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その39

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「ちょっとエリンダ!! ダメよ! 離れて!!」
 相棒の暴走に銀髪女イリスは危機感を募らせた警告を送る。黒髪女のエリンダは自分にはない情熱を持った女性であり、そこが羨ましくもあり可愛くもあるのだが、直ぐに調子に乗ってしまうのが〝玉に瑕〟だった。
 主人である〝あのお方〟から自分達に期待されているのは侵入者サージの排除だ。彼に〝混沌の烙印〟を授けて眷属として転生させるのも排除の一手段ではあるが、その者を生かしたまま血液と霊的活力である魔力を啜る必要があり、少なくないリスクがある。彼女としては下手なことはせずに、サージが息絶えるまで何度でも同じ攻撃を続けるつもりだったのだ。
 それが暴走したエリンダによって台無しになってしまった。イリスとしても若く魔力に満ちたサージの生血は魅力的ではあったが、この男が秘める魔力には底が見えない。例え、魔法の使用を封じていても何をするかわからない未知の怖さを秘めていた。これは魔法を得意とする彼女だからこそ気付いた脅威だった。

「はあぁぁ!! 美味しい!! なんて美味しいの!! ああ! もっと!!」
 そんな銀髪女の心配をよそに、黒髪女はサージから吸い取った鮮血を口元から垂らしながら顔を上げて品評を口にする。しかし、まるで麻薬中毒者のように再び彼の首元に顔を埋めてしまう。その様子はイリスが潜在的に恐れていた現象だった。
「やめて! エリンダ離れて!!」
「ああ! 血! もっと! この血を!!」
 危機感を募らせたイリスはサージの血を貪るエリンダを強制的に引き離そうとするが、激しい抵抗によって阻まれてしまう。彼女の相棒は完全に常軌を逸していた。
「なんとか上手く行ったようだな・・・」
 まるでそれを見計らっていたようにサージは、床に縫い付けられていた右手を引きちぎりながらエリンダを抱き抱えて立ち上がる。命乞いと泣き言を漏らしていた憐れな男の姿は今やどこにもない。
 湧き出た血が黒髪女を濡らすが、新たな血の匂いに誘われたのだろう。首から離れて一心不乱に彼の手を舐め始める。
「・・・まさか?! あなた! エリンダを挑発して・・・わざと血を吸わせたっていうの?!」
「ああ、その通りだ! 黒髪の方は随分とイキっていたからな。嫌がる素振りを見せれば、必ず乗って来ると思っていた。先程は騙されたが、今度はこちらの番ってわけだ! それに俺は魔力だけは豊富だからな、たんまり吸い取らせてやることにした。魔力はその者を形成する本質だ。他人の魔力を大量に取りこんで影響を受けないはずがない。まあ・・・ここまで効果が出るとは思っていなかったが!」
 そこまで説明するとサージはエリンダの後頭部に手を掛ける。もちろん、そのまま赤子のように無防備となった首を圧し折るつもりだった。

「ま、待って!!」
「命乞いを聞くとでも?!」
 相棒のエリンダがこうなってしまってはサージを倒すことは、もはや不可能だ。自分達の敗北を察したイリスが魔法を補助する儀式棒ワンドを捨てながら懇願するが、サージは苦笑を浮かべながら左手に力を込める。今更、敵に情けを掛けるつもりはなかった。
 いよいよ、黒髪女に止めを刺そうとしたところで、サージは浮遊感を覚える。気付いた時には彼はこれまでのダンスホールのような広間ではなく、先程までいた豪奢な家具で飾られた部屋に立っていた。
「お願い! なんでもするから・・・エリンダを殺さないで!」
 こうべを垂れながら膝を屈する銀髪女の姿と、活性化した魔力によってサージは元の世界に戻ったことを知る。半ば自動的に〝錬体術〟を身に纏い、負傷した顔と右手を修復させながら、彼は完全な戦意の喪失を提示した銀髪女の意を汲んで一旦はその手を止めた。
「ふむ・・・では、ジェダの墓所の在り処と・・・ついでにミリア、攫って来た金髪の大女の居場所を教えもらおう。そうしたら要求を飲んでやる!」
「そ、それは!」
 サージの出した条件に銀髪女イリスは絶句する。思わずなんでもと口にしていたが、ジェダの秘密を語ることは裏切りを意味していたからだ。
「では、交渉は決裂だ・・・」
「ま、待って!! ジ、ジェダ様の墓所は・・・」
 無邪気な笑みを浮かべてサージの血を舐め続けるエリンダの姿を見つめながら、イリスは苦しげな様子でジェダの秘密を口にする。サージが知る由もなかったが、眷属である彼女達は、親の命に反すると激しい激痛に苛まれるのである。銀髪女はジェダの命よりもエリンダの存続と自分の〝意志〟を優先したのだった。

「なるほど・・・そういうことか・・・」
 イリスの告白を聞き終えたサージは納得した顔を見せると、約束通りエリンダを解放する。と言っても、引き剥がされた彼女は床に滴った血を舐めるためにその場に留まり続ける。サージの方が気を利かして動かねばならなかった。
「エリンダ!」
「約束通り、この場は見逃してやる。・・・だが、次は必ず殺す。容赦はしない!」
 解放されたエリンダに寄り添うイリスにサージは宣言する。人の身でない怪物との取引だったが、約束は約束である。それに主人を裏切ってまで相棒を救おうとする彼女の姿は敵ながら健気だと認めるしかない。この場限りだとしても見逃すことにしたのである。
「本当に・・・」
 サージの言葉を信じられないとばかりに当事者のイリスが驚く。ここまでしていながらも、彼女はサージが約束を守る可能性は極めて低いと思っていたからだ。ただ、エリンダを助けるために一縷の希望に縋ったに過ぎない。
「逃げるなら、さっさとしろよ。じゃあな・・・」
 そう告げるとサージは自身の長剣を回収して部屋を出る。無防備にも見える後ろ姿だが、彼我の戦力さを知るイリスはエリンダを抱き締めたまま茫然と見送るしかなかった。
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