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その38

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 圧倒的に不利な状況ではあったが、サージは自身が持つ唯一利点を把握していた。それは膨大な魔力の総量である。魔法を封じられているものの、魔力そのものは健在だ。そうでなかったら先程の攻撃魔法で大ダメージを負っていただろう。
 魔法とは魔力を消費して起こさせる現象だけに、相手に効果を発揮させようとした場合、術者と被術者が持つ魔力の相対比が重要になる。当たり前の話だが、魔力が低い術者から掛けられた敵対的な魔法は、術者より高い魔力を持つ被術者には完全に発揮されることはない。抵抗されて効果が薄くなる。
 結論から言えば、魔力が高ければ高いほど魔法戦において有利であり、彼我の差が低い相手に対して狙い通りの影響を与えることが可能となる。
 ちなみに〝錬体術〟が戦闘において有効とされるのも、自分自身を憑代にするからである。自分に掛けるのだから、最大の効果を期待出来た。

「さて、どうするか・・・」
 その唯一の持ち札を活かすためにサージは考えを巡らせる。剣もなく魔法も封じられた状態で戦うことを強いられている彼だが、自分の勝利を疑う気は微塵もなかった。
「そら!!」
 しかし、当然ながら敵は良案が見つかるまで待ってはくれない。黒髪女は間髪入れずに攻撃を再開し、連続的にサージを打ち据える。これほどの威力と速さで攻撃を繰り出せるのは鞭だからこそだ。相棒の警告通り、黒髪女エリンダは本気を出して来たようだ。
 もちろん、サージも一方的な防戦に甘んじる気はなく、露出している頭部を守りながら再接近を試みる。だが、そうはさせないと銀髪女が〝光弾〟を射出して、その都度、彼の動きを牽制した。
 魔法によって具現化された魔力の弾は確実に彼の身体を捕え、内に秘めたエネルギーを弾けさせる。魔力の相対比に開きがあるため彼にとっては大した痛手にはならないが、当てられた際に発生する衝撃は厄介だ。生身のままでは、どうしても動きが止められてしまう。

「うおぉぉ!!」
 元々上品とは言えないサージの気性だったが、何度目かの〝光弾〟を受けたことで怒りの雄叫びを上げる。今の状況でも、黒髪か銀髪、どちらか一人ずつなら大した苦戦もせずに倒せただろう。だが、お互いの短所を補い、長所を活かすこの二人のコンビは全く隙がなく、このままではジリ貧となるのが目に見えていた。
「きゃははは!! やっと自分の立場がわかったようね! 魔法を封じられている状態でわたし達二人に勝てるわけがないのよ! さあ、這いつくばって命乞いをしなさい!そうすれば、ペットとして飼ってあげてもいいわよ!」
 感情を爆発させたサージの姿に黒髪女は恍惚な表情を浮かべて高笑いを行なう。その姿は瀕死のネズミを前にした雌猫を思い浮かべさせた。

「ふざけ・・・」
 エリンダの嘲笑に激高したサージは罵声で返そうとするが、その隙を突かれて鞭に左足首を絡め捕られる。咄嗟にバランスを保とうと腰を落とすが、鞭の弾力を利用した敵の〝引き〟によって転倒を余儀なくされた。
「やっと這いつくばったわね! 良い様だわ!!」
 そのまま黒髪女はうつ伏せに倒れたサージを、床を舐めさせるように引き摺り回す。
「や、やめろ!!」
「やめろ?! まだ立場がわかってないようね! やめて下さいでしょ!」
 屈辱的な仕打ちに悲鳴を上げるサージを足元まで手繰り寄せると、黒髪女は背中に馬乗りとなって隠し持っていた短剣を彼の右手に向って振り下ろす。それは手の甲を抜けて深々と床に到達した。
「ぐあああ!! 頼む! やるならひと思いにやってくれ! 俺をバンパイアにしないでくれ!」
 標本の虫のように利き手を床に串刺しにされたサージはこれまで最も高い悲鳴を上げるが、次の瞬間には己の運命を達観したのか懇願を口にする。血を吸われてバンパイアにされてしまったら、この女を挟んだ形でジェダの奴隷と成り果てるからである。それは死よりも過酷で屈辱的な敗北だった。
「安心して・・・こき使ってあげるから!! きゃははは!! 」
 サージの訴えを黒髪女は一時の微笑みで答えるも、直ぐに内から湧き出す歓喜に耐えらなかったとばかりに加虐に満ちた笑い声を上げて、彼の無防備になった首に自身の牙を突き立てるのだった。
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