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その47

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 足の裏から伝わる石の冷たさを感じながらミリアは地下通路をひた走る。彼女はジェダからドレスと対になる靴を履かされていたが、それは既に脱ぎ捨てている。貴族趣味の見た目だけを重視して踵を上げた靴では〝錬体術〟で強化した速力に耐えられないからである。
 先程、彼女の目の前で繰り広げられたサージとジェダの戦いは、〝混沌の加護〟を持つ弟に対して決め手には欠けるものの、サージが終始優勢に進めていた。これはミリアにとって嬉しい誤算だ。さすがの彼も真祖のバンパイア相手には苦戦すると想定していたからである。
 もちろん、ミリアも卓越した剣技、更にそれを強化する〝錬体術〟と底の見えない膨大な魔力を持つサージが自分をも凌駕する一騎当千の存在だとは理解していた。だが、魔力を純粋な破壊エネルギーに変換して射出する〝閃光砲〟を切り札として備えていたのは、驚愕とも言える事実だった。
 もっともその〝閃光砲〟をジェダは防ぎ切った。この事実はバンパイアを倒すには、やはり〝混沌の加護〟を断ち斬る必要性があると改めて知らしめたのである。如何にサージが強くても人間である以上、疲れはするし、魔力もいつかは消耗するだろう。〝墓所〟を破壊しない限りジェダは絶対に倒せないのだ。
 それ故に、ミリアは裸足になろうと、ドレスの裾が破れようと最大限の努力を惜しまなかった。

 攫われて来ただけにミリアは未知の地下施設を突き進む。それでもサージの警告に従い。閉じたままの扉を無視し、破壊された扉だけを〝錬体術〟で強化した瞳で探し当てながら地上を目指す。
 大量の肉片が散らばった不気味な広間を越え、その次に星が見える程の大穴が天井に開いた通路を順に辿って行く。どうやら、サージは自分の知らないところでジェダの配下に対して大暴れしていたようである。
 やがて上に至る階段を見つけると彼女は長い脚を大股に広げて駆け上がる。淑女のたしなみ等、当の昔に捨てていたし、この姿を見られたとしてもジェダの眷属ぐらいである。その場合は目に限らず、頭ごと潰してやるまでだった。

「悲鳴?!」
 階段の終わりが見えた辺りでミリアは小さな声を聞く。ここまでは邪魔をされず順調に上がって来られたが、どうやらこれまでのようだ。〝錬体術〟を戦闘態勢に移行しながら最後の数歩を一気に駆け登った彼女は、地上とおぼしき広間に出る。
 すかさず視線を巡らし状況を確認するが、背後には祭壇らしき台座があり、正面には各種神々の像が置かれていることからミリアはここが礼拝堂であると理解した。この礼拝堂はかつての彼女もよく知る場所ではあったが、二年間の歳月によって地下施設への入口として作り変えられていたらしい。
 いずれにしてもここから中庭まではさほど離れていない、ジェダの〝墓所〟はもう直ぐそこだ。

 現在地を確認したミリアは、次にこちらに背を向けて出入口に集めっている小柄な人影、子供達の姿を数人見つける。先程の悲鳴は彼らが発したに違いなかった。
「さっさと下に戻れ! ガキ共!! 侵入者は伯爵様に直に排除される。この城から逃げたところで狼男の餌になるだけだぞ! 生きたまま喰われるより、眷属に列せられる可能性がある血袋の方がましだとなぜわからん!!」
 どうやら、一人の男が逃げようとしている子供達をこの場に押し止めようと脅しているようだ。当然ながら男はジェダの配下であるレッサーバンパイアで、子供達はその〝餌〟として飼われていた憐れな犠牲者だろう。おそらくはサージが暴れる隙を突いて逃げ出したのだと思われた。
「ちょっと、君達そこを退(ど)いて貰えるかしら?」
「「「うあ!!」」」
 子供達の背後に忍びよったミリアは優しく呼び掛けるが、バンパイアを前に怯えていた彼らにとってそれはダメ押しになったようで、悲鳴を上げて左右に割れるように壁際に逃げる。
「な、貴様! いえ、あ、あなた様は?!」
 ミリアとしては不本意なことだったが、泣き叫ぶ子供達が開けた空間に雪崩れ込むように突進すると、驚きの声を上げる眷属の頭部に渾身の一撃を浴びせる。彼女にも見覚えのあるこの男は、真っ先に父を裏切ってジェダに着いた家臣だった。
 恨みを込めたミリアの拳は確実に男の顎が捉え、その首ごと内部の骨を打ち砕く。更にミリアは崩れ落ちる男の左胸に手刀を叩き込むと、そのまま倒したレッサーバンパイアの身体を遠くに投げ捨てた。子供達に間近で死体をみせない配慮だ。

「君達は地下から逃げ出したのね?」
「「「・・・・」」」
 ジェダの眷属を排除したミリアは子供達に優しく問い掛けるが、当の彼らは目の前で起きた一連の出来事に対して理解が追い付かないのか、麻痺したかのように彼女を見つめるだけだ。
 何しろ彼女はレッサーバンパイアをいとも容易く倒しただけでなく、返り血を浴びて純白のドレスを真っ赤に染め上げている。子供達からすれば彼女も恐ろしい怪物に見えたことだろう。
「・・・皆、大丈夫! 私は味方よ!」 
 ミリアは子供たちの緊張を解すために腰を落として目線を合わせると、とびきりの笑顔で呼びかける。
「・・・ほ、本当?」
「もちろん、本当よ! とりあえず、ここは危険だから離れましょう!! 皆、私の後に付いて来て!!」」
 笑顔が効いたらしく態度を軟化させた子供の一人に改めて頷くと、ミリアは子供達全体に避難を促す。彼女には一刻も早く〝墓所〟を破壊する使命があったが、それでも彼らこの場に捨て置くわけにはいかなかった。
 なぜなら、それは人として最も大切な〝何か〟を捨てるにも同義だからだ。人を捨てたジェダを倒すために、自分までが人間性を失っては本末転倒である。もちろん、その判断はジェダと対峙しているサージの負担が増えることでもあったが、彼なら苦笑を浮かべながらも許してくれるだろうとミリアは確信していた。
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