上 下
69 / 88

69.義弟になるはずの二人

しおりを挟む


「もう卒業式ね。いろいろなことがあったのに、なんだか一年はあっという間だったような気がする」
「そうだね。結果的には、主人公はもういないし、断罪劇は起きないだろうし、わたしは晴れ晴れとした気分だよ」

 ラトリッジ侯爵邸の四阿で、アラステアとローランドは紅茶と菓子を前に語り合う。

 ヘンリーがファクツ皇国に帰り、それに伴ってノエルが引き取られて行ったため、卒業パーティーでの断罪イベントはもう起きないだろう。ローランドとアルフレッドはそう考えている。しかし、クリスティアンは最後まで気を抜かない方が良いと考えて、相変わらず自分の手の者に周囲を油断なく探らせている。それは皆の知らぬことではあるのだが。
 そして、アラステアは、断罪は起きないという考えと、何か起きるのではないかという不安との狭間にいた。事件の後からいつまでも不安定な様子のアラステアのことを思いやって、ローランドは二人で話をする機会を増やしている。それは、オメガ同士の方が話をしやすいだろうというローランドの配慮もあってのことだ。
 今日もローランドは、アルフレッドの卒業祝いの相談をするという名目で、ラトリッジ侯爵邸を訪れている。
 ラトリッジ侯爵邸のパティシエが作るココアスポンジの間に生クリームとさくらんぼの蜜漬けを挟んだケーキはローランドのお気に入りだ。今日も数ある菓子の一つとして提供されていた。
 アラステアは優雅にケーキを口に運ぶローランドを見つめる。ローランドの美しい姿は、第一王子アルフレッドの伴侶として並び立つのに相応しいとアラステアは思った。そして近くにいることで、ローランドとアルフレッドは、信頼しあい、愛し合っているということを強く感じている。

「ローランド、卒業式が終わったらアルフレッド殿下と学院生活が送れなくなるね。やっぱり寂しい?」
「そうだね。寂しいという気持ちはあるかな。だけど、アルフレッド様は卒業後に立太子されることがほぼ決まっているだろう? そうなると、王子ではなく王太子の伴侶としての教育が始まるし、婚約者としての公務も増えると思う。寂しいよりも、忙しいと思うようになるのではないかな」
「そう……、そうだね。ローランドも忙しくなるのだった」

 ローランドに寂しくないかと尋ねておいて、自分が寂しそうな顔をするアラステア。そんなアラステアを見たローランドは嬉しそうに微笑を浮かべた。

「ああ、アラステア可愛い。わたしが忙しくなるから寂しいと思ったのだろう?」
「え、ローランド……、いえ、寂しいなどと思ってはいけないのだけど」
「わたしがいなくても、クリスティアンがいるのだから、寂しがることはないと思うのだけれど」
「クリスティアン様は……、クリスティアン様とはそんなに一緒にいてはいけない立場になるでしょう?」
「え? どうして?」

 ローランドは当然だと思って発した言葉だったが、アラステアにとってその内容は当然のことではない。小首を傾げる様子も美しいローランドの疑問に、アラステアは淡々と答える。

「卒業式が終われば……、断罪がなくなれば、僕とクリスティアン様の婚約は終わりでしょう? だから、今までのようには一緒にいられないと思うの。もちろん、同じクラスになればローランドと三人で仲良くしたいとは思うけれど、でも……」

 アラステアとクリスティアンの婚約は、悪役令息が攻略対象者以外と婚約していれば断罪されないのではないかということで始まった。したがって卒業式が終われば、婚約は白紙になるものとアラステアは思っている。主人公のノエルがいなくなったため断罪はなくなったであろうが、卒業式まではこのままの関係でいようとクリスティアンも思っているだろう。しかし、その後はしかるべきときに婚約は白紙になるはずだとアラステアは思っている。
 それに、あの事件の後、クリスティアンは前よりアラステアと距離を置くようになっている。もう自分とそれほど親しくしたくないのだろうとアラステアは感じているのだ。

「……何を言っているの。アラステアとクリスティアンの婚約は王家とラトリッジ侯爵家で正式に契約したものだろう? そんなに簡単に白紙にはできないよ」
「でも、クリスティアン様は、自分が好きな人と婚姻を結びたいと言っていた。
 それに協力することを……、僕は約束した」

 アラステアの話に驚いたローランドはその設定を打ち消そうとする。しかし、ローランドの言っていることは正論だと思いながらも、婚約直後のクリスティアンとの約束をアラステアは持ち出した。ローランドはその美しい若草色の瞳を見開いた後、小さなため息を吐いた。

「ふうん、好きな人と婚姻を結びたい、かあ」
「そう、クリスティアン様には好きな人がいらっしゃるのだから、僕が邪魔をしてはいけないのだと……、思っている」

 やがて自分の義弟になるはずの二人のこじれた様子に、ローランドは自分が何とかしなければならない気持ちになった。
 ローランドが言ったように王家とラトリッジ侯爵家の婚約が簡単に白紙にできるわけはない。そのようなことはわかっていてクリスティアンはアラステアに婚約を申し込んでいるのだ。アラステアもそれは理屈としてわかっていながら、白紙になるなどと言っているのだ。

 クリスティアンもアラステアも実務には優秀なのに、恋愛に関しては拙すぎるのだろうか。いや、クリスティアンは明らかな好意と独占欲を示しているのだから、アラステアが鈍いのだろうか。
 
 そのようなことを考えながらローランドは、果物が豊富に使われたラトリッジ侯爵家の菓子を口に運ぶ。

「このりんごとさくらんぼを合わせたタルトも美味だね」
「そう? お口に合って良かった。カスタードクリームにりんごのブランデーを使っているの」

 アラステアに笑顔が戻ったのを見て、ローランドはほっとする。


 自宅に帰ったらすぐにアルフレッドに手紙を書こう。

 アラステアの可愛い笑顔を見ながら、ローランドはそう決断した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖人君子で有名な王子に脅されている件

綿貫 ぶろみ
BL
オメガが保護という名目で貴族のオモチャにされる事がいやだった主人公は、オメガである事を隠して生きていた。田舎で悠々自適な生活を送る主人公の元に王子が現れ、いきなり「番になれ」と要求してきて・・・ オメガバース作品となっております。R18にはならないゆるふわ作品です。7時18時更新です。 皆様の反応を見つつ続きを書けたらと思ってます。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

婚約破棄と言われても・・・

相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」 と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。 しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・ よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。 *********************************************** 誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...