31 / 90
31.願いをかなえてあげる
しおりを挟む夏祭りは、オネスト王国の夏の始まりを告げる行事だ。昼の時刻に神殿と王家が祭祀を行う夏の祭礼と、王国の民が祭祀を行っている最中の神殿に参詣してから、市街の露店巡りをして楽しむ夜祭とを合わせて『夏祭り』と呼ばれている。
夜祭りとはいうものの、夏は二十時頃までは薄明るいので、大人も子どもも祭りを楽しむことができる。そして、未成年者はその頃には家に帰るのが通常だ。そこからは、大人の時間となる。
そして、夏祭りの夜に伴侶を得る者も多いのだ。
「婚約者のうちから、王族の祭祀に参加するとは思っていなかった」
「そうか、そう思うよね。参加するといっても、同席するだけなのだけれどね」
アラステアの言葉に、ローランドが笑って答える。
ここは、神殿の祭祀の間だ。夏の祭礼の時、王族はここで白い百合を供えて祝詞を上げる。その間、アラステアとローランドは、白い百合を抱えて座り、その様子を見ているだけのことになる。
神殿によると、それも儀礼の一つであるらしい。
王族が祭礼の所作を復習している間、アラステアとローランドは控えの間でお茶を供されていた。
祭祀の間では、アラステアはローランドの隣で祭礼が終るまで身動きしないで座っていることが求められる。祭礼の予行演習の間、ただ座っているだけであるにもかかわらず、アラステアの全身が痛んでいた。それだけ緊張していたのだろう。
更に、椅子に腰かけているだけでも美しい姿勢と凛とした雰囲気を持つローランドの隣に座ることは、アラステアにとって引け目を感じることである。
入学式の日に美しいローランドの隣に平気で座ることができたのは、世間知らずだったからだという自覚をアラステアは持っていた。
自分の向かい側でお茶を口に運ぶローランドは、優雅で美しい。少しでもその姿に近づきたいと思うアラステアは、せっかくの休憩時間なのに緊張したままお茶のカップを口元に運んだ。
高位貴族は、祭祀の時刻に神殿に参詣し、その後は各々の家族で晩餐を取るのが通例だ。アラステアとローランドも祭祀が終れば自分の屋敷に帰り、家族で晩餐をとる。
ラトリッジの祖父母はアラステアと神殿へ参詣できないことを残念がっていたが、その分、晩餐を充実させようと考えていた。アラステアは、祭礼で疲れ切って帰ったのちに、自分の好きなものが並ぶ晩餐を見て歓喜することになるのだった。
◇◇◇◇◇
エリオットは、まだ学生であるが誕生日が過ぎているため成人年齢に達していた。夏祭りは夜通し遊ぶ予定だ。もちろん、成人年齢になっているというのはいざという時の言い訳として考えただけである。
ステイシー伯爵家も皆が王都にいれば家族で晩餐をとることになっていただろう。夏祭りの時期は、高位や中位の貴族は王都で過ごし、神殿に参詣するとともにその前後にある社交に参加するものであるのだから。
しかし今年、ステイシー伯爵家の領地では、豪雨による被害があったのだ。そのため、エリオットの両親と兄夫婦は、領内の被災地対応のため現在は領地に行っている。
夜通し遊ぶ相手というのは、いつもエリオットとつるんでいるドミニク・マコーネルとショーン・ハントだ。学院に入ってから気持ちが荒んでいたエリオットは、ドミニクとショーンと仲良くなり、それなりに良くない遊びを続けていた。
ステイシー伯爵はエリオットが遊んでいることを知っているが、学生時代に羽目を外すことなどよくあることだと、そういう素行の悪さには寛容な姿勢をとっている。
そうは言っても、神殿の祭祀については別だ。夏祭りの日に未成年の伯爵令息が夜遊びをしているとなれば外聞が悪くなる。そういう理由で、王立学院に入学してからの二年間、エリオットは家族の晩餐に強制的に参加させられていた。
「あいつはオメガのくせにほんとに来る気なのか」
エリオットは、ドミニクとショーンとの夜遊びに参加したいと言ってきたオメガのことを考える。
入学式の数日後、エリオットに近づいてきた一年生は、ピンク色の髪にピンク色の瞳をした可愛らしい男性オメガ、ノエル・レイトンだった。彼はすこし仲良くなったところで、王族であるレイフと知り合うきっかけが欲しいと言ってきた。
エリオットはレイフと仲が良いということはない。
しかし、レイフは第一王子のアルフレッドとは違い、気さくな人物だ。
エリオットがノエルとともに、カフェテリアでレイフに話しかければ、すぐに同席を許してくれた。レイフには、学院内では平等だということを実践したいという気持ちがあったのかもしれない。そして、レイフはベータだから、オメガであっても第一性が男性であるノエルを警戒していなかったのだろう。
その後の二人の様子を見て、エリオットは、レイフがノエルの馴れ馴れしさを受け入れているかのように思っていた。
しかし最近、レイフはノエルを避けている。しかも護衛騎士が先回りして、ノエルがレイフに近づくことができないようにしているようだ。
どうやらデビュタントの夜会でノエルが何かやらかしたということを、エリオットは噂で聞いた。
以前、ダンスの授業のときには公爵令息であるローランドに言いがかりをつけていた。同じように王宮の夜会でもやらかしたのかと思ったが、エリオットにとってはどうでも良いことだ。
「僕に協力してくれたら、君の願いをかなえてあげるよ。僕にはレボリューションを起こす力があるんだ」
ノエルは可愛らしい顔に悪辣な笑みを浮かべて、エリオットにそう言った。
レボリューションというのは、革命という意味らしいが、どうやら本当の革命ということではないらしい。
でも、ノエルがそんなわけのわからない言葉をどこで覚えたのかということも、エリオットにとっては興味の無いことだ。
「本当に願いをかなえることができるのか?」
「大丈夫、僕に任せて」
エリオットは、どうせその願いはかなわないのだと自暴自棄になっていたのだ。学院内や王宮でノエルがやらかしていても、子どもだということで軽い処分で済んでいるらしい。だから、エリオットはノエルがやらかしていても、協力することにしている。
どうせ学院を卒業するまでなのだから、自分の願いをかなえるためにノエルに付き合ってやっても良いだろう。
「かなわない願いだと思ってたんだから、あいつの言うことに賭けてみても良いだろう……」
エリオットはそう呟くと、平民が着るような簡素な衣服を着て、夏祭りで賑わう市街へと向かった。
709
あなたにおすすめの小説
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
悪役令息に転生したので婚約破棄を受け入れます
藍沢真啓/庚あき
BL
BLゲームの世界に転生してしまったキルシェ・セントリア公爵子息は、物語のクライマックスといえる断罪劇で逆転を狙うことにした。
それは長い時間をかけて、隠し攻略対象者や、婚約者だった第二王子ダグラスの兄であるアレクサンドリアを仲間にひきれることにした。
それでバッドエンドは逃れたはずだった。だが、キルシェに訪れたのは物語になかった展開で……
4/2の春庭にて頒布する「悪役令息溺愛アンソロジー」の告知のために書き下ろした悪役令息ものです。
いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます
日色
BL
「ぼく、あくやくれいそくだ」弟の誕生と同時に前世を思い出した七海は、悪役令息キルナ=フェルライトに転生していた。闇と水という典型的な悪役属性な上、肝心の魔力はほぼゼロに近い。雑魚キャラで死亡フラグ立ちまくりの中、なぜか第一王子に溺愛され!?
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました!
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる