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23.主人公はまた
しおりを挟むダンスの試験を来週に控え、最後の仕上げにかかる授業が行われる。
デビュタントの夜会も間近になっているため、その衣装に合わせたボリュームの巻きスカートを用意してくる令嬢もいる。パートナーも決定した学生たちが集まっているホールには、活気があった。
アラステアとクリスティアンは、左回りのワルツをくるくると踊る。安定した姿勢に美しいステップ。息の合った二人のダンスは品格が高く美しい。
「ああ、素晴らしいですね。来週の試験もその調子でいきましょうね」
ダンス教師からそんな声をかけられて、アラステアは微笑んで頷く。アラステアの微笑みは貴族として完璧なものであり、それを見たダンス教師は満足気な顔をした。
ダンスの授業が始まった頃のアラステアの技量は、悪くはないという程度のものであった。ともに踊るクリスティアンや、近くにいるアルフレッドとローランドの品格あるダンスと比べると、やはり見劣りがする。周囲の目には、パートナーのクリスティアンの素晴らしいリードで、美しく踊っているように見えたであろうが、ダンス教師の目を誤魔化すことはできなかったのだ。
「クリスティアン殿下の婚約者になられたのだから、それなりの動きをしてもらわなければね」
王族や公爵令息と比較するのは可哀想だとも思ったものの、クリスティアンの婚約者になったのだから、それに相応しい動きをしてもらわなければ困る。ダンス教師はそう考えた。
本来、学院の教師が王族の婚約者だからといって、厳しくするのは筋違いの指導である。しかし、ダンス教師には、アラステアへの指導に対する妙な使命感のようなものが芽生えてしまったのだ。
授業が進むにつれて、アラステアの姿勢、足の運び、所作、それらがみるみる洗練されていき、素晴らしいものになっていく。クリスティアンの婚約者として遜色のない品格のあるダンスを踊るようになったアラステア。
その姿を見て、これは自分の指導の賜物だとダンス教師は喜びを深めた。
当然ながらアラステアはラトリッジ侯爵家でも、ダンスや所作のレッスンを厳しく仕込まれていた。それだからこその上達なのではあるが。
しかし、ダンス教師の仕事は喜びばかりではない。
「いったあああああい! ぶつかってこないでよー」
ホールに響き渡るような大声を出したのは、ノエル・レイトンである。
ノエルは、いつまで経ってもダンスが踊れるレベルに達しない。パートナーの足を踏んだり、他のペアにぶつかったりするのも通常のことだ。ノエルのパートナーに指名したエリオット・ステイシーも、ダンスはあまり得意ではない。エリオットは伯爵令息であるから家でもダンスのレッスンは受けていたであろうし、運動神経も悪くないのだが、リズム感がないのだろう。曲に乗ることができないのだ。
ともかく、ダンスが下手な二人による犠牲者を作らないために、ダンス教師はノエルとエリオットをパートナーとした。教師としてはどうかと思う判断であるが、ノエルもエリオットもお互いがパートナーであることに異議を申し立てていないので問題はなかろう。
もしかしたら、これが、物語の強制力というものなのかもしれない。
「レイトンさん、大声を出すのはおやめなさい。
今のはレイトンさんとステイシーさんの位置取りが悪かったからぶつかったのですよ。もう少し周囲の様子を見て、ダンスをするように」
「ええー、そんなの足を動かすので精いっぱいだから、周りのことなんか気にしてられないよう」
「さあ、もう一度初めから」
「ええー!」
今踊っているのはあまりダンスが上手でない組なので、ぶつかる確率は上がる。したがって事故を防ぐため、ホールにいる人数を少なくしているのだが、それでもあちらこちらでぶつかったり、転倒したりしている。
長時間練習しているにも関わらず、踊れない者というのはいるのだ。
再びワルツの音楽が奏でられ、ポジションについたペアがダンスを始める。
くるくると覚束ない足取りで踊る学生たち。その様子をアラステアは、クリスティアンとともに見学している。その隣では、アルフレッドとローランドが仲睦まじげに腕を組んでいた。
自分たちの前を、ピンク色と砂色の髪が通り過ぎていくのを眺めていたその時だった。
「きゃあっ!」
「危ないっ!」
「ローランド!」
急に体勢を崩したノエルがこちらに向かって倒れこんで来たのだ。クリスティアンは急いでアラステアの体を抱いて身を躱す。同じように、アルフレッドとローランドも身を躱そうとしたのだが、ノエルは、ローランドにぶつかってしまった。ローランドは、アルフレッドに支えられて無事だったものの、ノエルはそのまま転倒し、床に転がっている。
「ローランド、大丈夫だった?」
「ええ、少しあたっただけだから」
アラステアは急いでローランドに駆け寄った。どうやら怪我などはないようだ。アルフレッドがうまく庇ったこともあるのだろう。アルフレッドに抱きしめられているローランドが無事な様子を見て、周囲はほっとした。
しかし、転がっているノエルは大丈夫なのだろうか。そう考えた学生たちは、ノエルの様子に注目した。
「ウォルトンさん、レイトンさん、大丈夫ですか!」
ぶつかった現場へ、慌ててダンス教師が駆け寄って来る。転倒しているノエルの様子を見ているものの、巻き込まれたのは第一王子とその婚約者だ。気が動転して、完全に目が泳いでいる。
しかし、気が動転しているダンス教師をさらに追い詰めるような発言がここで飛び出した。
「転ばせるなんてひどいっ!」
ノエルはローランドを指さして、そう叫んだのだ。
もちろん、周囲の学生はダンス教師のような狼狽はしていない。多くの学生が「またか」と思っていた。
それは、アラステアたちも同様に思ったのであった。
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