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21.主人公の発言

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◇◇◇◇◇


「だって、貴族が集まるオメガお茶会で見かけたことがなかったんですもの。平民だと思っても仕方ないでしょう?
 それに、平民なのに伯爵令嬢の言うことを聞かないのであれば、打つのは当たり前じゃないですか」

 バーナードは、ヒューム伯爵令嬢の言い訳に頭を抱えた。
 アラステアの姿や所作を見て、平民だと思うものはどれぐらいいるのだろうか。そして、たとえ平民だからといって、暴力を振るっても良いわけはない。

「ヒュームさん、ではそのオメガお茶会という席に、例えばウォルトン公爵令息は参加していらっしゃいましたか?」
「え、いいえ、ウォルトン公爵令息はいらっしゃいませんでした。あんな高位の方は参加していません。でも、ウォルトン公爵令息は、アルフレッド殿下の婚約者だってみんな知ってますよね」
「……ラトリッジ侯爵令息も、同じような理由で参加していなかったとは考えなかったのですか?」
「え、そんな。でも、あの男……ラトリッジ侯爵令息がクリスティアン殿下の婚約者だなんて、誰も知りませんよ」
「お二人の婚約は官報に掲載されています。貴族であれば、知らないでは済みません」
「でも!」

 ヒューム伯爵令嬢の頭の中はどうなっているのか。もともと成績が良い学生ではないと聞いているが、これほど話が通じないとは。
 バーナードは、自分の忍耐力が試されているのかと思いながら、彼女を指導した。

「それに、平民だからといって暴力を振るっても良いわけではありませんね」
「どうしてですか? 平民の分際で貴族に逆らうなんて、痛い目にあわせてわからせてやらなければ!」

 たとえ相手が低い身分であっても、言いがかりをつけて良いわけではないということを理解させて欲しい。アラステアは教師にそう依頼していった。
 しかし、貴族は平民に対してどんな態度を取っても良いと考えているヒューム伯爵令嬢の考えを変えるのは困難であった。
 そして、自分が身分制度をかさに着て行動しているにも関わらず、彼女は自分がクリスティアンの名前を呼び、自分から話しかけるという無礼を働いたのは、学院内では平等だからだと言い募るのだ。

 話にならない。

 本来バーナードは、ヒューム伯爵令嬢を教え導かなければならない立場だ。しかし、自分に都合の良いように物事を捻じ曲げる性格は、一朝一夕には改善できないだろう。バーナードは、この場で長時間指導しても意識を変えるのは無理だと判断した。

 このまま反省もなく、王家とラトリッジ侯爵家、そしてコートネイ伯爵家を敵に回していては貴族社会では生きていけない。

 バーナードは、父親であるヒューム伯爵が彼女を言いくるめてくれることを願って、書簡をしたためた。

「だって、ノエル・レイトン男爵令息が婚約者のいない王子殿下は、皆とダンスをしてくれるって言ってました。王子殿下に見初められる良い機会だと言ったのですよ。そんな機会を潰す者がいたら排除したいと思って当たり前でしょう?
 ああ、だったらレイトン男爵令息も罰せられるのかしら?」

 バーナードは、いつまでも他人を理由に暴力を肯定するヒューム伯爵令嬢の相手をして、疲れ切ってしまった。


◇◇◇◇◇


 結局、ヒューム伯爵令嬢は一か月の謹慎処分に、そしてディル子爵令嬢とベッカー男爵令嬢は二週間の謹慎処分になった。処分としては軽いようだが、誤解に基づく言い掛かりであり暴力は未遂に終わっているのでこの程度が妥当だとされたようだ。

 しかし、それぞれの家ではこの程度が妥当だという考えにはならなかった。

 なにしろ、王家とラトリッジ侯爵家から抗議が来たのである。とんだ醜聞で、社交界にはしばらく出ることはできないし、家業の取引にも影響する。
 ディル子爵令嬢とベッカー男爵令嬢は、転校することになった。もともと学業の成績も良くなかった彼女たちは、礼儀作法を厳しく躾けられることで有名な王都の外れにある修道院に付設された学校へ行くことになったのだ。全寮制のその学校へ行けば、王立学院にいるときのように自由な行動をすることはできないだろう。その代わり、貴族の家の侍女として就職しやすくなるそうだ。
 しかし、ヒューム伯爵家が「妥当ではない」というのは、厳しすぎる処分だという意味のようだった。

「ヒューム伯爵令嬢は、謹慎処分の後、学校へ復帰する予定らしいね」
「……そうなのですか」
「それは、厚顔無恥な対応だね」

 アラステアとローランドは、クリスティアンの話を聞いて驚いた。ディル子爵家とベッカー男爵家の厳しい対応に対して、差がありすぎる。

「実は、慰謝料の支払いも渋っているのです」
「ヒューム伯爵自身も、根本的に何が悪いかわかっていないのだね」

 アラステアの話に、ローランドは呆れたような声を出した。侯爵令息に暴力を振るおうとしたのに、ヒューム伯爵は「か弱いオメガの女性に少々叩かれても大したことは無いはずだ」といった見当外れな返事をしているのだ。

「ええ、ですので、兄はコートネイ商会とヒューム伯爵家との取引を停止することにしました」
「それは……、それが一番堪えるかもしれぬ。ジェラルド・コートネイが一番強者であるな」

 アルフレッドは感心したように言葉を漏らす。浪費家のヒューム伯爵が、コートネイ商会で買い物ができなくなるのは大層辛いことだろう。

「そういえば、バーナード先生が気になることをおっしゃっていたのだけれど」
「気になること?」
「ああ」

 早く答えを聞きたそうにするローランドの顔を見て頷いてから、クリスティアンはその話を続けた。

「ヒューム伯爵令嬢は、主人公、ノエル・レイトンから得た情報で、今回のような行動に出たと言っているらしい」

 主人公は、「婚約者のいない王子殿下は、ダンスの授業のときに皆と踊ってくれるはずだ」とヒューム伯爵令嬢に話したという。そして、主人公は王子殿下と踊って見初められるのだと。

 バーナードは、ヒューム伯爵令嬢がそれならば自分も見初められるかもしれないと考えてこのように浅薄な行動をしたと聞いて呆れたと、クリスティアンに教えてくれた。

「ふむ。主人公がそのようなことを。少しばかり、気になる発言ではあるな」


 クリスティアンがもたらした情報にアルフレッドは考え込み、アラステアとローランドは押し黙った。


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