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18.ダンスの合同授業開始

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◇◇◇◇◇


 これまでランチの席では、アルフレッドとクリスティアンが並び、その向かいにローランドとアラステアが並んでいた。しかし、アラステアがクリスティアンの婚約者となった今では、アルフレッドとローランドが並んで座り、クリスティアンの隣にはアラステアがいる。

「ダンスの授業は合同だからね。婚約者がいれば、パートナーは固定になる。婚約者のいない者は、ダンス教師が体格と技能を見ながら組み合わせて授業をしていき、最終的にその年のパートナーを決定して試験を行うことになる。
我は昨年までローランドがいなかったからな。寂しかったぞ」
「アルフレッド様……」

 手を握り合って見つめあうアルフレッドとローランド。二人の親密な姿は、カフェテリアでの注目を集めていた。目の前にいるアラステアは、ランチを食べなくてもお腹がいっぱいになってしまった気がするほどの仲睦まじさだ。

「アラステアのパートナーはわたしだね。ダンスの合同授業が始まるまでに婚約を成立させることができて良かった」

 クリスティアンは、アラステアに笑顔を向けてそう言った。
 そう、カフェテリアでは詳しい話はできないが、ダンスの合同授業において、『コイレボ』のイベントがあるのだ。

 オネスト王国では、デビュタントは原則としてちょうど王立学院の一年生の年齢で行われることになっている。従って、ダンスの合同授業は一年生にとっては、デビュタントの事前練習の場となるのだ。貴族は王城でデビュタントを行うが、富裕な平民も市街の会場などでデビュタントのような催しを行うため、熱心に取り組む学生が多い。また、二年生、三年生にとっては社交の学習を兼ねているという面がある。そして、婚約者のいない学生にとってはその縁を繋ぐ場であると考えられている。
 当然、ダンスが嫌いな学生や研究者を目指している学生にとっては、辛い授業であるのだが。

 主人公はダンスの合同授業で、攻略対象と次々にダンスをする。そこで攻略対象との仲を深めていく主人公に嫉妬した悪役令息と悪役令嬢が、嫌がらせをする。それが物語の流れだ。
 この時点では、悪口を言ったりダンスの途中でぶつかったりというのが嫌がらせの内容となる。
 それに耐える健気な主人公を見ている攻略対象の好感度が上がっていくというのが、物語の流れのようだ。

「自分の婚約者が、他の人と踊っていたら怒るのは当然だよね?」

 ローランドは、そのイベントについてそう話していた。アラステアはその意見には賛成だが、物語の中のアリーは、婚約者であると確定していないエリオットが主人公と仲良くしているからといって嫌がらせをするのだ。その話を聞いた時には、痛すぎる設定に泣きたい気分になった。

 しかし、現実と物語は違う。アラステアの婚約者であり、パートナーとなるのは、クリスティアンだ。物語の中に登場しない人物なのだから、イベントのあれこれには巻き込まれずにすむのではないだろうか。

 アラステアはそう考えて、悪役令息には決してならないという気持ちを高めていた。


 ダンスの合同練習は、体操着に着替えて行われる。そして、ドレスを着る予定がある者は、その上からボリュームのある巻きスカートを身につける。自分でスカートを用意できない者には、学院がスカートを貸し出してくれるのだ。
 男性オメガの中にはダンス時にスカートを着用する者もいるが、アラステアもローランドもその予定はないため、体操着でホールに向かう。アルフレッドとはホールで合流することになるだろう。


「ええーっ! 王子様は、婚約者がいても他の人とダンスをしてくれるんじゃないのー!」

 三人がホールに到着して、アルフレッドの姿を探していると、甲高い叫び声が響いた。声のする方に目をやると、小柄なピンクの髪の学生がダンス教師の前にいるのが見える。
 どうやら主人公のノエルが、ダンス教師に食って掛かっているようだ。

「昨年は、ウォルトン公爵令息がいらっしゃいませんでした。だからアルフレッド殿下が他の方ともダンスをしてくださいましたけど、今年はそうはいきませんよ。婚約者がいれば、その人がパートナーになります」
「でもっ! じゃあ、レイフは皆とダンスしてくれるの?」
「レイフ殿下を呼び捨てにしてはいけません。レイフ殿下は、その技能と体格が合っている方とダンスをしてくださいます。でも……あなたは男性ですからね」
「でも、僕はオメガで……」

 まだも食い下がろうとするノエルをその場に置き去りにして、ダンス教師はホールの前方に歩いていく。
 騒いでいるノエルを皆は遠巻きにしている。その様子を眺めながら、主人公とはこのように悪目立ちをするものなのだろうかとアラステアは首を傾げた。

「レイフ兄上はベータだから、基本的には第一性が女性である学生がパートナーになるはずだ。
 だけど、それも絶対ではないだろう。『強制力』が働いていれば、オメガ男性の主人公がパートナーになるかもしれない」


 アラステアをエスコートするクリスティアンが耳元でそう囁く。どうやらノエルはレイフともエリオットとも、そして他の攻略対象や王子の側近ともパートナーを組めていないようだ。
 しかし、パートナーが決まっていない者は、毎回異なる相手とダンスをすることになっている。主人公は、単に「今日は攻略対象とパートナーを組めていない」というだけなのかもしれない。そう、これから先でレイフやエリオットとパートナーを組む可能性があるということなのだ。

 アラステアが何気ない素振りで様子を見ると、レイフの横には二年生の侯爵令嬢が、エリオットの横には一年生の子爵令嬢が立っていた。

「さあ、ダンスの授業を始めます。パートナーと向かい合ってください」

 ダンス教師が手を叩いて授業の始まりを告げる。

 基本を教えられた後の実践に入るため、一年生には緊張感を持っている学生が多い。一年生だといえどもローランドやクリスティアンにはそのような緊張を見ることはできないが、アラステアはそれなりに気を張っている。

「ダンスの合同授業が終わるまでは、油断することはできないよね」

 ローランドがそう言ってアラステアに微笑みかけてから、差し出されたアルフレッドの手を取る。

「さあ、わたしたちも行こう。
 アラステア、わたしと踊っていただけますか」
「はい、クリスティアン様、喜んで」

 目の前に差し出されたクリスティアンの手に、アラステアは自分の手を重ねた。




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