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6.正式な抗議を
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「入学式に出席したけれど、ステアは前の方に座っていたから遠くてよく見えなかったわ。お隣の席にいらっしゃった見事な金髪の方は、ウォルトン公爵家のローランド様かしら?」
「はい、とても親切にしてくださって、お友だちになりました」
「おお、それは良かった。ローランド様は才色兼備で名高い方だからね。お近くにいるだけで学ぶことも多いだろう」
「僕のわからないことも丁寧に教えてくださって、今日だけでも沢山助けてくださいました」
侯爵家に帰ったアラステアは、王立学院の入学式に出席していたという祖父母からの質問攻めにあった。そして、ウォルトン公爵家のローランドはアラステアが考えていた以上に有名な貴人であったらしく、そんな人と仲良くなれたことは幸運なことだと祖父母は喜んでくれた。
更に、ローランドとともに行動していたことで第一王子のアルフレッドや第三王子のクリスティアンとお近づきになったことも、アラステアにとっては良い巡り合わせだと祖父母は判断したようだ。
「それで、エリオットには会えたのかい?」
笑顔の祖父が話の中で何気なく放った質問に、どう答えれば良いのか。迷ったアラステアは言葉を発せずに、表情を強張らせた。
「アラステア? どうした?」
「何かあったの? 嫌な思いをしたの?」
よほど学院での思いが顔に出ていたのであろう。アラステアの表情を見た祖父と祖母が矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
失敗した。
アラステアは心の中でそう思った。自分のこととなると急に心配性になる祖父母の心に負担をかけたくなかったのに、それは叶わなかった。しかも、嫌なことがあったと表情に出てしまうなど、貴族としても大失態である。
既に『何かあった』と祖父母に悟られてしまったのだ。何も伝えずにこの場をやり過ごすことはできないだろう。
そこからのアラステアは、祖父母の巧みな聞き出しで、エリオットとの間にあったことを洗いざらい話してしまった。
もっとも、アラステアも話している途中からは、隠そうとか穏便に伝えようとかいう気持ちは捨てた。本当のことを言ってしまった方が良いと、意識を切り替えたのだ。
『幼馴染とのやり取りは、ラトリッジ侯爵閣下に伝えた方が良いと思う。アラステアだけではなくて、わたしや幼馴染の友人たちも聞いていたのだから、侯爵家への表立った侮辱だととられてもおかしくないものだよ』
アラステアは、ローランドの忠告を思い出していた。
ラトリッジ侯爵家が、祖父母が、他人から侮られるのは我慢できない。
祖父母はもちろんアラステアのことを心配して話を聞いてくれているのだが、そこにラトリッジ侯爵家の名誉のことが、入っていないわけではないだろう。
ローランドの忠告を頭の中で反芻して、心の中で頷いたアラステアは、記憶の中にあるエリオットとの会話をできるだけ正確に祖父母に伝えた。
「……わかった。それで、ウォルトン公爵令息もその場にいらっしゃったのだな?」
「はい、いざという時は、証人になってくださるそうです。大袈裟だと申し上げたのですが」
「まあ、なんて親切な方なのでしょう。そのようなことは、こちらからお願いしなければならないことなのに」
いつも優しい祖父の表情が厳しいものになり、ラトリッジ侯爵としての立場で話をしていることがアラステアにもよくわかる。そして、ローランドが申し出てくれたことは破格のことだ。祖母はエリオットの言動に怒りを持ちながらも、アラステアがローランドに気に入られたのだということを喜んでいるようにも見える。
「ステイシー伯爵家には正式に抗議をしよう。これまで幾度かコートネイ伯爵家を通じてアラステアとの婚約を申し込んできたのは、あちらの方だというのにな。今後は、エリオット・ステイシーがアラステアに近づかないようにすることを申し入れる。ジョナサンにも申し入れた内容については連絡しておこう」
「そうね、もうステイシー伯爵家とのお付き合いはやめにしましょう。ステアもエリオット・ステイシーとは関わらないようにしなさい。ジョナサンとステイシー伯爵との友人関係までやめるように働きかけないけれどね……」
「そんな、おおごとになるのですか?」
「アラステア、王立学院に入ったからには、子どものように非礼を許される立場ではなくなるのだよ」
祖父は、アラステアに言い聞かせるように話をした。
王立学院が学業を行う上で平等だというのは、高位貴族が下位貴族や平民を虐げないようにするためのものである。そして、平等であっても礼儀をわきまえた行動をとるのは当然のことだ。
アラステアとエリオットは幼馴染ではあるが、もう二人は幼い子どもではない。それぞれの立場というものがある。当然誰に対しても暴言を吐いてはいけないのであるが、今回は伯爵家の次男が侯爵家の嫡子に暴言を吐いたのであるのだから、ただで済ませることはできない。それは、世の秩序を乱すことを容認することにつながる。
祖父の話を聞いて、アラステアは未だに自分が子ども染みた考えでいるのだということを痛感した。そして、ローランドは社交の最前線に立つ公爵家の令息であり、第一王子の婚約者であるという自覚をしっかり持って行動しているのだということがわかる。
同じ年齢であるのに、まるで大人と子どもだ。そう思うと、アラステアは恥ずかしくなった。
「ローランドは、僕のことを子どもだと思ったのでしょうね。それでいろいろと教えてくれたのでしょうか……」
「本当に、素晴らしい方がステアのお友だちになってくださって良かったこと」
祖母は満足気に頷くと、ステアの頭を優しく撫でてくれた。どうやら、子ども扱いされているようだが、今回の自分の判断を考えると致し方ないことだろう。
その後、ラトリッジ侯爵家の晩餐に参加しに来たジェラルドにも、エリオットのことは伝えられた。
「エリオットが近づくなと言ったのだから、彼がアラステアに近づくのを禁止しても何の問題もないでしょう。近づいた時の罰則も決めておけば良いのではないですか?」
ジェラルドはそう言って、さわやかな笑顔を浮かべた。
「お兄様は、エリオットと仲良くしていたのではないの?」
「そんな記憶はないな。あいつは、うちの領地に遊びに来た時もステアにばかりくっついていたから関わったことはない。学院でも特に話しかけられていないし、俺も特に用はないから、話しかけることもなかった」
ジェラルドはアラステアと入れ替わりで卒業したところだ。二年間は同じ学院に在籍していたはずなのに、まったく接触がないというのは不思議なようだが、共通の親しい人間もいなければそういうものらしい。
「エリオットは、僕に話しかけられて本当に迷惑だったのだね……」
「ステア、関わりたくないと思っていても、穏便にやり過ごす方法はいくらでもあった。それなのに暴言を吐いたのはエリオットだ。自分が悪いのではないかと考えるのはやめなさい」
ジェラルドはそう言ってアラステアの頭を撫でた。やはり、子ども扱いされているようだ。
今の自分の振る舞いを見ていれば、それは仕方ないことなのかもしれないとアラステアは思った。
一人前の大人として見られるようにこれから頑張らなければならない。
アラステアは、そう決意した。
「はい、とても親切にしてくださって、お友だちになりました」
「おお、それは良かった。ローランド様は才色兼備で名高い方だからね。お近くにいるだけで学ぶことも多いだろう」
「僕のわからないことも丁寧に教えてくださって、今日だけでも沢山助けてくださいました」
侯爵家に帰ったアラステアは、王立学院の入学式に出席していたという祖父母からの質問攻めにあった。そして、ウォルトン公爵家のローランドはアラステアが考えていた以上に有名な貴人であったらしく、そんな人と仲良くなれたことは幸運なことだと祖父母は喜んでくれた。
更に、ローランドとともに行動していたことで第一王子のアルフレッドや第三王子のクリスティアンとお近づきになったことも、アラステアにとっては良い巡り合わせだと祖父母は判断したようだ。
「それで、エリオットには会えたのかい?」
笑顔の祖父が話の中で何気なく放った質問に、どう答えれば良いのか。迷ったアラステアは言葉を発せずに、表情を強張らせた。
「アラステア? どうした?」
「何かあったの? 嫌な思いをしたの?」
よほど学院での思いが顔に出ていたのであろう。アラステアの表情を見た祖父と祖母が矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
失敗した。
アラステアは心の中でそう思った。自分のこととなると急に心配性になる祖父母の心に負担をかけたくなかったのに、それは叶わなかった。しかも、嫌なことがあったと表情に出てしまうなど、貴族としても大失態である。
既に『何かあった』と祖父母に悟られてしまったのだ。何も伝えずにこの場をやり過ごすことはできないだろう。
そこからのアラステアは、祖父母の巧みな聞き出しで、エリオットとの間にあったことを洗いざらい話してしまった。
もっとも、アラステアも話している途中からは、隠そうとか穏便に伝えようとかいう気持ちは捨てた。本当のことを言ってしまった方が良いと、意識を切り替えたのだ。
『幼馴染とのやり取りは、ラトリッジ侯爵閣下に伝えた方が良いと思う。アラステアだけではなくて、わたしや幼馴染の友人たちも聞いていたのだから、侯爵家への表立った侮辱だととられてもおかしくないものだよ』
アラステアは、ローランドの忠告を思い出していた。
ラトリッジ侯爵家が、祖父母が、他人から侮られるのは我慢できない。
祖父母はもちろんアラステアのことを心配して話を聞いてくれているのだが、そこにラトリッジ侯爵家の名誉のことが、入っていないわけではないだろう。
ローランドの忠告を頭の中で反芻して、心の中で頷いたアラステアは、記憶の中にあるエリオットとの会話をできるだけ正確に祖父母に伝えた。
「……わかった。それで、ウォルトン公爵令息もその場にいらっしゃったのだな?」
「はい、いざという時は、証人になってくださるそうです。大袈裟だと申し上げたのですが」
「まあ、なんて親切な方なのでしょう。そのようなことは、こちらからお願いしなければならないことなのに」
いつも優しい祖父の表情が厳しいものになり、ラトリッジ侯爵としての立場で話をしていることがアラステアにもよくわかる。そして、ローランドが申し出てくれたことは破格のことだ。祖母はエリオットの言動に怒りを持ちながらも、アラステアがローランドに気に入られたのだということを喜んでいるようにも見える。
「ステイシー伯爵家には正式に抗議をしよう。これまで幾度かコートネイ伯爵家を通じてアラステアとの婚約を申し込んできたのは、あちらの方だというのにな。今後は、エリオット・ステイシーがアラステアに近づかないようにすることを申し入れる。ジョナサンにも申し入れた内容については連絡しておこう」
「そうね、もうステイシー伯爵家とのお付き合いはやめにしましょう。ステアもエリオット・ステイシーとは関わらないようにしなさい。ジョナサンとステイシー伯爵との友人関係までやめるように働きかけないけれどね……」
「そんな、おおごとになるのですか?」
「アラステア、王立学院に入ったからには、子どものように非礼を許される立場ではなくなるのだよ」
祖父は、アラステアに言い聞かせるように話をした。
王立学院が学業を行う上で平等だというのは、高位貴族が下位貴族や平民を虐げないようにするためのものである。そして、平等であっても礼儀をわきまえた行動をとるのは当然のことだ。
アラステアとエリオットは幼馴染ではあるが、もう二人は幼い子どもではない。それぞれの立場というものがある。当然誰に対しても暴言を吐いてはいけないのであるが、今回は伯爵家の次男が侯爵家の嫡子に暴言を吐いたのであるのだから、ただで済ませることはできない。それは、世の秩序を乱すことを容認することにつながる。
祖父の話を聞いて、アラステアは未だに自分が子ども染みた考えでいるのだということを痛感した。そして、ローランドは社交の最前線に立つ公爵家の令息であり、第一王子の婚約者であるという自覚をしっかり持って行動しているのだということがわかる。
同じ年齢であるのに、まるで大人と子どもだ。そう思うと、アラステアは恥ずかしくなった。
「ローランドは、僕のことを子どもだと思ったのでしょうね。それでいろいろと教えてくれたのでしょうか……」
「本当に、素晴らしい方がステアのお友だちになってくださって良かったこと」
祖母は満足気に頷くと、ステアの頭を優しく撫でてくれた。どうやら、子ども扱いされているようだが、今回の自分の判断を考えると致し方ないことだろう。
その後、ラトリッジ侯爵家の晩餐に参加しに来たジェラルドにも、エリオットのことは伝えられた。
「エリオットが近づくなと言ったのだから、彼がアラステアに近づくのを禁止しても何の問題もないでしょう。近づいた時の罰則も決めておけば良いのではないですか?」
ジェラルドはそう言って、さわやかな笑顔を浮かべた。
「お兄様は、エリオットと仲良くしていたのではないの?」
「そんな記憶はないな。あいつは、うちの領地に遊びに来た時もステアにばかりくっついていたから関わったことはない。学院でも特に話しかけられていないし、俺も特に用はないから、話しかけることもなかった」
ジェラルドはアラステアと入れ替わりで卒業したところだ。二年間は同じ学院に在籍していたはずなのに、まったく接触がないというのは不思議なようだが、共通の親しい人間もいなければそういうものらしい。
「エリオットは、僕に話しかけられて本当に迷惑だったのだね……」
「ステア、関わりたくないと思っていても、穏便にやり過ごす方法はいくらでもあった。それなのに暴言を吐いたのはエリオットだ。自分が悪いのではないかと考えるのはやめなさい」
ジェラルドはそう言ってアラステアの頭を撫でた。やはり、子ども扱いされているようだ。
今の自分の振る舞いを見ていれば、それは仕方ないことなのかもしれないとアラステアは思った。
一人前の大人として見られるようにこれから頑張らなければならない。
アラステアは、そう決意した。
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