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29.誰かを攻略する気があるのか

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 レイフは目に見えて蒼褪めている。ノエルは、ダンスの授業の前からレイフと踊りたいと言っていた。しかし、このデビュタントの夜会で、それも王族のダンスを行うタイミングでその願いをかなえようとノエルが行動するということは、レイフの想定の中にはなかった。
 レイフは、父である国王の方を窺った。
 その顔を、表情を見て、レイフは判断する。
 第三王子とその婚約者、そして第一王子の婚約者のデビュタントの場を汚すことは許されないと。

「レイフ、穏便に何とかしなさい。まだデビュタントは終わっていない。わかるわね」
「はい、側妃殿下」

 扇で口元を隠した側妃が、息子であるレイフに囁く。レイフはその言葉に頷くと、ノエルの傍まで歩いて行った。
 

 物語のシナリオ通りに飛び出してきたノエルに、クリスティアンは冷たい眼差しを向けていた。先日の『悪役令息』発言もあり、ノエルにこの物語の記憶があることは確定だろう。
 ノエルの主人公としての攻略は、明らかにうまくいっていない。アルフレッドとジェラルドの攻略については、クリスティアンが意図的に潰した。しかし、上手に立ち回れば他の攻略対象の好感度を上げることができたのではないかと思うようなことはあった。そう、物語の強制力といえるような廻りあわせが。
それは、レイフと親しくなったり、ダンスの授業でエリオットとパートナーになったりというようなことだ。ところが、ノエルはそれをうまく生かしているようには思えない。
 今回も、通常であれば不敬罪が適用されるような状況だが、近衛騎士に前方を塞がれているだけで、拘束はされていない。

 デビュタントの場であるから穏当な処分になるだろうけれど、すぐに会場から連れ出されないことこそが、物語の強制力というものなのだろう。

 クリスティアンは、ノエルに向かって歩いていくレイフの背中を見ながら、これからの対応を考えている。
 そして、アラステアはクリスティアンの自分には向けられることのない冷たい顔を見ながら、密かに身を竦めていた。


「ノエル・レイトン男爵令息、静かにしなさい」
「レイフさま?」

 可愛らしい笑顔で自分の名を呼ぶノエルに、レイフは冷たい目を向ける。

 どうしてこの厄介ごとからうまく逃れられないのか。
 ここで、うまく立ち回らなければ、父である国王に見放されてしまう。順当に行けばアルフレッドが立太子するにしても、自分は大公にはなれるはずだ。しかし、失点を重ねれば、ただの臣籍降下となって一代限りのもっと低い爵位を与えられて僻地へ追いやられるという未来もある。

 ノエルの行動は本来であれば許されない不敬であるが、デビュタントの夜会が終っていないのだから、社交界デビュー前の子どもとして扱うように国王が望んでいるとレイフは判断した。側妃もおそらくそう考えて、レイフに指示を出したのだ。

 レイフは冷たい表情のままで、ノエルの後ろで青くなっているレイトン男爵に目を向ける。

「レイトン男爵、お前の子息はデビュタント前の子どもだ。従って、この度のことはお前の監督責任となる。
 ここはデビュタントの祝いの席である。速やかに連れ出して、本日から子息に再教育を施すように命ずる」
「は……、かっ……畏まりました」

 レイフの言葉に平伏したレイトン男爵は、穏当な処分に感謝しながらノエルの腕を掴んでその場を辞そうとした。

「ええっ! 踊ってくれないの? レイ……」
「たっ度重なる無礼をお許しください……! 
 ノエル、黙りなさい」

 退出することに納得していないノエルは、レイトン男爵の手から逃れようとした。レイトン男爵はこれ以上の無礼なことを言わないようにとノエルの口を塞いだが、彼を無理やり連れだすだけの力はないようだ。ノエルを辛うじて抑え込んだまま狼狽えているレイトン男爵に、憐憫と嘲笑の眼差しが周囲から向けられている。
 市井の夜会に参加していれば、可愛らしいと受け入れられたのかもしれないのになぜ王宮の夜会に連れてきたのか。そのような視線だ。

「退出するのを手伝ってやれ」
「はっ!」

 レイフは、ノエルの行動を阻止するために控えていた近衛騎士にそう命じた。結局のところ近衛に拘束されて会場を去ったノエルを見送ってからレイフは会場の皆を見渡し、そして父である国王を見た。

「レイフ、対応をまかせてしまったな。
 さあ、音楽を流せ、ダンスを始めるぞ」

 国王はそう言うと、何事もなかったかのようにダンス位置についた。アルフレッドとローランド、クリスティアンとアラステアもそれに続く。

「主人公は退出するとき、ローランド様と僕を睨んでいました」

 ダンスをしながら、アラステアはクリスティアンに話しかけた。
 ダンスをしているときは、内緒話がしやすいものだ。もちろん、アラステアにそれを教えたのはクリスティアンである。
 そう、ノエルは口を塞がれたときから、アラステアとローランドに憎しみのこもった眼差しを向けていた。もちろん、それはクリスティアンも気づいていたことだ。

「そうだったね。王族とダンスを踊れば『イベント』を達成できるからうらやましかったのだろうか」
「クリスティアン様、『イベント』を達成することで攻略対象と仲良くなれるのですよね」
「ああ、そうだ」

 アラステアは疑問を口にする。クリスティアンは、アラステアの紫色の瞳を見て頷いた。

「主人公は、本当に誰かを攻略する気があるのでしょうか……」
「え? 攻略対象を攻略するのが目的で行動しているのだろう。物語の『イベント』通りに動いていることも多いからね」
「だけど、実際には好かれないような……、現実的ではない行動ばかりしているように思うのですけれど……」

 そう、ノエルは常識外れな行動ばかりをしていて、好感度が上がるどころか、攻略対象者以外からも白い眼を向けられている。
 いくらこの物語の記憶があったとしても、現実を生きているのだから、好意を持たれるような行動を心掛けるのではないか。アラステアはそんな疑問をクリスティアンに伝える。
 それを聞いたクリスティアンは、確かにノエルの行動は現実的でないと思った。

 そう、クリスティアンは物語の内容にとらわれすぎていたのだろう。

 アラステアの言うとおり、ノエルの行動は、常識外れで受け入れがたい。そしてクリスティアンの夢の中にあった世界でも受け入れられるようなことではないように思える。

 好かれていないことに気づいていないのか、それとも……

「攻略対象を攻略する以外の目的でもあるのか……?」

 どうやら、これまでの判断を軌道修正しなければならなくなったようだ。
 クリスティアンは、アラステアと華麗にターンを決めながら、そのようなことを考えていた。




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