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24.物語の記憶

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 カフェテリアでノエルがアラステアにぶつかり、その後もめていたことは学生の間でよく知られていた。なにしろ、我が国の第二王子が一方を庇い、第一王子が事故だと切り捨てた。それは、カフェテリアで実際に見ていた学生以外にも、広く詳しく伝えられている。
 次期王太子争いをしている二人がもめ事に関わり、第一王子が完全勝利したという形で。
 その時点では、きっかけをつくったピンク色の髪の男爵令息についてはさほど重要視されてはいなかった。

 しかし、今の状況においては、皆のその認識が変化している。

 そのきっかけを作ったピンク色の髪の男爵令息が、第一王子の婚約者に絡んでいるのだ。皆が興味津々で、ノエルに注目するのは必然であろう。

「謝って、くださいっ! そしたらゆるしますからっ!」
「ああ、可哀想に。ノエル、痛かっただろう?」

 ノエルが涙を浮かべながら、ローランドに訴え、ダンス教師が抱き起したノエルをエリオットが抱きしめる。
 ホールにいる学生の中には二人のその大袈裟なやり取りを見て、まるで演劇のようだと感じる者も多くいた。

「物語の通りの台詞だね」
「え?」

 クリスティアンが、アラステアの耳元で呟いた。

 ダンスのイベントでは、主人公のパートナーをエリオットが務めることで、攻略がうまくいっていることが判明する。ダンスイベントにおいては、主人公が攻略したい相手によって、その場で活躍する悪役令息が変わる。アルフレッドルートに行くときにこの場面で活躍する悪役令息はローランド・ウォルトンであり、他のルートに行くときにこの場面で活躍する悪役令息はアリー・コートネイである。

 つまり、主人公ノエルは、アルフレッドを攻略するつもりなのだろう。

「これは、ダンスの試験の日に起きるイベントだ。少しずれているけれど、イベントとしては成立してもおかしくないのかもしれない。しかし、どうであろうか」

 クリスティアンは、アラステアの腰に手をまわし、その体を抱き寄せながらそう囁いた。夢の中でこの世界を見ていたクリスティアンの言葉に、アラステアは身震いする。
 ただしその姿は、周囲の目には第三王子がトラブルから婚約者を守ろうとしているようにしか見えないだろう。

 絡まれたローランドは、無表情でノエルの様子を見ていたが、謝罪を求める発言を聞くと、口角を上げて貴族らしい表情の読めない笑顔を浮かべた。

「どうして、わたしがあなたに謝罪しなければならないのでしょう。あなたの方からわたしにぶつかってきたのに?」
「僕を転ばせたのに……。酷いっ……!」

 ノエルは肩を震わせて泣きながら、エリオットにすがりついた。その姿は庇護欲をそそる可愛らしさだ。ノエルが転倒する場面を見ていない学生たちの中には、ローランドがダンスの邪魔をするような何かをしたのではないかという疑惑を持つ者も、現れるかもしれない。

 アラステアは、不安のあまり、繋いでいるクリスティアンの手をぎゅっと握りしめた。

「この位置から、あなたのダンスを妨害するのは、不可能だと思いますけれど……」

 一方、当事者にされてしまったローランドは、落ち着いたものである。見学者とダンスをしている者の間には本来かなりの距離がある。ノエルとエリオットは、そのダンス位置を逸脱しているのだが、それでもローランドがダンスの邪魔をしたという訴えには無理がある程度は離れている。

 周囲の学生たちからも、「見学者がダンスの邪魔をするのは無理じゃないのか」「どうして、ウォルトン公爵令息がレイトン男爵令息を転倒させる必要があるのかしら」などという声がちらほらと聞こえてくる。

 ノエルは周囲をきょろきょろと見回している。その表情はやがて絶望したものに変わり、ぽろぽろと涙をこぼしながらエリオットに強くしがみついた。


「レイトンさん、この件については後でお話することにして、先に医務室に行きましょう。ステイシーさんも、医務室で診てもらいなさい。
 さあ、他の人は授業を続けますよ」

 ダンス教師が、ようやくノエルに声をかけた。
 ダンス教師は助手を呼んで、ノエルを連れて行くように指示を出す。そして学生には、ダンスポジションを取るようにと指示を出した。そして、ローランドはノエルとぶつかっているのに、医務室に行くような指示は出していない。
 その判断の拙さと遅さにクリスティアンはため息を吐いたが、これもイベントを達成するための強制力なのかもしれない。

 実際には、最後のところでイベントは達成されていない。このままでは、イベント達成の条件を満たしていないのだ。

 そのダンス教師の対応はノエルを満足させるものではなかったようだ。
 
「僕は……謝ってほしかっただけなのに……! 悪役令息なのにどうして……」
「あっ、ノエル!」
「レイトンさん!」

 ノエルは叫び声を上げながら、ともに医務室に向かおうとしていたエリオットと、その身を支えていた助手の手を振り払って、ホールから飛び出して行った。どうやら怪我はしていないようだ。


ノエルの最後の言葉は、皆にはよく聞こえなかったのだが、その文言になじみのあるクリスティアンの耳には鮮明に残った。

「悪役令息……か」

 ノエルにもこの物語の記憶があるのではとクリスティアンは考えていたが、どうやらその推測は当たっているらしい。攻略が物語通りに進まないから焦っているのだろう。
 しかし、イベントの日時がずれているのは、彼の記憶が曖昧だからなのか、攻略がうまくいかないからわざと日時をずらして仕掛けてきたのか、それはクリスティアンにはわからない。

「主人公はこの物語を知っているという前提で、動かないといけないようだね……」

 クリスティアンは、一人そう呟いた。



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