「おお、意外に時間がかかったのだな」
ローランドは安心したような表情を浮かべ、手を繋いで帰って来たアラステアとクリスティアンを迎えた。アルフレッドも王族らしい穏やかな表情を浮かべているが、内心ではどうやら弟がうまく事を運んだらしいと判断してひどく喜んでいる。
「兄上、ご心配をおかけいたしましたが、おかげさまで愚弟の望みはかなうことになりました」
「おお、僥倖だな」
「良かった。これからも皆で過ごすことができるね」
「ローランド、ありがとう」
アルフレッドはクリスティアンに言葉を返しながら、その肩を叩く。そして、ローランドはアラステアにいつものように抱き着こうとしたのだが、寸前でその行動を中断した。
「ああ、今日はアラステアに抱き着けないね。クリスティアンは、独占欲丸出しだ」
「それは、今日ぐらい良いかと思ったのだ」
「え? どういうこと?」
「アラステアからクリスティアンのフェロモンの香りがするの。何と言ったら良いのだろう。警戒しているみたいな香りが」
「ええ?」
「ふふ。我も日頃はここまでのことはせぬ。クリスティアン、今後は自重した方が良かろう」
「はい。アルフレッド兄上」
アラステアは、噴水の前でクリスティアンからアルファのフェロモンでマーキングされてしまったようだ。オメガのローランドだけにわかるのならただのフェロモンであるが、アルファのアルフレッドにもわかるということは、かなり強い威圧のフェロモンでマーキングをされているということになる。
ローランドとアルフレッドは些か呆れているようであり、クリスティアンは兄に注意をされながらも嬉しそうだ。そしてアラステアは、ひたすらに困惑していた。
「あの、このまま帰ったら、お祖父様やお祖母様やお兄様にもわかるということだよね……?」
困ったような風情で、ローランドに小さな声で尋ねているアラステアは、とても可愛い。
その可愛いアラステアを抱きしめられないローランドは、無念のあまり奥歯を噛み締めた。
その隣でクリスティアンは美しくて、愛しいアラステアと踊るダンスが始まるのを待っている。
そして、アルフレッドは、微笑まし気に三人を眺めていた。
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