1 / 33
プロローグ
しおりを挟む
問い掛けられるような声に呼び起こさせると立川弘樹は意識を戻した。鼓膜を震わせる声質に聞き覚えはないが、それでも彼は義務を果たすように目を開く。
「・・・なんだ?!」
目の前に映った見慣れない情景に弘樹は思わず驚きの声を上げる。薄暗い光の中、自分が冷たい石材の床に寝転がっていたからだ。それと同時に目を覚ます以前の記憶を辿る。
自分は直前まで学校の図書室でレポートの資料となる本を探していたはずだった。貧血を起こして倒れたとしても、図書室の床は淡いベージュ色の絨毯であったはずだし、そもそも学校で石材が敷かれている場所を思い出せなかった。
不思議に思いながらも更なる情報を仕入れようと弘樹は身体を起こす。すると顔を上げた彼の視線を塞ぐように一人の人影が現れた。そう、寝ていた自分に呼び掛ける者がいたのだ。
視界に映った人物によって弘樹はこれまで以上の困惑の表情を浮かべる。現在の状況に思考が追い付かず、彼は氷ついたように固まった。
それでも弘樹の中の古いシステム、おそらくは本能だろう。それは人物を観察し評価することを実行する。弘樹は目の前に現れた人物を美しい少女と判断した。
年齢は自分の一つか二つ下の十五歳程度だろう。彼女は長く綺麗に揃えられた金髪を持ち、瞳は赤味を帯びた茶色をしている。髪色だけならヨーロッパ系の人種と思われるが、顔つきはそこまで彫が深くなく、微かな光に中でも白人と呼ぶほど肌が白くないこともわかった。
もっとも、目鼻立ちは整っており長い睫毛もあって女性としては非常に魅力的で、あどけなさを残しつつもどこか大人びた顔つきをしている。人種が交わると美人が生まれやすいと言われているが、この少女の身体は幾つかの人種の良いところだけを集めて作られているように思われた。
また、彼女の服装も弘樹の常識からは逸脱するものだ。短めのマントらしい上着を肩に掛けて、その下には黒を基調とした膝丈の服を纏っている。下半身はスカートではなく同系色のズボン、そして足は革製のブーツを履いていた。
特に目に付くのは幅広のベルトに帯びている短剣だ。金細工で装飾されているので単純な武器というよりは装飾品のように思われたが、シックな色合いの中にあってかなり目立つ。全体的に見れば中央アジア付近の民族衣装と一昔の軍服を足して二で割ったような印象だ。
「ナ・・フィ・・レミ!」
弘樹に対して少女が何度目かの言葉を投げ掛ける。外見の美しさに似合った鈴を鳴らしたような声だが、やや苛立ちを感じさせた。外国語らしく言葉の意味はわからないが、こういったニュアンスは伝わる。
「・・・ちょっと、何を言っているのかわからないですね」
弘樹は数えきれないほど湧き上がった疑問を抑えて返答する。問い掛けたいことは山ほどあるが、言葉が通じないのでは意味がない。まずはこちらが彼女の使う言語を理解出来ないことを伝えるべきだと判断した。英語での応答も考えたが早々に諦める。
何しろ自分には標準的な高校生程度の知識しかない、下手に英語が通じると思われると厄介であるし、そもそも彼は直感的にこの少女が常識の通じない異質な存在だと認め始めていた。
「レ・・・スム・・・ネン!」
「うわ!」
詩と思われる言葉を囁きながら自分の肩に触れる少女の行動に弘樹は驚きの声を上げた。彼は石造りの床に胡坐を掻く形で座っていたのだが、彼女は何かを悟ったような表情を浮かべると前方から一気に距離を詰めたのだ。
当然ながら弘樹の目の前には少女の胸部分が迫ることになる。残念なことに起伏には乏しいが、年頃の異性の身体に弘樹は赤面する。
「これで、言葉が通じるな?!」
「な!・・・ど、どうなっているんだこれ?!」
慌てる弘樹に少女は改めて日本語で語り掛け、彼はそれに疑問で答える。彼女の言葉が直接頭に響いているように感じられたからだ。
「・・・ん?言語変換の魔法を掛けただけだよ、そんなに驚くほどのことじゃないだろう。これで君の言葉はこちらの世界の共通語となり、君も私の言葉が理解出来るようになったはずだ。まあ、いきなり呼び出したのは不作法だったが、こちらも事情があってね。早速だけど、君の力を貸してもらいたい」
「ま、魔法?・・・助けだって?!」
少女に腕を引かれて立ちあがった弘樹は彼女の言葉を反芻するように呟く。強気な発言のわりに少女の身長は低めで彼の肩ほどだ。百五十㎝を僅かに超える程度だろう。
「ああ、私はイサリア・アーヒエン・リゼート。帝立魔導士官学院の士官補生・・・まあ、君と同じ学生だ。実は来週にミゴールへの昇格試験があるのだが、この試験は二人一組の参加が義務付けられていてね。それで君には私と一緒にその試験に参加してもらいたいのだ!」
名乗りを上げた少女はさも当然のように弘樹に告げたのだった。
「・・・なんだ?!」
目の前に映った見慣れない情景に弘樹は思わず驚きの声を上げる。薄暗い光の中、自分が冷たい石材の床に寝転がっていたからだ。それと同時に目を覚ます以前の記憶を辿る。
自分は直前まで学校の図書室でレポートの資料となる本を探していたはずだった。貧血を起こして倒れたとしても、図書室の床は淡いベージュ色の絨毯であったはずだし、そもそも学校で石材が敷かれている場所を思い出せなかった。
不思議に思いながらも更なる情報を仕入れようと弘樹は身体を起こす。すると顔を上げた彼の視線を塞ぐように一人の人影が現れた。そう、寝ていた自分に呼び掛ける者がいたのだ。
視界に映った人物によって弘樹はこれまで以上の困惑の表情を浮かべる。現在の状況に思考が追い付かず、彼は氷ついたように固まった。
それでも弘樹の中の古いシステム、おそらくは本能だろう。それは人物を観察し評価することを実行する。弘樹は目の前に現れた人物を美しい少女と判断した。
年齢は自分の一つか二つ下の十五歳程度だろう。彼女は長く綺麗に揃えられた金髪を持ち、瞳は赤味を帯びた茶色をしている。髪色だけならヨーロッパ系の人種と思われるが、顔つきはそこまで彫が深くなく、微かな光に中でも白人と呼ぶほど肌が白くないこともわかった。
もっとも、目鼻立ちは整っており長い睫毛もあって女性としては非常に魅力的で、あどけなさを残しつつもどこか大人びた顔つきをしている。人種が交わると美人が生まれやすいと言われているが、この少女の身体は幾つかの人種の良いところだけを集めて作られているように思われた。
また、彼女の服装も弘樹の常識からは逸脱するものだ。短めのマントらしい上着を肩に掛けて、その下には黒を基調とした膝丈の服を纏っている。下半身はスカートではなく同系色のズボン、そして足は革製のブーツを履いていた。
特に目に付くのは幅広のベルトに帯びている短剣だ。金細工で装飾されているので単純な武器というよりは装飾品のように思われたが、シックな色合いの中にあってかなり目立つ。全体的に見れば中央アジア付近の民族衣装と一昔の軍服を足して二で割ったような印象だ。
「ナ・・フィ・・レミ!」
弘樹に対して少女が何度目かの言葉を投げ掛ける。外見の美しさに似合った鈴を鳴らしたような声だが、やや苛立ちを感じさせた。外国語らしく言葉の意味はわからないが、こういったニュアンスは伝わる。
「・・・ちょっと、何を言っているのかわからないですね」
弘樹は数えきれないほど湧き上がった疑問を抑えて返答する。問い掛けたいことは山ほどあるが、言葉が通じないのでは意味がない。まずはこちらが彼女の使う言語を理解出来ないことを伝えるべきだと判断した。英語での応答も考えたが早々に諦める。
何しろ自分には標準的な高校生程度の知識しかない、下手に英語が通じると思われると厄介であるし、そもそも彼は直感的にこの少女が常識の通じない異質な存在だと認め始めていた。
「レ・・・スム・・・ネン!」
「うわ!」
詩と思われる言葉を囁きながら自分の肩に触れる少女の行動に弘樹は驚きの声を上げた。彼は石造りの床に胡坐を掻く形で座っていたのだが、彼女は何かを悟ったような表情を浮かべると前方から一気に距離を詰めたのだ。
当然ながら弘樹の目の前には少女の胸部分が迫ることになる。残念なことに起伏には乏しいが、年頃の異性の身体に弘樹は赤面する。
「これで、言葉が通じるな?!」
「な!・・・ど、どうなっているんだこれ?!」
慌てる弘樹に少女は改めて日本語で語り掛け、彼はそれに疑問で答える。彼女の言葉が直接頭に響いているように感じられたからだ。
「・・・ん?言語変換の魔法を掛けただけだよ、そんなに驚くほどのことじゃないだろう。これで君の言葉はこちらの世界の共通語となり、君も私の言葉が理解出来るようになったはずだ。まあ、いきなり呼び出したのは不作法だったが、こちらも事情があってね。早速だけど、君の力を貸してもらいたい」
「ま、魔法?・・・助けだって?!」
少女に腕を引かれて立ちあがった弘樹は彼女の言葉を反芻するように呟く。強気な発言のわりに少女の身長は低めで彼の肩ほどだ。百五十㎝を僅かに超える程度だろう。
「ああ、私はイサリア・アーヒエン・リゼート。帝立魔導士官学院の士官補生・・・まあ、君と同じ学生だ。実は来週にミゴールへの昇格試験があるのだが、この試験は二人一組の参加が義務付けられていてね。それで君には私と一緒にその試験に参加してもらいたいのだ!」
名乗りを上げた少女はさも当然のように弘樹に告げたのだった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。
次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。
時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く――
――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。
※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。
※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる