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68.さくらんぼの蜜漬け

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「ノエル・レイトンは、自分は自分自身が主人公の物語に転生したのだと話していた」

 クリスティアンが、ノエルと面会したときのことを話し始める。眉を顰めながら聞いているアルフレッドは、すでに内容を知っているのだろう。

 ノエルが語る物語の記憶は、クリスティアンのものとほぼ同じ筋立てであった。しかし、ノエル自身は物語の通りになるかどうかを確かめては、同じようにならない部分は切り捨てていったのだという。アラステアやローランドを悪役令息として扱おうとしたのも、エリオットやレイフ、ヘンリーを攻略するときにだけだ。なにより、アラステアもローランドもノエルに関わろうとしなかったうえ、エリオットとヘンリーの攻略がうまくいったので、それ以上働きかける必要がなかったのだという。

「ノエル・レイトンは、物語の通りに進んでいないことを受け入れていたということですか?」
「ああ、そうだね。まず、ノエル・レイトンは、物語の流れがその通りでなくても、攻略対象……、『隠しキャラ』であるヘンリー殿下と結ばれる未来があれば良いと思っていたらしい。そう、ノエル・レイトンの望みはかなったのだ」

 アラステアの疑問にクリスティアンが答える。
 ノエルの物語では『レボリューション』を起こすことができれば、『隠しキャラ』が登場するという設定になっていた。隠しキャラが登場して欲しいノエルと、アルファになりたいエリオットは、利害関係者として恋人のように親しくしていた。
 現実の結果としては、エリオットはベータのままであり、レボリューションは起きていない。しかし、ヘンリーが登場したことで、ノエルはレボリューションが起きてエリオットがアルファになったのだと信じた。そして、エリオットもノエルの言葉を信用して自分がアルファになったのだと思ったのだ。エリオットは、アラステアがつけているコートネイ商会が開発した香油の香りを感じ取ったことで、自分がアルファになってオメガフェロモンがわかるようになったのだと思い込んだ。第二性の検査を受けることなく。

「ヘンリー殿下の登場は、わたしの物語にはなく、ノエル・レイトンの物語でも登場する条件は満たしていない。まるでヘンリー殿下は、この世界が物語通りではないという象徴のようだね」

 ノエルによると、ヘンリーはもっと皇子らしく凛々しいという設定だったという。しかしこの世界のヘンリーは、博愛主義者で遊びに熱心な人物だ。そのような想定外のことになっていても、ノエルとヘンリーはまるで運命の恋人同士のように惹かれ合っているため、今回はハッピーエンドになったのだとノエルは笑っていた。

「先ほどもクリスティアンが言っていた、『今回はハッピーエンド』とは、どういう意味なの?」
「ノエル・レイトンは何度か自分自身が主人公の物語に転生した記憶があるそうだ。そして、全て物語の通りにはならなかったと」
「え? 何度か転生を……?」

 ローランドの問いにクリスティアンが答える。その内容にアラステアは驚きを隠せなかった。

 ノエル・レイトンは、かつて生きていた世界で見聞きした物語の記憶を持って生まれたことがこれまでにも何度かあった。そうして転生した異世界では、自分はいつも主人公であり、美しい攻略対象や悪役令息が登場する物語通りの人物の中にいたのだ。
 ただし、ノエルの記憶にある限り、物語通りになったことはない。これまでは、攻略に成功しても最後に自分が断罪されてしまったり、攻略が全くうまくいかずに命を落としてしまったりしている。
 
『これまでは、イベントの成立にこだわってたんだ。だけどね、今回は途中からイベントの成立を諦めたらうまくいったんだ』

 ノエルはそう言って、本当に幸せそうな顔をして笑ったのだとクリスティアンは皆に話をした。


 だから今回は、罰せられないようにうまく行動したのだとノエルは言っていた。

 そう、ノエルはエリオットがアラステアに乱暴を働くとまでは思っていなかったとその場でも話をしていたのだ。
 クリスティアンは、ノエルのその言葉を信用していない。
 ノエルと話をしていて、彼がこれまでの世界でうまくいかなかったのは、本性が悪辣で犯罪に手を染めるようなことをしていたから、因果応報として訪れた結果なのだろうと判断したのだ。
 アラステアに乱暴を働いたエリオットも、それに加担したヘンリーもノエルに洗脳されているという疑いがある。

 ノエルの良心を信じることはクリスティアンにはできなかった。


「ノエル・レイトンのファクツ皇国での処遇は彼の国に任せることになる。どのように処したのかは国を通じて知らせがあるだろう。そうだな、ノエル・レイトンにとっては……、ハッピーエンドなのであろうな」

 アルフレッドの言葉を聞いたローランドはため息を吐き、クリスティアンはアラステアの手を強く握った。

「ところで、ノエル・レイトンは、オネスト王国には帰ってこないということでよろしいのでしょうか?」
「ああ、ファクツ皇国で、終生を送ることになるはずだ。その長さはわからないがな」

 ノエルのその後を確認したアラステアは、アルフレッドの答えにほっとした顔をした。


「さあ、ではお茶会のお菓子をお出ししましょう」
「はい、ラトリッジ侯爵領特産のさくらんぼの蜜漬けは、蜜だけで漬けたものとリキュールを加えたものの二種類をお持ちしました。試作品ですから、改善の余地がございます。ぜひご感想をくださいませ」

 ローランドが新しいお茶とお菓子を出す指示を出し、アラステアがラトリッジ侯爵領の特産品の説明をする。
 もう二度と厄介な主人公は現れない。アラステアを害そうとした幼馴染も他国の皇子とも再び顔を合わせることはない。
 アラステアもローランドも気持ちを切り替えて、自分の未来へと進むのだ。

 ここまでの話の影を見せないよう、高位貴族らしい振る舞いをする婚約者の姿を見て、クリスティアンとアルフレッドは満足気に微笑んだ。






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