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45.設定の通り
しおりを挟む「ステイシー伯爵家から送られてきた釣書には、エリオットがベータだと書かれていた」
アッパースクエアにあるカフェの個室で、ジェラルドは、ステイシー伯爵家からコートネイ伯爵家に送られた婚約の打診についての話を始めた。
それを聞きながら、クリームがたっぷり添えられたフルーツタルトを、アラステアは無言で口に入れた。
第二性については、オメガのネックガードのようなはっきりとしたものがなければ、あまり周囲に知らせることではない。しかし、結婚する場合にはそれを明らかにしなければならないことはいうまでもない。
したがって、婚約の申し込みをするときは、第二性も釣書に明記する。特に、後継を残さなければならない貴族であれば当然のことであろう。
「ステイシー伯爵には、俺とアラステアがそれぞれコートネイ伯爵家とラトリッジ侯爵家の継嗣とならなければならないと父上が説明して、釣書は送り返したと聞いている」
「僕……僕は、エリオットの素行が良くないから縁談を断ったと、お祖父様から聞いていたのに」
「それも本当のことだ。
はじめのうちは、お祖父さまと父上は、アラステアとエリオットが愛し合っているのならば、二人を結婚させても良いと考えていたようだ。その場合は、アラステアが侯爵になって俺の子どもを養子にして……っと。
クリスティアン殿下、睨むのはやめていただけませんか……」
アラステアとエリオットの縁談について話をしていたジェラルドが、クリスティアンの赤い瞳に射竦められたように身を縮めた。
「いや、睨んでなどいない」
そう言って窓の外に視線を移したクリスティアンの左手は、アラステアの手をしっかりと握りしめている。
クリスティアンは、ジェラルドの前でもアラステアに対する愛情や独占欲を隠すことはしない。
ジェラルドは、その様子を微笑ましいもののように見つめた。
そもそもジェラルドは、クリスティアンの前でエリオットの話をするつもりはなかった。しかし、クリスティアンがその顛末を聞きたいというので、仕方なく話題にしたのである。
幼い頃はともかく、アラステアの心はエリオットにはまったく残っていないとジェラルドは思っている。
アラステアを囲い込みたいクリスティアンは、婚約者につく悪い虫になる可能性のある者には注意を払っておきたいのだろう。
それは、アルファがオメガの婚約者に向ける当然の感情である。
自分もアルファであるジェラルドは、そんなふうにクリスティアンの気持ちを慮ってエリオットの話をしたのであった。
クリスティアンの方は、『コイレボ』のことが頭にあってジェラルドの話を聞きたかったのである。それはそれで、ジェラルドの知るところではない。
ステイシー伯爵家からコートネイ伯爵家に釣書が届けられたのは、エリオットがアラステアとの結婚を望んでのことだったのか。それともステイシー伯爵が独断で行動したことなのか。
『コイレボ』の中では、アラステアとエリオットは婚約をしてはいない。物語の中のエリオットは、婚約者ヅラをする『アリー』に辟易しているのだ。それを、主人公ノエルにも『アリー』にも訴える場面が何度も出てくる。
エリオットがあのように荒んだ行動を取っていなければ、アラステアと婚約をしていた可能性もあるのだ。
婚約をしなかったのは、物語の強制力というものかもしれない。しかし、ステイシー伯爵家から婚約の打診をしていたのであれば、アラステアの勝手な行動だと言ってエリオットが怒りを感じる理由がなくなってしまう。
仕事が残っているジェラルドとはカフェで分かれ、アラステアはクリスティアンとともに帰りの車の中にいた。
「アラステア、エリオットがベータなのは『コイレボ』の設定の通りだ」
「え?」
クリスティアンの言葉に、アラステアは驚きの声を上げる。
「『コイレボ』のアリーは、エリオットがベータでも結婚したいと考えていたのだろうね。主人公ではないから細かい描写はなかったけれど」
「そう……そうなのですね」
クリスティアンの話を聞いたアラステアは、車の窓から街並みを眺めた。そして、自分自身はどうなのだろうかと考えた。
物語の中の『アリー』はオメガだけれど、コートネイ伯爵家の次男であってラトリッジ侯爵家の嫡子ではなかった。それも、『コイレボ』と現実の判断を異なったものにする要素ではあるだろう。
そして、『コイレボ』でも現実でもベータのエリオットはオメガのノエルと恋人同士になっているのだ。その対象がオメガの自分になっても良いのではと考えても不思議ではないのかもしれない。
しかし、入学式で冷たく突き放されて、アラステアはエリオットに対する恋心をなくしてしまった。それは、その程度の気持ちだったのだろうと今になれば思える。
「僕は……、エリオットがアルファでも、ベータでも、結婚したいとは思いません」
「アラステア……」
恋心をなくしただけではない。
アラステアは、自分がラトリッジ侯爵家を継いでいくという責任感を強く持つようになっている。その責任感が、エリオットは、ラトリッジ侯爵家をともに盛り立てていくのに相応しい人物ではないと判断させるというのもあるのだ。
目の前にいるクリスティアンであれば、それに相応しいだろう。
だけど、二人の婚約は『コイレボ』の物語が終るまでのことだ。その後は、クリスティアンが好きな人と結ばれるために協力をして、自分はラトリッジ侯爵家に相応しいアルファの伴侶を得なければならない。
それを悲しいと思う自分はどうかしているとアラステアは思うのだ。
車の中でクリスティアンが自分の手を握り、髪を撫でるのを、嬉しいとも寂しいとも思いながら、アラステアは静かに目を閉じた。
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