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13.カフェテリアでの事故
しおりを挟むアラステアはカフェテリアで、ランチが盛り付けられたトレーを受け取った。
自分の隣にはクリスティアンが、後ろにはアルフレッドとローランドがいる。最初のうちは、アルフレッドとローランドの前に立つことを遠慮していた。しかし、ローランドの前とアルフレッドの後ろにはいつも護衛騎士がいるので、その位置取りが一番邪魔にならないということがわかってからは、常にその順番でランチを受け取っている。
「レイフー! こっちだよー!」
ランチのトレーを持ち運ぶアラステアの後ろから、そんな叫び声とパタパタという足音が聞こえてきた。
アラステアがあっと思ったときには右腕に衝撃が走り、何かが床に倒れる音がした。そして、トレーの上のスープがこぼれて、アラステアの制服の袖を汚していた。
「いったあああ! 何だよ、そんなとこ歩いてたら邪魔だろ!」
床に転がっているピンク頭の少年……ノエルは、アラステアに向かって甲高い声で毒づいた。
アラステアは真っ直ぐクリスティアンの後ろを歩いていた。通路の真ん中を歩いていたわけでもない。
そう、ぶつかって来たのはノエルの方である。
「ぶつかって来たのは、貴方の方ですね。」
アラステアは、ただの言い争いをするよりも効果的な方法を考えて逡巡した。その一瞬のうちに、アルフレッドの護衛騎士フィンリーがアラステアとノエルの前に入って、そう言った。
「痛い痛いいー。足をくじいちゃったよお。ひどいよお」
分が悪いと思ったのか、ノエルはフィンリーの発言を無視して蹲るようにして足を抱えている。
「どうした、ノエル。転んだら立ち上がらねばいかんだろう」
そこへ現れたのは、先ほどノエルに名前を呼ばれていたレイフだった。
「レイフー、そいつが僕が通ろうとしてるのに、邪魔をしてきたんだー。足をくじいて立ち上がれないー」
「なんだと。お前、そんなことをしたのか」
ノエルはレイフの顔を見て、味方を得たと思ったのだろう。アラステアが自分の邪魔をしたと哀れっぽい振る舞いで訴えた。そして、その言葉を聞いたレイフは、ノエルの言葉を受けて、アラステアを睨みつけてきたのだ。
「いえ、邪魔をするようなことはしておりません」
アラステアは、背筋を伸ばしてレイフの言葉に応えた。
「嘘だよ! だって、僕が横を通ろうとしたら、肘を出してきたんだ。それでないとぶつからないよ!」
「それは、本当か? お前、ノエルに謝れ!」
「え……?」
どうしてぶつかられて、スープで制服を汚されたアラステアが謝らなければならないのだろうか。しかし、自分に謝罪を要求しているのは王族である。アラステアは絶句して黙り込んでしまった。
「レイフ、其方が自分の学友が大切なのはわかるが、片方の言うことだけを聞くというのはどうなのかな?」
「兄上……」
「あーっ、アルフレッド様! 酷いんですその人が……!」
「黙れ、其方に発言を許してはおらぬし、我の名前を呼ぶ許可も与えてはおらぬ」
「ひっ!」
アルフレッドは、アラステアをレイフとノエルの視線から庇うような位置に立って、自分の弟を諫めるように発言した。ノエルの無礼を許す気はないということも、カフェテリアにいる学生に見せつけているのだろう。最近レイフと仲良くなったことで、目に余る行動を取っているといわれる彼にも容赦ない。
「しかし兄上、現にノエルは転んで足を傷めております」
「そのようだな。しかし、我はこの者とランチを取る予定でな。ともに行動しておったが、特に不審な動きはしていない。接触した場面もこの目で見ている。むしろ、其方の学友が蛇行して、この者にぶつかったように見えたが。
そもそも、カフェテリアで走っていたのであるから、その行動に非があるのではないのか?」
「それは……」
「そんな! だって……」
なおも発言しようとしたノエルの口を、レイフの護衛騎士が塞いだ。さすがにアルフレッドにこれ以上の無礼を働くのは不味いと考えたのだろう。
カフェテリアの中で注目を浴びている状況では、レイフの立場も悪くなると護衛騎士は判断したようだ。
「確かに、転んでいる方がぶつかって行ったように見えたな」「カフェテリアを走るなんて考えられないわ」「いつもウォルトン公爵令息と行動している慎ましい彼がそんなことをするとは思えないな」「むしろ、レイトン男爵令息がわざと彼に向かって走って行ったんじゃないのかしら?」「自作自演?」「こわいこわい」
カフェテリアで注目を浴びているうえ、周囲も自分の味方ではなくなっている空気を感じて、レイフは冷たい汗が背中を流れるのを感じていた。レイフは状況を判断する力が甘いと、王宮の教育係から指導を受けていた。今、まさにその欠点が現れていた。
よく見れば、ノエルがぶつかったという少年の隣には、クリスティアンが彼を守るように寄り添っている。おそらく、この少年はクリスティアンの学友なのだろうとレイフは思う。
レイフは兄であるアルフレッドよりも、この優秀で美しい弟のことが苦手だった。ノエルはどうしてこんな立場の少年ともめ事を起こしたのか。自分の判断力を棚に上げて、ノエルを恨むような気持がレイフには生まれている。すっかり手詰まりな状態だ。
「そうだな、カフェテリアをこれ以上騒がせるのも其方の本意ではなかろう。早く其方の学友を医務室に連れて行ってやると良い。足を傷めているのだろう?」
「は、兄上、それではこの場は失礼いたします」
「そうだな、レイフ、人混みで起きた運の悪い事故だ。それで良いな」
「はい……」
レイフは、アルフレッドが助け船を出してくれたのだと思ってほっとした。アルフレッドとレイフは仲が良いわけではないが、険悪なわけでもない。ただし、生まれたのは数か月の違いだというのに、アルフレッドはレイフと比べて圧倒的に威厳があり、王者然としている。それが、自分の母である側妃の気に障る部分なのだ。実際に、泥沼になりそうな事態をアルフレッドはあっさりと収めてしまった。
レイフは劣等感を募らせながら、護衛騎士にノエルを運ばせて自分も医務室へ向かった。
レイフはこの場から逃げたくて、自分が行く必要もないのに医務室へ足を運んだのである。
しかし、レイフ自身は自分の本心に気づいてはいなかった。
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