ボッチを解消する方法?~そうだ、異世界から召喚しよう!~

月暈シボ

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第十話

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「ヒロキ、困ったことになった!」
「え!今度は何をしたんだ?イサリア!」
 部屋の掃除をしていたヒロキは、戻って来たイサリアの報告に驚きで答えた。昨夜は成り行きでイサリアの部屋で一夜を過ごしたヒロキだったが、今夜以降はイサリアの部屋とは別の寝室を確保する必要があった。
 彼が一般的なミーレなら、男子寮となっている一階の適当な部屋を割り当てるだけで良かったのだろうが、ヒロキの正体はこの世界〝アデムス〟に召喚された異界人だ。この秘密は可能な限り内密にされねばならない。そのためにはプライベートが約束される寄宿舎三階の優秀生用の個室を使う他なかった。
 優秀生の数は多くはないが、その部屋は限られている。当然余っている部屋はなく、辛うじて倉庫代わりに使われている部屋があるのみだった。
 そんなわけでヒロキは倉庫にされていた部屋を使用する許可をイサリアに取りつけてもらい、使えるように掃除をしていた。内部は予備の家具や様々な道具が置かれているが、皮肉なことに軽く片付けただけも日本にある彼の部屋よりも広い。滞在するのは次の新月までの二週間ほどであり、掃除さえすれば充分な寝室として使えると思われた。

「正確には私ではない。君だ、ヒロキ!導師アルビセスが君のミーレとしての実力に疑問を持って、学力を確かめたいと導師会に審査を要求した」
「アルビセスってさっきの人か・・・、さっきのイサリアの態度がよっぽど腹にすえたんだろうな・・・」
 ヒロキは雑巾を桶に入れて拭き取った埃を洗い落とす。窓から入る陽はすでに暮れかけていたが、桶の水が酷く汚れているのが確認出来た。また、イサリアとは一蓮托生の立場にあるヒロキではあったが、先程のやり取りを思い出すとアルビセルが腹を立てることにも納得が出来た。彼からすればイサリアは小賢しい存在に思えたことだろう。
「随分落ち着いているな、ヒロキ。彼は君の実力を調べようとしていうのだぞ。ああ、桶はそのままでいい、私が浄化する」
「・・・おお!やっぱりすごいよ、この世界は!・・・って、こんな具合に俺はイサリアが初歩の初歩と呼ぶ魔法にさえ驚くほどだから、焦っても仕方ないかと思うんだ」
 イサリアは途中で話の腰を折ると、桶に向かって小型の杖を振るう。その瞬間、埃と汚れで灰色に染まった水が瞬時に透明に変わった。〝浄水〟の魔法だ。この魔法によりこの世界では真水に困ることはないらしい。
 学院内で出た下水も〝浄水〟で処理した後に近くの湖に下水道を通して捨てているとのことだった。(理論的には再び飲料水にも使うことが出来るが、やはりそのまま使うには抵抗があった)
「魔法力については、君がスエン族出身ということで詮議からは外された。それ以外の論理学や概念理解等の根本的な知性について問われることになる」
「んん?つまりは俺の基本的な頭の出来を調べられるってこと?!」
「そうだ。まあ、ヒロキはこのように鋭い洞察力を持っているからな。心配には及ばんか!」
「ええ、まじか!なんか緊張して来た!それは何時から受けなきゃならないんだ?」
「今からだ!だから呼びに来たのだ!待たせると心象が悪くなるからな、急ぐぞ!」
「まじか!」
 悲鳴を上げるヒロキだが、半ば強引にイサリアによって部屋から連れ出される。突然迎えることになった試練に彼は胃がムカつくのを感じた。

「では、導師アルビセスの申し立てにより、ミーレ・ヒロキの能力が学院の基準に達しているかを確認する審査会を開く。被検者であるミーレ・ヒロキは前に進み出なさい」
 一段高くなった高座から見下ろす女性の言葉を受けて、ヒロキはて中央に用意された椅子に向かって歩む。広い部屋の左右には小型の教卓が置かれており、右側にはアルビセス、左側には学院長が座っていた。また背後には中央の通路を挟むように数多くのベンチが置かれ、イサリアが一人で座っている。
 ヒロキはこのような場所を知識としては知っていた。裁判所の法廷である。教師と学生の面接と思っていたが、予想以上に本格的な審査が行われるに違いなかった。
「ミーレ・ヒロキ。私は今回の審査会の議長を務めるシャルレーだ。議長として中立を果たすと約束しよう。審査出願者は導師アルビセス、君の後見人にミーレとして承認した本人であるナバート学院長。それに私が立会人を兼ねて参加する。今回は簡易審査会であるのでこの三名で執り行うが、君が望むなら最初から学院の導師全員が参加する本式の審査会も受けることが可能だ。どうするかね?」
「このままで構いません、ご配慮に感謝します。導師シャルレー」
「了解した。まずは確認として改めて本名を聞こう」
「自分はヒロキ・タチカワと申します」
 議長に名乗りを終えるとヒロキは一礼して椅子に座る。自己紹介までは椅子に腰を降ろしてはいけないとイサリアに言われていただけに、既に一仕事終えた気分になった。
「最初にも告げたが、君のミーレとしての能力に対して導師アルビセスから審議要求が出されている。当学院は全ての帝国臣民に門が開かれているが、それはあくまでも基準とされた才能を持つ者に限られている。帝国は芽の出ない種に水と肥料を与えるほどの余裕はない」
「それは理解しております」
 上から投げ掛けられるシャルレーの説明にヒロキは畏まって頷いた。それはこの場の厳粛な空気のためだけではなかった。シャルレーは艶のある長い黒髪をした肉感的な美女であったからだ。
 纏っているローブの胸元が割と大きくカットされていて、目のやり場に困る。机の向こうに座っているので全身は見えないが、本人も自分の女としての名利を充分に理解しているのだ。
 彼女は導師というよりは魔女か妖女と呼んだ方が相応しいだろう。年齢は二十代前半程度に見えるが、藍色の瞳は底の見えない井戸のようで、その闇の奥には深い知性の気配と共に狂気の色も感じられる。この世界には疎いヒロキでさえも、この女性が危険な存在であると本能的に知ることが出来た。

「よろしい。では、導師アルビセス。質問を開始して下さい」
 シャルレーはヒロキの返事に微かに笑みを浮かべる。それは獲物を見つけた毒蛇が舌を出す動作にも似ていた。だが、彼女は議長としての役割も忘れていなかった。一瞬でその笑みを消し去ると淡々と状況を進めていく。
「まずは、ミーレ・ヒロキ、君の帝国臣民としての生い立ちと、君の家門がリゼート家の後援者となった経緯について説明してもらおう」
 シャルレーに気を取られていたヒロキは、核心を付くアルビセスの問いに焦る。正直に話せば異界人である秘密を暴露しなければならない。それを防ぐためイサリアとは事前に口裏を合わせていたが、ボロを出さずに上手く説明出来るかは自信がなかった。

 ちなみにアルビセスが問う後援者とは狭義の意味で帝国貴族が取り込んでいる地方有力者のことを指す。帝国は他国や地域を征服すると、直接支配ではなく属国として現地人を使った間接支配を主な統治政策としていた。その現地の有力者を帝国貴族が後ろ盾となって帝国内の地位を保証するというシステムだ。
 地方の有力者は帝国中央とのパイプを得て、帝国貴族は派閥を拡大することで力を増すという相互保障の関係にあった。欠点としては一定の貴族や派閥が力を持ち過ぎる可能性があったが、これは皇位を複数の公家の中から選ぶことで解消された。一つの派閥が抜きん出た力を持つと残りが協力して対抗するからだ。
 そして帝国貴族が後援者の子弟を〝鷹の学院〟に留学させ最新の教育を受けさせるのはよくあることだった。むしろ帝国の政策として奨励されている。
 教えを修めて地元に戻った彼らの多くは軍務を終えた後に次代の地方有力者となる。思春期を帝国本国で過ごせば里心がついて親帝国派となるであろうし、帝国の実力と進んだ文化を知ったことで勝ち目のない相手と反乱の兆しを断念させることに繋がるからだ。

「導師シャルレー。今回の審査会はミーレ・ヒロキの能力を量るためのものだ。五大公家を始めとする貴族達が後援者を持つのは帝国の基盤に位置する政策である。それについては賛否両論の議論があるのも知っているが、導師アルビセスの質問はこの度の主旨に外れるはず。ミーレ・ヒロキの生い立ちに関しては推薦人ではあるリゼート家からの推薦状を読む事で充分と思われる。質問の変更が相応しいだろう」
「学院長の指摘を議長として認めます。導師アルビセス、質問を主旨にあったものに変えて下さい」
 これまで静かに座っていた学院長が弁護人のようにシャルレーに進言し、彼女はそれを認めた。ヒロキにとっても有難い学院長の援護だったが、帝国の統治システムからすれば当然の指摘なのだろう。
「・・・わかりました。では、ミーレ・ヒロキ、君に問おう。〝君はミーレである。ミーレは帝国臣民から選出される。よって君は帝国臣民である〟このような命題を使い、人と馬の違いを足の数を使って否定文で説明して欲しい」
「えっと・・・〝馬は四本足で歩く。人は二本足で歩く。馬は二本足では歩かない、よって馬は人ではない〟・・・でしょうか?」
「うむ、そうだ。人は獣のように四足となって這うことも可能だから、その表現が正しい。とは言え、さすがに簡単過ぎたな。次は数学について問おう・・・」
 アルビセスから合格を得たヒロキは内心の不安を隠して安堵する。彼が出題したのは初歩の論理学だった。日本では重要視されている学問ではないが、彼も高校受験の際には面接対策として一通り学んでいた。
 当時は言葉遊びのように感じ、実際の面接でも問われることはなかったのだが、ここに来て思いがけなく役に立ったわけだ。ヒロキは生まれて初めて日本の教育システムに感謝した。
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