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31.願いをかなえてあげる

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 夏祭りは、オネスト王国の夏の始まりを告げる行事だ。昼の時刻に神殿と王家が祭祀を行う夏の祭礼と、王国の民が祭祀を行っている最中の神殿に参詣してから、市街の露店巡りをして楽しむ夜祭とを合わせて『夏祭り』と呼ばれている。
 夜祭りとはいうものの、夏は二十時頃までは薄明るいので、大人も子どもも祭りを楽しむことができる。そして、未成年者はその頃には家に帰るのが通常だ。そこからは、大人の時間となる。
 そして、夏祭りの夜に伴侶を得る者も多いのだ。



「婚約者のうちから、王族の祭祀に参加するとは思っていなかった」
「そうか、そう思うよね。参加するといっても、同席するだけなのだけれどね」

 アラステアの言葉に、ローランドが笑って答える。
 ここは、神殿の祭祀の間だ。夏の祭礼の時、王族はここで白い百合を供えて祝詞を上げる。その間、アラステアとローランドは、白い百合を抱えて座り、その様子を見ているだけのことになる。

 神殿によると、それも儀礼の一つであるらしい。

 王族が祭礼の所作を復習している間、アラステアとローランドは控えの間でお茶を供されていた。
 祭祀の間では、アラステアはローランドの隣で祭礼が終るまで身動きしないで座っていることが求められる。祭礼の予行演習の間、ただ座っているだけであるにもかかわらず、アラステアの全身が痛んでいた。それだけ緊張していたのだろう。

 更に、椅子に腰かけているだけでも美しい姿勢と凛とした雰囲気を持つローランドの隣に座ることは、アラステアにとって引け目を感じることである。
 入学式の日に美しいローランドの隣に平気で座ることができたのは、世間知らずだったからだという自覚をアラステアは持っていた。
 自分の向かい側でお茶を口に運ぶローランドは、優雅で美しい。少しでもその姿に近づきたいと思うアラステアは、せっかくの休憩時間なのに緊張したままお茶のカップを口元に運んだ。


 高位貴族は、祭祀の時刻に神殿に参詣し、その後は各々の家族で晩餐を取るのが通例だ。アラステアとローランドも祭祀が終れば自分の屋敷に帰り、家族で晩餐をとる。
 ラトリッジの祖父母はアラステアと神殿へ参詣できないことを残念がっていたが、その分、晩餐を充実させようと考えていた。アラステアは、祭礼で疲れ切って帰ったのちに、自分の好きなものが並ぶ晩餐を見て歓喜することになるのだった。



◇◇◇◇◇



 エリオットは、まだ学生であるが誕生日が過ぎているため成人年齢に達していた。夏祭りは夜通し遊ぶ予定だ。もちろん、成人年齢になっているというのはいざという時の言い訳として考えただけである。

 ステイシー伯爵家も皆が王都にいれば家族で晩餐をとることになっていただろう。夏祭りの時期は、高位や中位の貴族は王都で過ごし、神殿に参詣するとともにその前後にある社交に参加するものであるのだから。
 しかし今年、ステイシー伯爵家の領地では、豪雨による被害があったのだ。そのため、エリオットの両親と兄夫婦は、領内の被災地対応のため現在は領地に行っている。

 夜通し遊ぶ相手というのは、いつもエリオットとつるんでいるドミニク・マコーネルとショーン・ハントだ。学院に入ってから気持ちが荒んでいたエリオットは、ドミニクとショーンと仲良くなり、それなりに良くない遊びを続けていた。
 ステイシー伯爵はエリオットが遊んでいることを知っているが、学生時代に羽目を外すことなどよくあることだと、そういう素行の悪さには寛容な姿勢をとっている。
 そうは言っても、神殿の祭祀については別だ。夏祭りの日に未成年の伯爵令息が夜遊びをしているとなれば外聞が悪くなる。そういう理由で、王立学院に入学してからの二年間、エリオットは家族の晩餐に強制的に参加させられていた。


「あいつはオメガのくせにほんとに来る気なのか」

 エリオットは、ドミニクとショーンとの夜遊びに参加したいと言ってきたオメガのことを考える。
 入学式の数日後、エリオットに近づいてきた一年生は、ピンク色の髪にピンク色の瞳をした可愛らしい男性オメガ、ノエル・レイトンだった。彼はすこし仲良くなったところで、王族であるレイフと知り合うきっかけが欲しいと言ってきた。
 エリオットはレイフと仲が良いということはない。
 しかし、レイフは第一王子のアルフレッドとは違い、気さくな人物だ。
 エリオットがノエルとともに、カフェテリアでレイフに話しかければ、すぐに同席を許してくれた。レイフには、学院内では平等だということを実践したいという気持ちがあったのかもしれない。そして、レイフはベータだから、オメガであっても第一性が男性であるノエルを警戒していなかったのだろう。
 その後の二人の様子を見て、エリオットは、レイフがノエルの馴れ馴れしさを受け入れているかのように思っていた。
 しかし最近、レイフはノエルを避けている。しかも護衛騎士が先回りして、ノエルがレイフに近づくことができないようにしているようだ。

 どうやらデビュタントの夜会でノエルが何かやらかしたということを、エリオットは噂で聞いた。

 以前、ダンスの授業のときには公爵令息であるローランドに言いがかりをつけていた。同じように王宮の夜会でもやらかしたのかと思ったが、エリオットにとってはどうでも良いことだ。


「僕に協力してくれたら、君の願いをかなえてあげるよ。僕にはレボリューションを起こす力があるんだ」


 ノエルは可愛らしい顔に悪辣な笑みを浮かべて、エリオットにそう言った。
 レボリューションというのは、革命という意味らしいが、どうやら本当の革命ということではないらしい。
 でも、ノエルがそんなわけのわからない言葉をどこで覚えたのかということも、エリオットにとっては興味の無いことだ。


「本当に願いをかなえることができるのか?」
「大丈夫、僕に任せて」


 エリオットは、どうせその願いはかなわないのだと自暴自棄になっていたのだ。学院内や王宮でノエルがやらかしていても、子どもだということで軽い処分で済んでいるらしい。だから、エリオットはノエルがやらかしていても、協力することにしている。

 どうせ学院を卒業するまでなのだから、自分の願いをかなえるためにノエルに付き合ってやっても良いだろう。

「かなわない願いだと思ってたんだから、あいつの言うことに賭けてみても良いだろう……」

 エリオットはそう呟くと、平民が着るような簡素な衣服を着て、夏祭りで賑わう市街へと向かった。


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