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64.洗脳状態
しおりを挟む「エリオット・ステイシー、どうして君は自分がベータからアルファになったと思ったんだい?」
エリオットは虚ろな表情で、目の前にいる黒髪の美しい男の赤い瞳を見た。先ほどからなされている事件についての事情聴取は、これまでに何度もエリオットが答えていたことばかりだった。
オネスト王国にいる赤い瞳の王子は、アルフレッドだけだ。そう言ったのは誰だっただろうとエリオットは思う。
「第三王子殿下、それは……」
エリオットは、クリスティアンの質問に淡々と答える。
ノエルがエリオットをアルファにしてくれると言った。そのために何度も体を重ねた。
冬の祭礼の日にそれは達成されると。
『レボリューション』を起こすことができたとノエルは言った。冬の祭礼の日に体を重ねた後で。
『エリオットのアリーから、良い香りがするようになっただろう?』
ノエルの言うとおり、エリオットはアリーが通り過ぎた場所から芳しい薔薇園のような香りを感じ取ることができるようになった。
エリオットは、きっとこれがアリーのオメガフェロモンの香りなのだと思った。
「アルファになったと思ったのなら、第二性の診断を受けようと思わなかったのか?」
「診断を受けようとは、思いませんでした。当然、アルファになっていると思ったのです」
「どうして、当然アルファになっていると思ったのだ?」
「どうして……?」
エリオットはクリスティアンの疑問に、首を傾げた。
エリオットは、ノエルが自分をアルファにしてくれるという言葉を信じていた。ノエルはエリオットの望みをかなえてくれると言ったのだ。そして、ノエルの望みもかなった。ノエルはヘンリーの恋人になったのだ。
だから診断などしなくても、エリオットはアルファになっているはずだと信じていた。
だって、ノエルはこの物語の主人公なのだから。ノエルの言う通りになるはずだと。
「主人公の言う通りに物語は進んでいくものでしょう?」
「ノエル・レイトンが主人公だと? エリオット・ステイシー、君はそれを信じているのか」
「信じて……」
「君はベータだ。アルファにはなっていない」
クリスティアンの言葉にエリオットは目を見開いた。
そうだった。診断結果を見せられたのだった。自分はベータだと……
エリオットはその診断結果を信じることができずに何度か暴れては、鎮静剤を投与されていた。
「うわあああああああああ!」
叫び出したエリオットを見て、クリスティアンは眉を顰めた。
「興奮させてしまったようだ。すまなかったな」
「いえ、第三王子殿下。これまでも容疑者はベータであると言われると、同じような反応をしておりましたから」
エリオットは騎士たちに拘束されて、連れ去られていく。その光景にクリスティアンは、哀れな者を見るような目を向ける。
「さようなら、エリオット・ステイシー」
クリスティアンはそう呟くと、踵を返してその場から立ち去った。
クリスティアンは、その足でアルフレッドの執務室へ向かった。人払いをした後、クリスティアンはエリオットの供述やその様子についての詳細を、アルフレッドに伝える。
エリオットはノエルにアルファにしてもらったから、アラステアを番にできると信じていた。そして、たとえ婚約者がいても番になってしまえば自分の伴侶にすることができると思い、今回の凶行に及んだのだと供述した。
「洗脳状態にあるのは、間違いないようですね」
「ふむ。医師によると、ヘンリー殿下も軽い洗脳状態である可能性があるようだ。どうやら、ノエル・レイトンにはそのような才能があるのだな」
「それこそ……、主人公補正というものかもしれません」
クリスティアンの記憶にある物語の主人公は、『洗脳』というような技術を持ってはいなかった。この世界のノエルが、生きていくうえで身につけた技術なのかもしれないのであるが。
そして、エリオットはアラステアの婚約者がクリスティアンであるという認識が希薄だった。
『物語には登場しない』
エリオットは、ノエルがそう言ったからあまり考えなくても良いことだと思っていた。
そう、『アリーの婚約者』も、『第三王子のクリスティアン』も物語には登場しない。アラステアはエリオットと婚約したいはずであるし、オネスト王国には王子は二人しかいない。
だから、そのようなことは気にしなくて良い。
エリオットはクリスティアンの質問にそう答えた。
「そこまで洗脳されているのか」
「ええ。厄介なことです」
エリオットが現実世界に戻ってくることができるのかどうかはわからない。クリスティアンはエリオットとの会話で、そのように感じていた。
そして、ヘンリーがアラステアに使用した薬の入手先がノエルであったことから、彼も王宮の騎士団に参考人として呼ばれている。ノエル自身はそんな薬だとは知らなかったと惚けているし、拘留できるほどの容疑ではないためアルフレッドやクリスティアンは接触できていない。
しかし、ノエルがヘンリーを洗脳したということになれば、他国の皇族に対する加害行為となるため堂々と逮捕をすることができるだろう。
ヘンリーへの加害があったのは、オネスト王国の失態ともいえる。しかし博愛主義者として有名なヘンリーの恋愛沙汰の中で起きたことであり、更に彼が第三王子の婚約者への加害に加担しているという瑕疵がある。
「まあ、ファクツ皇国との交渉は我がうまく収めよう」
「兄上、よろしくお願いいたします」
アルフレッドの言葉に、クリスティアンはほっとしたように頬を緩めた。
「この後は、ラトリッジ侯爵邸へ行くのか」
「はい、アラステアの無事な顔は毎日見なければ安心できません」
「そうだな、アラステアも其方の顔を見た方が安心するだろう」
クリスティアンはアルフレッドの言葉に笑顔を向けながら、愛しい婚約者の顔を思い浮かべた。
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