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43.新しい複合施設

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 アラステアとクリスティアンは、調香室を見学した後、小売り部門に足を運んだ。
 小売部門で買い物をしているのは下位貴族や富裕層の平民の令息令嬢が主だ。高位貴族は、先ほどの調香室の傍にある来客用の個室で買い物をするのが通常である。

「こちらの新しい化粧品お試しになった?」
「ええ、肌がしっとりとして、調子がよろしいのよ」
「それにあの香りの素晴らしいこと」

 アラステアたちよりは年上のご令嬢が、化粧品のサンプルを手に取りながら話しているのが聞こえてくる。どうやら、友人同士で買い物に来たようだ。
 アラステアは、彼女たちの会話にひっそりと聞き耳を立て、コートネイ商会の化粧品が高評価を得ていることを確認して密かに微笑んだ。

「うん、コートネイの化粧品は評判が良さそうだね」
「っ……!」

 不意打ちで、クリスティアンが耳元でささやいたので、アラステアは声を上げそうになるのを必死に堪えた。調香室でクリスティアンがアラステアに近づくのは香りを確かめるためだという話をしていたところではある。だが、今はそんな必要もないのにクリスティアンは、アラステアの腰に手を添えて顔を近づけてくる。

「クリスティアン様……近づきすぎです」
「大丈夫だよ。これぐらい」

 何が大丈夫なのだろうかとアラステアは思う。クリスティアンは大丈夫でもアラステアは大丈夫ではない。人目もある店の中でこんなに近づかれては、恥ずかしい。

「あらあ、可愛い二人連れですわねえ」
「聞こえますわよ」
「うふふ、あんなに綺麗な子たちだったら眼福というものね」

 店で買い物をしているご令嬢たちが自分たちを見て話をしているのが、アラステアの耳に入って来る。
 恥ずかしい。心臓の鼓動が速くなる。

「お待たせいたしました。次の店へ向かいましょう」

 ちょうどジェラルドが店の奥から出て来て、次へ向かう案内をする。アラステアは、令嬢の視線から逃げるように店を出た。その手はクリスティアンにつながれたままであったのであるが。


 コートネイ商会は手広く商売をしているが、小売りで販売しているのは化粧品と薬、食料品だ。それらはいずれも原材料の多くをラトリッジ侯爵領から調達できる。コートネイ伯爵家にとっても、ラトリッジ侯爵家にとっても、良い提携ができている関係である。

「次は、新しい複合施設の一角に新規開店したばかりの薬局へご案内します。
 父のジョナサンが力を入れている店なのですが」

 最近オネストの王都では、大きな建物の中に違うものを販売する店を集めて経営する複合施設ができた。薬局や小さな医院、衣料品店や雑貨店やカフェなど、買い物が一度に終わるとともにちょっと休憩もできるという施設だ。
 中流以上の平民を対象にしているが、貴族もお忍びで訪れて楽しんでいるという。もちろん、王族であるクリスティアンが足を運ぶのにリスクがないわけではないが、そのためにここの場所では王家だけでなく、ラトリッジの護衛も多く引き連れて行動することになる。

「ほう、たくさんの店が入っているな。警備が難しいから、兄上たちは訪れるのが難しそうだ」
「クリスティアン殿下だけでも、大変でしたよ……」

 クリスティアンが複合施設を見渡しながら話した感想に、ジェラルドはため息交じりの言葉を漏らす。
 大量の護衛を引き連れた状態で薬局の見学をするだけということで、王家からは今日の見学が許された。そして複合施設の支配人は、王族が訪れるということを宣伝に使いたがったが、警備上の都合により諦めたのだった。

 この施設に入っているコートネイ薬局は、調剤薬局と市販薬を扱っている。
 アルファやオメガの抑制剤も扱ってはいるが、緊急性の強い時に処方されるものが多い。不特定多数の人間が出入りする場所では、アルファとオメガの事故も起こりやすくなるだろう。
 それに対応できるようにと、ジョナサンは考えたのだという。

 見学後は、三人はカフェで休憩をすることになっている。この複合施設にもカフェはあるが、ジェラルドは警備のしやすい個室を備えたアッパースクエアにある店を予約していた。
 移動のために薬局を出たところで大きな声が聞こえた。

「我が家はここの系列店と取引があるのにつけがきかないとはどういうことだ!」
「はい、お客様。それはこの複合施設の方針でございまして、現金払いのみということになっております」
「くそっ 祭りでもあるまいし、俺たちが現金を持ち歩くことはない」
「そう言われましても……。
 お使いのできる従者の方などお連れではないのですか?」
「いや、連れていない」
「ええーっ! 僕たちどうすればいいのー?」

 カフェの前で騒いでいるのは、エリオットとノエル、そしてカフェの従業員であった。
 この複合施設は、現金しか使えないという方針になっている。
 オネスト王国では、高位貴族はつけ払いで買い物や飲食をするのが当たり前となっている。しかしそれは、相応の店でということになる。
 そのカフェは、高級店も展開しているが、この施設に入っているのはもう少し庶民的なものを扱っている店だ。

 アラステアはその様子を見て呆然とし、クリスティアンは無表情を貫く。

「やれやれ……」

 ジェラルドはそう言って左右に首を振ると、エリオットとノエルの方へ足を運んだ。



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