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34.不安と不愉快

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 クリスティアンは領地を訪れた翌日から、アラステアとともに領内の主要産業の拠点を順に回った。ラトリッジ侯爵に連れられている跡継ぎの婚約者が、それが第三王子であれば、なおさら歓迎されないわけはない。

 そして、流石のグルテンも、クリスティアンに対しては最上級の礼を持って接した。
 最初に対面したときだけではあるが。

「次期侯爵様もその婿殿も実に頼もしい。ラトリッジ領の将来は安泰だぞ!」

 アラステアとクリスティアンが帰った後に、グルテンはそのようなことを皆に話していた。ただし、アラステアがそれを知ることはなかった。



◇◇◇◇◇



「ラトリッジ領の食品加工技術は誠に素晴らしいな」
「次に行くときは、わたしも連れて行ってね。これだけの美味を並べられたら、新鮮な農作物も食べたくなるよ」

 アルフレッドが称賛し、ローランドが羨む声を上げる。二人の言葉にアラステアは微笑を浮かべ、クリスティアンは頷いた。
 アルフレッドとローランドの注目を集めたラトリッジ領の特産品は、四人が座るテーブルの傍に置かれたワゴンの上にあった。ラトリッジ領の行く先々で業務の説明を受けたクリスティアンは、それと同時に手土産をもらっていた。それが、王宮での四人の茶会に提供されているのだ。

「それで、主人公の様子はどうなのだ?」

 アルフレッドは、ラトリッジ特産の桃のコンポートとマスカルポーネチーズを混ぜた菓子を飲み込んで「美味だな」と呟いてからクリスティアンに質問を投げかけた。

「主人公は、エリオット・ステイシーとの仲を順調に深めているようです」

 夏季休暇中、エリオットはステイシーの本家に帰らなかった。そして、毎日のようにノエルと会っている。
 『コイレボ』において、主人公ノエルの夏季休暇中の行動は、エリオットまたはジェラルドと過ごすことが主流になる。エリオットとは主に市街で雑貨などの買い物をしたり、カフェでスイーツを食べたりするイベントをこなし、レイフと偶然に出会って関係を深めることとなる。そして、ジェラルドとは図書館で勉強をしたり、文房具の買い物をしたりすることで、アルフレッドと市街で出会うチャンスを得ることになる。夏祭りのイベントで、レイフやアルフレッドと逃げていれば、出会う確率が跳ね上がるのだ。
 もっとも今のノエルは、ジェラルドとは関りが全くないため、そのイベントは発生しない。そして、ノエルとジェラルドが市街で偶然に出会うような、『物語の強制力』もない。

「それで、主人公がレイフ殿下と出会うきっかけはあったの?」
「雑貨店でレイフ兄上とは出会いそうな場面があったようだけれど、護衛が気づいて近づかないようにしたようだね」

 ローランドがさくらんぼの入った焼き菓子を切り分けながら発した質問に、クリスティアンは淡々と答えた。

「レイフが雑貨店にいるとは珍しいな」
「ベアトリス嬢に頼まれたものを、買いに行ったようですね」
「ふむ、相変わらず尻に敷かれているのか」

 レイフの婚約者候補であるベアトリスは一歳下であるが、力関係はベアトリスが上だ。それは、幼い頃からの二人の関係で生まれたもので、レイフが一歳年上の王族であるということはどうやら影響していないのだ。
 『コイレボ』では、それに不満を持っていたレイフが主人公ノエルの優しさに惹かれていく。

 しかし、現実のノエルは優しいという以前に傍若無人すぎて、レイフにとってはすでに親しくすべき人間ではないという判断に落ち着いていた。

 主人公ノエルの攻略がうまくいっているのは、エリオットに対してだけだ。
 二人は手をつないで歩き、カフェでお互いの口に菓子を運び、揃いのペンを買い、公園の木陰で口づけを交わす。
 客観的に見れば、恋人同士にしか見えない。
 しかし二人の行動は『コイレボ』の物語をなぞっているだけのようにも見える。

「本当に、エリオット・ステイシーとノエル・レイトンはお互いを愛しているのでしょうか……?」

 アラステアは、心に浮かんだ疑問を口にする。

 少なくともノエルの行動の全ては、イベントを達成するのが目的に見える。デビュタントの夜会での無礼な振る舞いもイベント達成のことしか考えずに行動したのだろうと考えればわかるのだ。物語の通りであれば、彼の行動は夜会の出席者に受け入れられたのだろう。悪役令息であるアラステアやローランド以外の者には。
 ノエルとエリオットが本当に愛し合っているのならば、それで良い。アラステアの関係のないところで幸せになってくれれば良いのだから。

 しかし、イベントを達成しようとすればどうなるのだろうか。

「二人が、愛し合っていて、ただ仲良くしているのであれば良いのです。
 だけど……、また『イベント』のためにローランドや僕を悪者にしようとして何かしてくるのではないかと思うと、不安になります」
「確かにね。アルフレッドがわたしを断罪するとは思わないけれど、ノエル・レイトンの悪意は不愉快だな」

 アラステアとローランドは、自分の気持ちを口にした。何の根拠もなく、悪役に仕立て上げられることへの不安と不愉快な感情。

 それは、いつになったら解消されるのか。卒業式の『イベント』まで続くのか。

「……攻略対象が主人公に攻略されなければ大丈夫だと思っていたけれど、現実のノエル・レイトンはそうはいかないということか」
「そうだな。何か策を講ずるか」

 クリスティアンとアルフレッドは、顔を見合わせて頷くと、自分の婚約者を慰めるように抱き寄せた。




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