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27.デビュタントの夜会へ

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 デビュタントの夜会は、通常の夜会より早い時刻から開催され、短時間で終了する。ちょうど夏至のあたりで行われる夜会は、明るいうちに始まり、暗くならないうちに終わるのだ。
 これは、まだ未成年の令息令嬢に負担がかからないようにと考えられて夜会が開催されているからである。

 アラステアは、ラトリッジの祖父母とジェラルドとともに、魔導車で王宮へ向かう。コートネイ伯爵夫妻も本当は参加したかったのだが、領地が大雨に見舞われたことによる対応のため、急に不参加となってしまった。
 コートネイ伯爵夫妻はアラステアがクリスティアンと婚約をしたときに、王都を訪れている。その際にも、デビュタントの夜会を楽しみにしていたので、さぞや残念に思っていることだろうとアラステアは思った。

「父上も母上も、間が悪かったね。だけど、幹線道路の補修は早く済みそうだし、大事には至らなかったから良かった、良かった」

 次期領主であるジェラルドは、暢気に車の中で軽口をたたいているが、幹線道路の補修のための資材の調達と運搬の手続きを早々にやってのけている。
 このような能力の高さが、クリスティアンの言う攻略対象としての特徴なのかもしれない。
    
 アラステアはそのようなことを考えながら、ジェラルドを見て微笑んだ。しかし、その笑顔はぎこちなく、緊張しているさまが読み取れる。

「アラステア、笑顔が強張っているわ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「そうだ、わしがちゃんとエスコートするからな」
「ダンスは、クリスティアン殿下のリードにお任せすれば良いんだから、安心しておけ」
「はい……」

 ラトリッジの祖父母は、そう言いながら満面の笑顔をアラステアに向け、ジェラルドは更に軽い口調で励ましの言葉を口にする。
 アラステアは、三人に笑顔を向けて頷いたが、その笑顔は強張ったままである。

 王宮でのデビュタントの夜会においては、デビュタントする者は家族をパートナーとして入場することとなっている。
 アラステアは、第一性が男性であり、第二性がオメガであるため、アルファ男性の祖父、父、兄、オメガ女性の祖母、母の誰もが入場パートナーとなることができる。
 ちょうどアラステアの婚約が決まって、全員がラトリッジ侯爵家に集まっていた夜は、家族が紛糾していた。
皆が望んでいたアラステアのデビュタントでのファーストダンスの役割を、婚約者となったクリスティアンに任せなければならなくなってしまったのだ。残るは、入場する際のパートナーだ。
 母は、入場パートナーは荷が重いからと最初から立候補をしなかった。しかし、あとの四名は、自分がアラステアの入場パートナーになりたいという主張をした。

 どのような方法でその立場を決めたのか、アラステアは知らない。
 結果としては、祖父がアラステアをエスコートしてデビュタント会場へ入場することになったのだ。

 そのときのアラステアは祖父と会場へ入場し、クリスティアンの元へ行って合流してから、デビュタントする者たちに混じってファーストダンスを踊れば良いと思っていた。
 王族が並ぶ場所へ行き、クリスティアンに手を取られるのだと思うと不安になるが、注目されるのはそのときだけだ。美しい姿勢や所作は、祖母からもローランドからも厳しく指導されている。きっと何とかなるだろう。アラステアはそう考えて、自分を鼓舞していたのであるが。




「アラステアは、わたしの婚約者だから王族のダンスに参加するのだと……、言っていなかったか?」
「いえ、聞いておりません……」

 それは三日前のことだ。デビュタントの夜会前二日と、夜会後二日、合計五日間は学院が休日となる。王宮の夜会以外の、下位貴族や平民が行うデビュタントパーティーなどもこの間に行われることが多い。

 休日前にデビュタントの話をいつものようにアラステアとクリスティアン、アルフレッドとローランドの四名でしていたときにその話題は出た。

 何と言っても王宮で開かれる夜会である。デビュタントをする者たちのファーストダンスの前には、国王と王妃のダンスが行われるのが通常だ。そして今年は、第一王子アルフレッドの婚約者であるローランドと第三王子クリスティアン、そしてその婚約者のアラステアがデビュタントを迎えるということで、国王と王妃とともに三組でダンスを踊ることになっているというのだ。

 二年前のアルフレッドとレイフがデビュタントであったときも、二人の祖母にあたる王太后と、国王の妹であるローランドの母とがパートナーとなり、三組で王族のダンスを披露したという。

 王都のことに疎いアラステアは、このタイミングでそれを知って、愕然とした。三日後には皆の前で王族のダンスを踊らなければならないのだ。アラステアは、そのような大役があるとは、想像すらしていなかった。
 青くなっているアラステアを見て、ローランドはその細い体を抱きしめた。

「ああ、わたしが話しておけば良かったね。ごめんねアラステア」
「ローランドのせいじゃないから、気にしないで」

 謝りながらアラステアをぎゅうぎゅうと抱きしめるローランドを見て、クリスティアンもアルフレッドも複雑な笑みを浮かべていたのは、誰も見ていない。
 



 車の窓から、まだ明るい時刻であるのに灯されている王宮の灯りが見えてくる。
 アラステアは、ここから逃げることはできないのだ。

「ダンスの授業では高得点を頂いたのですから、全力を尽くします」
「まあ、やる気が出てきたようね。良かったわ」
「そうだ、わしの孫でラトリッジの跡継ぎなのだから、立派にふるまえると思うぞ」

 思い悩んでも仕方がない。祖父母の励ましを聞いて、それはやり遂げなければならないことなのだと思う。自分を鼓舞するように、アラステアは両手を強く握った。
 

「そんなに、頑張らなくてもいいようなことだと思うんだけどな……」

 ジェラルドはそんな冷めたことを呟く。
 それは、アラステアは十分綺麗で可愛くて所作も美しいのだから、そのままで十分なのだと思う気持ちから出た言葉だった。
 全方位に優秀なジェラルドの弱点は、ブラコンなところであるのだろう。

 家族の温かい気持ちに支えられながら、アラステアはデビュタント会場に到着した。


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