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48.子どもっぽいから

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 それは王宮の応接室で、アラステアとクリスティアン、ローランド、アルフレッド、そしてヘンリーの五人で茶会をしているときであった。

「ウォルトン公爵令息、ラトリッジ侯爵令息。
実は……、ノエルが君たちに虐められたと言っているのだけれどね」
「ええ?」
「は?」

 アラステアとローランドは、ヘンリーの言葉に驚きを隠せない。もちろん、鍛え上げられた表情筋は二人を落ち着いた様子に見せてはいるが、変な声が出てしまう程度には動揺してしまっていた。



 ヘンリーとノエルは、カフェテリアでの「運命の出会い」の後に急速にその距離を縮めていた。
 二人がランチタイムをともにカフェテリアで過ごしたり、放課後に中庭で語り合ったりしている様子は、まるで恋人のようだと周囲からは噂されている。
 かつてはノエルの恋人だといわれていたエリオットとヘンリーとは、ノエルをめぐってひと悶着あったのだという話も学生の間では囁かれている。
 ヘンリーによると、実際に「ノエルは俺のものだ」というエリオットと「恋愛は自由だ」というヘンリーは、中庭で言い争いになったようだ。そして最終的に、ノエルはヘンリーを選んだのだという。
 つまり、学生の間で囁かれているのは事実であった。

 これについては、王宮で茶会をしているメンバーはヘンリーから自慢話として聞いていた。皆がなんともいえない気持ちになったのは、いうまでもない。
 それを伝えるヘンリーは、ひたすら嬉しそうであったのだが。

 それとともに、エリオットはノエルから離れ、元のようにドミニクとショーンとともに行動するようになっている。これは、カフェテリアでもその姿が見られている。



「レイトン男爵令息は、どんな虐めを受けたといっているのだ?」
「ああ、教科書を破かれたり、噴水に突き落とされたりって言ってたなあ。ふふふ」

 クリスティアンの質問に対して、ヘンリーはとても愉快そうに答えている。ノエルについて語るヘンリーはいつも機嫌が良い。その虐めの内容が何に由来するのか考えるだけで、クリスティアンはほの暗い気持ちになるのであったが。

「そんなひねりのない虐めなのか……」
「アルフレッド殿下、俺もウォルトン公爵令息やラトリッジ侯爵令息がそんな幼稚なことをするとは思っていませんよ。言い方が悪かったですね
 そもそもお二人には、ノエルを虐める理由がありませんし」
 
 アルフレッドの憮然とした呟きを聞いたヘンリーは、取り繕うように言い訳をした。ノエルの狂言に過ぎないだろうと。
 大切な婚約者を虐めの犯人のように言われるのは、気持ちの良いことではない。それは不味かった。アルフレッドの反応を見たヘンリーは、そう考えたようだ。

 『コイレボ』において、アラステアは婚約者候補や兄を誘惑するノエルが許せなくて虐めを行う。そして、ローランドは婚約者とその弟である王族を誘惑するノエルが不敬だということで虐めを行うのだ。
 今回の状況でいえば、隣国の皇子を誘惑するのは許せないといったところでノエルを虐めることになるのだろう。

 しかし、現実問題として、アラステアにしてもローランドにしても、自分たちに実害がない隣国の王子を誘惑したからといってノエルを虐める意味はない。ましてや、ヘンリーは有名な博愛主義者なのだ。彼がちょっかいをかける人物を、いちいち虐めてはいられない。むしろヘンリーの楽しみの邪魔をして機嫌を損ねる方が、王子の婚約者としては不味いだろう。

 不祥事を起こさないように見守るのが、せいぜいだ。
 その見守りも、アラステアやローランドの仕事ではなく、クリスティアンやアルフレッドが部下に命じてさせることになるのが筋であろう。


「どうして、レイトン男爵令息はわたしたちの名前を出したのでしょう」
「あの、ヘンリー殿下はどうしてレイトン男爵令息がそのようなことを言い出したと考えていらっしゃいますか?」

 ローランドとアラステアは、ノエルが『コイレボ』の状況を作り出そうとしてそのようなことを言い出したのだろうと考えているが、あえてヘンリーに質問を投げかけた。
 ヘンリーがそれをどのように考えるかによって、今後の行動の仕方が変わるからだ。アラステアもローランドも、危ない目には遭いたくないのだから。
 もっとも、二人には常に王家からの護衛が付いており、王家の影が見守っている状態であるから、冤罪のかけようはないのだが。

「え、ただ単に俺の気を惹きたいだけでしょう? 二人が俺の傍にいるから、名前を出しただけだと思うよ。
 ファクツにいるときも、付き合っている子が関係ない子に虐められてるって言ってくることがよくあったし。
 ちょっと幼い子ってそういうふうに言うんだと思ってたんだけど。ノエルは子どもっぽいからね。ちっちゃい子どもを相手にしてるみたいで、面白いんだ」
「え、そんなものなのか?」
「ああ、そんなものだよ。なるほど、クリスティアンは真面目だから想像できないのか……」

 ノエルの狂言を当たり前のこととして受け止めているヘンリーの態度に、クリスティアンは面食らった。
 だがそれは、『コイレボ』の設定にこだわり過ぎていたのかもしれないとも思いなおすきっかけにもなった。そして、アラステアとローランド、アルフレッドにしても同じ思いに至ることでもあった。
 そう、『コイレボ』を知らないヘンリーにとって、恋人の気を引くために多少の嘘を吐く相手というのは現実に存在するということだ。

 もちろん、そのような行動を好ましいと思うかどうかは別であるけれども。

 少なくとも、ヘンリーはそのノエルの発言を『面白いもの』として捉えているらしい。ということは、アラステアとローランドの断罪から身の破滅を招くようなイベントには進展しないだろう。

 今のところは。


「ラトリッジ侯爵領のりんごの蜜漬けは美味しいな。ファクツに輸入できるだろうか……」
「あ、あのコートネイ商会で取り扱っております。製菓用なので、皇室には直接はお入れしていないと思いますが」
「そうか、コートネイ商会から直接買い付ければ良いのか」

 嬉しそうな顔をしてりんごの蜜漬けを口に運ぶヘンリーが、自分たちを断罪するとは到底思えない。
 しかし、物語の強制力というものがあれば何が起こるのかはわからない。注意するに越したことは無い。

 そう考えながら、アラステアはヘンリーにりんごの蜜漬けの説明をするのだった。


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