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その42

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「サージ!!」
 待ち望んでいたサージが現れたことでミリアは、その整った顔に最高潮の喜色を浮かべる。いつのも傲慢な態度がこれほど頼もしく見えるなど、彼女も思っていなかったことだ。
「礼儀がなってないな・・・姉さん、友達は選ぶべきじゃないか?」
 サージを一瞥したジェダは興奮する姉を横目に呆れたように告げる。この男、姉を救出にやって来た仲間らしいが、どう見ても傭兵崩れのならず者だ。敵対関係にあるとは言え、この程度の輩(やから)しか集められなかった彼女の境遇を気の毒に思ったのである。
「俺が粗忽(そこつ)なのは認めるが、バンパイア風情に礼儀を語られるほどじゃない。さっさとミリアを放して俺と勝負しろ!」
「言うじゃないか・・・ここに辿り着くまでには、私の側近達がいたはずだが?」
 長剣を突きつけて挑発するサージにジェダは苦笑を漏らしながら問い掛ける。頭の中まで筋肉が詰まっていると思われた男だが、嫌味を返せるだけの機転はあるようだ。
「さあな・・・答えるまでもないだろう」
「なるほど・・・愚問だったな」
 ヘリオとエリンダ、イリアの三人は自身の眷属の中でもトップスリーとも言える実力者である。彼らが人間如きに容易く倒させるとは思えなかったが、この不遜な男がここに現れたということは、そういうことなのだろう。
「納得したか! なら死ね!」
 厳密に言えばエリンダとイリアの二人は見逃していたのだが、サージもわざわざ〝チクる〟ことはせずに、最低限の口上は終えたとして戦いの幕を自ら開ける。

「ふ!」
 間合いを詰めるサージに対して、ジェダは羽交い絞めにしていたミリアの身体を投げ出す形で押し付ける。さすがのバンパイアも実力が未知数の相手に姉を抱えたまま挑む気はなかったのである。
「サージ! 踏んで!」
 だが、二人が衝突する寸前、ミリアが素早く床に転がりサージはまるで打ち合わせをしていたように彼女の肩を踏み台にして乗り越える。そして、その勢いを乗せたまま上段からジェダの頭を真っ二つにするべく長剣を振り下ろした。
「な! 貴様、姉さんを足蹴したな!!」
 その強烈な斬撃と言うよりは、姉を迷わず足蹴にしたサージの行動に対して驚きの声を上げながらジェダは後ろに退く。現在のミリアは肩が大きく開いた純白のドレスを纏っている。中身は別にしても、その姿はこれ以上の淑女はないと断言しても良いほどだ。そんな姉を躊躇なく踏みつけたサージに対する怒りだった。
「ん?!」
 そんなジェダの反応にサージは眉を顰める。彼とて好き好んでミリアを踏み付けたのではない。衝突を避けて攻撃を続ける手段としたまでだ。それにこれはミリア自身が望んだことであるし、そもそも敵であるジェダが気にするような事案とは思えなかったのである。

「サージ! 今まで隠していたけど、その男・・・ジェダは私の弟なの。誤解を招くと思って、今まで伝えることが出来なかった・・・」
「ああ、そういうことか・・・確かに、同じ色の髪をして・・・顔付きも少し似ているな」
 立ち上がりながら真実を告白するミリアの言葉に、サージは淡々と相槌を打つ。
「ふふふ・・・ええ、少しだけ似ているかもね」
 ミリアはサージの少し〝ズレた〟返答に苦笑を漏らしながら肯定する。詳しい事情を知らない者でも、光沢のある濃い金髪と瓜二つとばかりに似た顔を持つ自分とジェダの二人が並んでいれば、真っ先に血縁関係を想定するだろうし、伯爵の姉となれば貴族の一員だ。
 もっとも、ミリアはサージとの初対面で危うく彼に殺されそうになったことを忘れていない。なんとか宥めて仲間に勧誘することが出来たが、サージはその時になって初めて自分を麗しい美女と認めたのである。彼にとって、敵の身分や顔付きなど眼中にないのだ。
「・・・ところでサージ、ローザとリーザの二人は?!」
「もちろん無事だ。脱出の準備をしている」
「良かった・・・」
 サージという男を再認識したところで、ミリアは残りの仲間であるローザ姉妹の安否を気遣い、その返事に安堵する。

「で、倒してしまっても構わないよな?」
「・・・それは・・・」
 本題とばかり問い掛けるサージの確認にミリアは、一瞬の間を置く。〝混沌〟に魅入られた弟を倒す決意は既に二年前に完了したつもりでいたが、それを第三者から改めて問われると、はっきり口にするには僅かな躊躇(ためら)いがあった。
「もちろんよ!!」
 だが、彼女は毅然とした判断を下す。ジェダを倒さなければ、彼の復讐と野望によって多くの災害がこの国のみならず、人間社会に齎せられるだろう。そんなことは、あの優しかった母は求めていないと。
「了解した」
「ありがとう・・・」
 ミリアの判断にサージは頷く。その短い返答にこの男が何を思ったのかは、彼女も窺い知ることは出来ない。もしかしたら、本当に何も考えていないのかもしれない。それでも、ミリアは彼の不器用な優しさに礼を告げるのだった。
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