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57.執拗な提案
しおりを挟む「軽い捻挫なのだったら、明日からでも学院に復帰するだろうし、見舞いには行かない方が良いだろうな。話が大きくなれば、そのぶつかった男爵令息とやらの立場も悪くなるだろう。
そう、守ろうとしてくれたことへのお礼の品を送っておくか。アラステアがそれに添えるカードを書けば良かろう」
アラステアの祖父はラトリッジ侯爵の顔をしながらそう言うと、家令に贈り物の手配をするよう指示を出す。そして、コートネイ商会を通して贈り物の手配をすれば、ジェラルドが状況を察してくれるだろうと祖父は考えていた。
◇
エリオットが大階段から落ちた日の放課後に、ヘンリーは見舞いに行くと言い、更にアラステアをステイシー伯爵家に連れて行こうとした。それに待ったをかけたのは、アラステアの婚約者であり、オネスト王国第三王子であるクリスティアンだ。
「我が国の貴族家同士の約束事に口を出されては困る。家長の許可が必要だ」
クリスティアンは、強引にアラステアを連れて行こうとするヘンリーを厳しい言葉で押しとどめた。
エリオットがアラステアに接近禁止となっているのは、ラトリッジ侯爵家からステイシー伯爵家への申し入れによるものである。ゆえに、アラステアがステイシー伯爵家と関りを持つのであれば、家長であるラトリッジ侯爵の許可が必要となるのだ。
ヘンリーはその話を聞いて不満な気持ちを抱いたものの、クリスティアンの話に諾と答えるしかなかった。
◇
祖父の用意した簡素なカードにエリオットへの感謝と見舞いの言葉を書き込んだアラステアは、家令にそれを手渡す。
「ふむ。ヘンリー殿下は、どうしてそのようにアラステアをエリオットと会わせようとされるのか。ヘンリー殿下は何をお考えなのかな?」
「それは……」
祖父の問いに対する答えをアラステアは持っていない。どうしてヘンリーは、アラステアをエリオットと会わせようとするのだろうか。
ヘンリーは、主人公ノエルと親密な関係を築いている。そのノエルとのつながりで、ヘンリーはエリオットとも友人関係であるらしい。
アラステアにとってはそれが、得体の知れない恐ろしさになる。
自分を悪役令息にするために必要なこととして、ノエルがヘンリーを焚きつけているのではないか。
アラステアは、そのような疑いを持ってヘンリーの行動を見るようになっている。
エリオットにアラステアを庇おうという気持ちはあったのだろう。しかし、実際にアラステアを守ったのは護衛であるし、エリオットにぶつかったのはノエルである。
祖父にとっては、まったく瑕疵の無いアラステアに過剰な罪悪感が生まれないだろうかということの方が心配なことであった。
「ラトリッジ侯爵家より見舞いの品とカードを贈りましたので……」
「ええー、じゃあさ、エリオットが復帰してきたら会いに行こうよ。学院の中だったら、一回ぐらい会っても良いだろう?」
ヘンリーは、学院でアラステアと顔を合わせるなりラトリッジ侯爵家の判断を確認して来た。アラステアの返答にがっかりしたヘンリーは、まだエリオットと会うことを勧めてくるのだ。
アラステアは穏やかで忍耐強い性格だが、流石にヘンリーの執拗ともいえる提案には辟易していた。
「いえ、家長にそれは必要ないと言われておりますので、お断りします」
「でも……」
「ヘンリー殿下、アラステアに嫌なことをさせようとなさるのはやめてくださいませ」
「ローランド? え? 嫌なこと?」
きっぱり断ったアラステアの言葉に、ヘンリーはなおも自分の意見を通そうと食い下がってくる。それを聞いたローランドはアラステアを抱きしめると、毅然とした声でヘンリーに意見した。
以前にも、ローランドはアラステアがエリオットから酷い侮辱を受けたのだと言う話をヘンリーに伝えている。それなのに、どうしてヘンリーがアラステアとエリオットを会わせたがるのか。
ローランドから見れば、ヘンリーはアラステアに嫌がらせをしているとしか思えないのだ。クリスティアンが席を外しているときにそのような話をするのも、質が悪い。
「いや、エリオットはアラステアのことを可愛い幼馴染だと思っているように話しているから……、わだかまりを解いた方が良いように思ったのだが」
「それは、ラトリッジ侯爵家とステイシー伯爵家のことだとお話ししました。両家で時間をかけて進めていく話し合いはしております。」
ヘンリーの言い分に、アラステアは嫡子の立場で答えを返す。ローランドに抱きしめられたままなのが気恥ずかしいが、ここは言い返さなければならない場面だ。
ヘンリーが善意で動いているつもりでも、ラトリッジ侯爵家にとっては迷惑な話でしかないのだ。アラステアは、それをヘンリーに伝えなければならない。ヘンリーがノエルに焚きつけられて善意で動いているつもりなのであれば、なおさらである。
たとえエリオットがあの時のことを後悔しているとしても、アラステアが酷いことを言われたという事実は変わらない。
その辺りのことがヘンリーには、どうやら致命的にわからないのだろう。ファクツ帝国は安定した政情で、正妃しかいない。皇子と皇女は皆、仲が良く、ヘンリーが浮名を流していてもおおらかに受け止めてもらえるお国柄だ。
第二皇子に酷いことを言うような者はいないだろう。そしてヘンリーは、他者のそういうことを想像することも難しい性質なのである。
片方からの都合の良い話で、皇族が動くのは迷惑なことだ。
そしてヘンリーは、それを何度も繰り返す。
なんと厄介なことだろう。
後で話を聞いたクリスティアンは、これも物語補正か何かなのだろうかと考え込んだ。
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